連れて来られた店は、いかにも若い女性が好みそうな可愛らしい雰囲気の
喫茶店というかカフェってやつなのか。いや、紅茶メインらしいから、ティー
ルームとでも言うんだろうか。チェックのテーブルクロスやら、あちこちに
飾られた観葉植物や花やらに少々気後れするものの、それでもスッキリと清潔
で明るい雰囲気は悪くない。時間がまだ午前中だということもあってか、客は
多くはなかった。とはいえ、男4人がこのテの店にゾロゾロと連れ立って入っ
てくるのは、やはり珍しいのだろう。いらっしゃいませーと出迎えた若い女の
店員は、一瞬だけ驚いたように目を大きく見開いて固まっていたが、でもすぐ
にっこりと営業用スマイルを浮かべて、奥の4人掛けのテーブルへと案内して
くれた。
「おにーさんがおごったげるから、好きなの頼みなよ」
 店員に負けずにニコニコと愛想良く笑いながら、秋丸がメニューを差し出す
のを三橋が両手で受け取り、フルーツたっぷりの旨そうなケーキの写真を見て
キラキラと瞳を輝かせている。さっきあんだけ食ったばかりなのに、もしや
女がよく口にする別腹というやつなのか。
「オレは、・・・紅茶で」
 さっきコーヒーは飲んだし、ここは紅茶が旨いらしいから、そう告げれば。
「葉っぱは?」
「・・・・・は?」
「そう、葉」
 頷きながら、秋丸が指で指し示したメニューには、紅茶の種類と思しき単語
がズラリと並んでいた。何、これ。どう違うの。
「・・・・・普通ので」
「・・・・・イングリッシュブレックファースト辺りにしておこうか」
 苦笑しながら言われて、何だかちょっとムカついた。向かいに座っている
榛名もニヤニヤと笑っていたので、更にムカついた。
「う、お・・・オレ、えっと・・・ケーキセット、で」
「紅茶はタカヤ・・・っと、阿部君と同じで良いのかな。ケーキはどれ?」
「う・・・バナナ・・・じゃ、なくて、・・・やっぱりイチゴ沢山の、で」
「了解。榛名は?」
「オレもケーキセットでいいや。チーズケーキと、オレはホットで」
「コーヒー?  じゃ、ケーキセットが4・・・あれ、阿部君はケーキは?」
「・・・いえ、あ・・・やっぱバナナとキャラメルのロールケーキも」
「そう、じゃあセット4つでいいね。済みませーん」
 すっかり注文を仕切った秋丸がさっきの店員を呼んで、サクサクとオーダー
を済ませる。
「で、どうなんだよ」
 店員が去ると、椅子にふんぞり返った榛名が口を開いた。
「・・・・・だから、オレと三橋が、・・・付き合っているのが親にバレて
反対された・・・んですよ」
 大筋を述べれば、ふーんと呟きながらどこか納得のいかないといった風に
細められた目が見据えてくる。
「そんだけか?」
「それだけっすよ」
「親バレしたからって、なあ・・・反対されたからハイ駆け落ちってのも」
 どうなのよ、とばかりに肩を竦める。あんたなんかには分かんねェよ。
「でも、何でバレたの?」
 秋丸が、鋭いところをついてくる。あんまりこういうことは赤裸々に語り
たくはない。そこまで包み隠さず説明しなくても話は伝わるだろうと踏んで、
そうするとどこまでぼかして語るべきか考えつつ、取り敢えず三橋には余計な
ことは喋るなと目配せする。頭の上に?マークが見えそうな様子からして、
うまく伝わってるかは微妙だけれど。
「・・・・・キス、してたの見られて」
 この程度なら問題ないだろう。駆け落ちするくらいだから、そんくらいの
関係には到ってるだろうとは予測済みのはずだろうしと、そう告げれば。
「キスだあ? そのくらい、ゴミ入ったとかどうとかで誤魔化せよ」
「誤魔化せなかったんだから、しょうがないでしょ」
「ほー、そんなディープなやつ、カマしてたのかよ・・・このエロガキ共が」
 盛大に溜息をつきつつ、榛名がちらりと三橋に視線を移す。
「・・・こんな、オコサマが・・・ねえ」
 いまだにメニューのケーキの写真を見ては目を輝かせている三橋の様子から
は、そういったセクシャルな雰囲気はきっと感じ取れないんだろう。
 そんなあからさまに感じとられても、どうかと思うけど。
「はー・・・オレはまた、てっきりヤってる現場にでも踏み込まれたのかと」
「え、ええええっ!」
「・・・っ」
 辛うじてオレは引き攣りかけた表情を動かさずに堪えたものの、三橋は榛名
が呟いた言葉に、素っ頓狂な声を上げて。
「す、す、すご、いっ!榛名サン、また当てたよっ、阿部君!」
「こンのバッカ野郎!いちいち反応すんじゃねェ!」
 こっちもつい大声になってしまう。
 あっさりバレた。せっかく、ぼかしたソレが。
「・・・・・・・・・・マジ、かよ」
 さすがに榛名も、恐らく何げなく呟いた言葉が核心を言い当てたとは思わな
かったようで、椅子からズリ落ちんばかりに脱力し、驚いているようで。
