トレミー内のクルーたちの食事はマイスターたちも含め、特にミッション等
緊急の任務がなければ、なるべく同じような時間にみんなで食べられるように
出来ると良いわね、と以前スメラギが言っていた。確かに今は急を要する任務
はなかったし、持ち場を離れられないクルーたちは交代で何人かで集まって
歓談しながら食事をとっているようであった。しかし、1番協調性というもの
を持ち合わせ、養わねばならないのではないかと思われるマイスターたちはと
いうと、まず顔を合わせてもろくに口をきかない者が約2名。そして残る2名
は、会えば笑顔で挨拶を交わし、向かい合って食事を取り、時に談笑したりも
するまで互いに打ち解けているように見えた。
 そんな2人--------ロックオンとアレルヤは、その朝もいつもとほぼ同じ
時間に朝食をとるためにそれぞれの部屋を出たところで顔を合わせた。
「おはようございます、ロックオン」
「お、おう。おはよう、アレルヤ」
 いつものように軽く片手を挙げて挨拶を返してきたロックオンの、多分本人
は意識していないだろう僅かな間に、ああ、とアレルヤは思う。
(僕は戦術予報士じゃないから、僕のやり方でどう転ぶか分からないけれど)
 それでも、ロックオンが考えているだろうことは大体は読める。ほぼ予想
通りといったところか。
「もう酔いはすっかりさめたみたいだね」
 さりげなく伺えば、ロックオンは苦笑混じりに髪を掻き上げながら、首を
傾げるように肩を竦めてみせた。
「情けないとこ、見せちまったみたいだな。俺、酔っ払って寝ちまって・・・
お前が部屋まで連れてってくれたんだろ、アレルヤ」
「ええ、まあ」
「水と薬も・・・お前、だよな。悪い、何か記憶が曖昧で」
 ああそうか、やっぱり。そうしたい、んだ。
 申し訳なさそうに告げるロックオンに、アレルヤは柔らかな笑みをそのまま
に尋ねる。
「ほんとに?」
「え、・・・」
「忘れちゃったの?」
「え、・・・と」
「無抵抗の僕に、あんなことまでして」 
 少しだけ責めるような響きを声に含ませれば、さすがにロックオンの顔色が
変わった。こういう態度に出られるとは、予測してしなかったのだろうか。
だとすれば、甘いなと言わざるを得ない。
 だけど、その甘さがあるからこそ。
「っ・・・あ、あんなって、・・・い、いきなりキスなんかして悪かったと
思ってる、けどなあ、アレルヤ・・・・・」
「ああ、やっぱり覚えてるんじゃないですか」
(僕なんかに。こうしてつけ込まれちゃうんだよ、・・・ロックオン)
「・・・っ、アレルヤ、お前」
 くすりと微笑えば、ロックオンの頬が微かに朱に染まる。予想外、想定外、
とにかくアレルヤが返してくる言葉は、ロックオンが今までの互いの付き合い
の中からシミュレートなりして考えていたものとは異なっていたのだろう。
彼は今、少なからず困惑しているに違いない。
「酔っ払って、覚えてないってことにしたかった?」
「そ、それは・・・」
 動揺が顔に出てしまっている。いつものように、飄々と流すことだって多分
出来ただろうに、今の彼は酷く無防備だ。
「なかったことにしたかったの? ロックオン」
 畳み掛けるように問えば、気まずそうな色を滲ませた瞳が揺れて、やや俯き
加減に視線が落ちる。
 降参するのか、それともまだ足掻いてみせるのか。
(アレルヤ様にしちゃ、随分と意地の悪いこった)
(ハレルヤ・・・僕は、いじめるつもりなんてないんだけど)
 そう、ただ。
 知りたいだけだ。
 知って欲しいだけ、なんだ。
 その思いが、傲慢で自己満足に過ぎないとしても。
「だから、悪かったよ」
 ぽつりと落とされた言葉に、アレルヤは首を傾げる。
「何が? 忘れてたふりしたこと? 僕にキスしたこと?」
「・・・どっちもだよ。ってか、酔っ払ってたとはいえ、いきなりキスなんか
して・・・・・済まなかった」
 どちらも。謝って、そして逃れようとしているんだ。そうくるだろうことも
アレルヤには分かっていた。彼なら、いや彼でなくともそうしただろう。
 そして、白紙に戻そうとしている。
 出来っこないのに。少なくともアレルヤには、そんなことは、もう。
「ロックオン、あなたは酔っ払うと誰にでもキス、・・・するの?」
「いや、・・・そんなことは」
 ない、だろうか。アレルヤの真直ぐな目から逃げるように斜め下に視線を
落としたまま、ロックオンは自室で考えていたことを反芻する。
 あの時、あの場にいたのがアレルヤじゃなかったら。もしスメラギやクリス
