目覚めは意外にもすっきり爽快だった。文字通り、パッチリと目を覚まし、
そして見慣れた天井と周囲の様子に、ああここはトレミー内の自室のベッド
の上なんだなと認識したところで、ゆっくりと上体を起こす。二日酔いには
つきものの、目眩や頭痛や吐き気といった不快な症状は全くと言って良い程
なく、むしろ清々しささえ感じる。
「・・・酔いざめは良い酒だったらしいな」
 昨夜。王留美から贈られた酒で、戦術予報士スメラギ先導の元、クルーの
ほぼ全員での飲み会が催された。未成年でもとっておきの美味しいジュースを
用意するからと誘ったものの、マイスターでは結局成人済みのロックオンだけ
の参加となり、それでも珍しい酒にロックオンも始めのうちは上機嫌でグラス
を傾け談笑していたのだが、初めて飲む古酒が体質に合わなかったのか2杯目
に口をつけた頃には酷く酔いが回ってしまい、まだ意識がしっかりしている
うちに、おとなしく自室に戻ろうとした、その途中で。
「・・・・・あー・・・」
 あんなに頭がグラグラしていたというのに、記憶は恐ろしく鮮明に残って
いる。そうだ、もう少しで部屋に辿り着くというところで足にきて、とうとう
通路で蹲ってしまい、幸いかそこを通り掛かったアレルヤに助けられたのだ。
嘔吐などという醜態こそ曝け出さずに済んだものの、酔ってグダグダの自分に
アレルヤは多分呆れていただろう。だが彼はロックオンを優しく抱き起こして
部屋まで運ぶと言ってくれた。そう、肩を貸すだけでなく運ぼうとしていた
のだ。今にも眠りに落ちてしまいそうな自分を、まるで花嫁だか姫君だかに
するように胸の前に抱き上げて。眠くて眠くて仕方なかったものの、その体勢
に少し驚いて、どうにかして目を抉じ開ければ、アレルヤの柔らかに微笑む
顔がすぐ近くにあった。
 大丈夫だから、と。囁いた唇から、何故か目が離せなくなって、そして。
「俺・・・キス、した・・・よな」
 覚えている。その時の暖かく柔らかな感触も心地良さも。もっとずっとこう
していたいなとまで思ってしまったことも。そんなロックオンの心を見透かし
たかのように、アレルヤは突然の同性からのキスを拒むどころか、こちらの
身体を壁に押し付けるようにして積極的に唇を貪ってきた。
 熱くて。
 頭がクラクラ、した。
 そのままフワフワと思考が頼りなくなって、それから。
「それから、・・・・・寝ちまったな、本格的に」
 激しい口付けに半ば酸欠になってしまったような気もするが、とにかく睡魔
には抗えなかったようで、そこからの記憶はプツリと途絶えている。とはいえ
こうして自分がきちんと自分の部屋のベッドで寝ていて、しかも枕元のデスク
には水と薬が用意されていた。
「アレルヤ・・・」
 会ったら、礼を言わなきゃなと思う。なのに、どうにも顔を合わせ辛いのは
眠ってしまう直前までの出来事があまりにも鮮明過ぎるせいだ。
「どうする、か・・・」
 大きく溜息をつきながら、この後アレルヤと顔を合わせた時のことを頭の中
でシミュレートする。いつものように極普通に挨拶して、そして昨夜の詫びと
礼とを言って。問題は、あのキスだ。それなりに気配りの出来るアレルヤの
ことだから、酔っ払いのしたことと笑って流してくれるのではないだろうか。
こちらが酔っていて覚えてない素振りを見せれば、敢えてその辺りのことも
深く突っ込んではこないかもしれない。
「アレルヤで良かったぜ・・・って、何だよ・・・それ・・・・・」
 何げなく呟いた自分の言葉に、ロックオンは慌てた。そう、特に深い意味
なんてない。もし、これが刹那やティエリアだったりしたら、お子様と堅物で
色々と厄介なことになるんじゃないかと思ったからだ。
 だから。
 アレルヤで良かった、んだと。
 自分に言い聞かせるように、胸の内で反芻する。
 なら、あのキスは。
 自分から仕掛けた、キス。
 アレルヤが仕掛けてきた、キス。
 酔っ払っていた、から。
 何となく雰囲気に流されてしまった、から。
 その辺りでどうにか理由をつけられれば良いなと思った。
「・・・・・何のために?」
 ふと、自問してみる。それは、誰のためなんだ。自分か、それとも。
 溜息混じりに呟いた唇に、ゆっくりと指先で触れる。
「酒のせい、ってか」
 狡いよな、と苦笑する。全部、何かから自分を逃すための言い訳だ。けれど
それが何なのか、考えてはいけない気がする。
 アレルヤにも。
 気付かせてはいけない。
 きっとそれは、彼のためでもあるのだと言い聞かせるように。
「・・・・・ほんと、狡いよなあ」
 指先で辿った唇は、まだあの感触を覚えている。
 あの時、アレルヤにキスしたいと思った。

 その衝動も、まだ胸の奥に燻っている。

 朝食かミーティングのどちらかで顔を合わせることになるだろう、それまで
には鎮めて、何事もなかったように。
 笑って、いつものように。
 出来るはず、だから。