「あああ、もう・・・そうっすよ、現場見られたんすよ」
 一応事後だったけど、とは付け加えておく。
「それは、・・・言い訳・・・出来ない、よね・・・」
 秋丸も、たいしてズレていない眼鏡をせわしなく直しながら頷く。
「で、親が怒り狂ったと?」
「・・・・・そんなところですね」
「あ、あ、べくん、は・・・悪くない、んで・・・す」
 おずおずと会話の中に入ってきた三橋が、膝の上に置いた手をキュッと握り
締めながら言葉を紡ぐ。
「ちゃんと、オレも阿部君も、お、お互い好き、で、阿部君だけが悪いとか、
じゃない・・・のに、うちのオヤ・・・阿部君ばかり、責めて・・・そんで、
オレをまた群馬に連れてこうって、だから・・・」
「群馬?」
「三橋の父親の実家があっちにあって、こいつ西浦に来るまでそこに住んで
たんですよ」
 正確に中学ん時の3年間だけだったような気もするが、ややこしいので
その辺りの説明は省く。
「だから、タカヤが攫ったってか?」
「っオ、レが・・・あ・・・・・」
 その声が泣き出してしまいそうな響きになったところで、注文していた品を
店員が運んで来た。場の空気を読んでか読まずか、笑顔でテーブルに皿諸々を
並べ、ごゆっくりーと去って行く。そこはかとなく気まずいものを感じつつも
オレは目の前に置かれたケーキの乗った皿を三橋の前に押し出した。
「食えよ」
「え、・・これ、は阿部君、の」
「やっぱオレ、腹減ってなかった。勿体ないから、お前食ってくれ」
「・・・・・」
「まだまだ入んだろ?」
「・・・・・あ、ありがと、う」
 ニカッと笑ってやれば、つられたのかホッとしたのか三橋の泣き出しそう
だった顔に笑みが浮かぶ。泣き笑いでちょっとブサイクだけど、そんなとこも
やっぱり可愛いなと思ってしまう。
「・・・ん、お、美味しい、です」
「そっか」
 自分のイチゴケーキより先に、オレの差し出したケーキに食らい付きながら
三橋がウヒッと微笑う。
「・・・・・優しいねえ」
「何なんだよ、こいつら・・・殴りてえ」
 カップから立ち上る湯気を揺らしながら、向かいに座る2人が曖昧な表情を
浮かべる。さりげなさを装ったつもりが、やっぱバレバレだったのか。ああ、
そうだよ、このケーキは三橋がイチゴのと迷ってたヤツだよ。最初っから自分
で食う気なんてなかったよ、それがどうした。
「お前らがラブラブなのは、よーく分かった。今更だけど、お前らが男同士
だとかそういうのも、どうでもイイ。だがな、タカヤ」
 身を乗り出し気味に、周囲に気を配ってかやや声を潜めつつ。榛名は、多分
一番聞きたかったであろうことを口にする。
「どうすんだよ、これから」
 それは。聞かれるだろうとは思いつつも、だけど明確な答えを持たないまま
オレはここにいて。
「・・・・・それは、2人で・・・これから」
「まあ、駆け落ちも勢いでってのもあるんだろうけど・・・」
 うっかり湯気で曇らせてしまったらしい眼鏡を拭きながら、苦笑混じりに
秋丸がオレたちに告げる。
「さすがに、行き当たりばったりは・・・怖いよ」
「・・・・・」
 分かってる。行くあてもない。今夜、寝泊まりする場所さえ決まっていない。
またネットカフェを利用することになるかもしれないけれど、ずっとそういう
生活を続けてはいけないことも分かっている。所持金だって、そのうち底を
つくだろうし、なら働くとしてマトモな働き口がどれだけあるだろう。
 無謀、という言葉が頭を過る。
 けれど。
「それでも、オレは・・・三橋の手を離したくはない」
 この手を。
 テーブルの下、重ねた手に力がこもる。
「・・・・・どうするよ、秋丸」
「・・・・・帰れと言っても聞かないだろうし、だからってこのままってのも
何だか、なあ」
「・・・・・少しだけ、時間・・・やれねェもんかな」
「・・・・・そう、だなあ」
 2人して難しい顔をしながらブツブツと呟いているのを、オレたちは無言で
見つめていた。彼らに会ってしまって、家に連絡がいくかもしれないという
諦めのようなものが少しはあったし、彼らなりに心配してくれているのだと
いうことにも気付いていたけれど、でも黙って見逃してくれと強く願う。
「あのさ、この後もうちょっと付き合ってくれるかな」
 カップを見据えながら、しばらく考え込んでいた秋丸が、ふと何かを思い
付いたように顔を上げる。
「秋丸、・・・まさかお前」
 ハッとしたように隣を見た榛名の肩をポンと叩き、その手でティーカップを
掲げつつ。
「取り敢えず、これ食っちまお?」
 向けられた笑顔に、オレは少し躊躇いながらも頷く。
「ダイジョブ、だよ」
 半ば吐息だけで三橋が囁いたのに応えるように、少し冷たい指先に同じよう
に温もりを失いつつあった自分の指を、そっと絡めた。