もしくはフェルトだったら。しかし、彼女らに対しては異性だと意識した上
での感情は、おそらくは持てない。酔っていたのだとしても、そういうこと
にはならない。あのキスは、ただの親愛の情からきたものではなかったという
のはロックオンも自覚していた。では、刹那かティエリアだったらどうだろう。
ロックオンは、ゆっくりと首を振る。同性であれ異性であれ、きっと理由は
そんなところにはない。
 アレルヤじゃなかったら、という前提で考えてはいけなかったのだ。
 アレルヤだった。アレルヤでしかなかった。
 それが、多分きっかけで、始まりなのだ。
 何の兆しだったのか。それは、もっと前からもしかしたらあったのだろうか。
「・・・・・ロックオン?」
 アレルヤの声は、あくまで穏やかだ。追求するでもなく、咎めるでもなく。
けれど決して逃げることは出来ない響きを伴って、ロックオンの耳を侵す。
 誤魔化されちゃくれないんだな、と薄く笑う。きっとそれは、自分自身に
対してもだ。
「何だろうな、・・・アレルヤの顔を見てたら、ああキスしたいなあ・・・
って、思っちまった」
「・・・・・そう、なの?」
「だからって、ほんとにしちまうのも、自分でもどうだかって思うがな」
 思うだけでなく、するりと行動に出てしまった。ためらいもなく。
「自分勝手だよな。される方は驚いただろうし、ぶっちゃけ気持ち悪かったと
思・・・」
「気持ち良くて、びっくりしたよ。僕は」
 耳のすぐ側で囁けば、ロックオンの肩が大きく震えた。だけどまだ、視線は
逸らされたままだ。
「ひとつ、提案というか・・・お願いがあるんですけど」
 そろそろこっちを向いて欲しいなと思いながら告げると、ようやく碧青の
瞳がアレルヤへと向けられた。その訝しげな表情に、浮かべた微笑みのままに
柔らかい声で。
「これからまた酔っ払って・・・ううん、そうじゃなくても、キスしたいなあ
って思ったら、僕にして下さい」
「な・・・っ」
 アレルヤが提案もしくはお願いと称して口にしたそれに、ロックオンの目が
大きく見開かれる。どういう意図なのか、どう返せば良いのか、きっと色んな
考えが頭の中をグルグル回っているだろう。彼が思考をまとめてしまう前に、
畳み掛けるようにアレルヤは続ける。
「誰彼構わずキスしちゃうより良いでしょう?」
「いや、・・・まあ、そう・・・、だけど・・・でも」
 お前は。
 それで良いのかと。
 伺う瞳に、にっこりと笑い返す。
「・・・イヤ、じゃ・・・ないのか、アレルヤは」
「イヤなら、こんなこと頼んだりしないし・・・それに、安心して」
 アレルヤの気持ちなんて。とっくに、固まっているのだ。
「僕もキスしたくなったら、あなたにするから。これで、おあいこだよね」
 それをそのまま、差し出してしまえば良い。それからのことを決めるのは、
ロックオンだけれど。けれどもう、転がっていくのだとしたら、その方向は
アレルヤによって指し示されている。
 頷けば良い。
「あ、ああ・・・そう、かな」
 そうすれば、あとはもう。
 お互いにそうしたいと思うまま、動くしかないのだ。
「そうだよ。だから---------------」
「ア、・・・・・っ、・・・」
 今、キスしたいと。そう思ったから、アレルヤはロックオンにキスをする。
驚いた素振りを見せたのは一瞬で、ロックオンはゆっくりと頭を傾けながら
アレルヤの背を抱いた。同じように抱き返しながら、口付けを深くする。互い
の熱に、ひとしきり酔いしれた。
「・・・・・嬉しい」
 名残惜しく唇を離しながら、アレルヤが囁く。
「お前、・・・」
「ロックオンも、僕にキスしたいと思ってくれたんだよね」
「・・・・・っ、ああ、そうだよ」
 少し怒ったような口調は、照れているのだ。ほんのり色付いた耳が可愛くて
食べちゃいたいくらいだなんてアレルヤは思いながら、でも今それを実行して
しまったら、それこそどこまで転がっていくか想像に難くないから、まだ。
 取り敢えずは。
「朝食、行きましょう」
「・・・おう」
 ロックオンを促して、食堂へと向かう足取りは軽い。そんなアレルヤの背を
見つめながら、ロックオンは小さく肩を竦めて呟いた。
「確かに・・・おあいこだ」
「え? 何か言った?」
「いや、・・・後でまたキスしような、アレルヤ」
「ええっ!?」
 床を蹴り、擦れ違い様に囁けば、ポンと音がしそうなほど一気に顔を赤く
染めたアレルヤが肩ごしに見えた。