一緒にいられればいい。
オレの側で、三橋が笑顔で。
ずっとバッテリー組んで甲子園出て、まで言っちまうとそれは贅沢な望み
なのかもしれないけれど、それもこれも全部三橋となら、と。
そう、三橋と一緒に見る、夢だ。
三橋でなければ、ダメなんだ。
とりとめなく語るオレに、おんなじ夢を見てるんだねと三橋は嬉しそうに
呟いた。
あれは、いつのことだっただろう。
「なるべく、人の多いところの方がいいな」
その方が、目立たない。だから、取り敢えずの行き先は東京に決めた。
まだ最寄り駅の最終電車までは時間があったけど、ここから東京方面に向かう
電車はかなり乗客が少なくて、そんな中にオレたち2人は目についてしまう
かもしれない。そんな僅かな可能性も潰してしまいたくて、もう少し先の駅前
まで歩いて、その辺りのネットカフェででも時間を潰して、早朝のやや混雑
する電車を使おうと提案する。
「阿部君はスゴイ、ね!」
オレと公園で待ち合わせてから、三橋はずっと御機嫌だ。はしゃいでいる、
と言っても過言ではなく、うっかり鼻唄まで出てくるんじゃないかとさえ思え
る。今の状況が分かってない訳でもなかろうと三橋には知られないように、
小さく溜息をつきながら、ふと1つの考えに到る。
こういう状況だから逆に、ということもあり得る。
とはいえ、ただ単純にオレと会えて一緒にいられるのが嬉しいだけなのかも
しれず、実際そうなんじゃないかと思うけれど。
「オレ、どこまででも阿部君に、ついてく、よ!」
「・・・・・おう」
面と向かって、んな恥ずかしいセリフ、勘弁してくれとは思うものの、でも
繋いだこの手を引いてどこまでも三橋がついて来てくれたら良いなとも思う。
「行くか」
「うん!」
どこまででも。
どこまで。
オレたちは、行くんだろう。
最寄り駅からほぼ線路沿いの道を歩いて出た大きめの駅前からやや外れた
ところに見付けたネットカフェでオレたちは一夜を明かした。未成年2人の
深夜利用にも店員はマニュアル通りな対応で、こんな時間でもそういう年代の
利用客が少なくないことが伺えた。オレも三橋も、利用するのは初めてだった
けれど、それなりに何とかなるもんだ。三橋は沢山のコミックスに夢中になり、
オレはしばらくネットサーフをして、明日に備えてもう寝るぞと声を掛ける。
まだ読みかけだったらしいマンガに未練を残しつつも、三橋はオレに従って
毛布を被った。こんな状況で眠れるんだろうかという思いも、すぐに聞こえて
来た三橋の寝息に一蹴される。それにつられるようにして、オレもゆっくりと
眠りへと落ちていった。
夢は見なかった。
ラッシュちょい手前の快速に揺られて、オレたちは東京に出る。タイミング
良く、そこそこまとまった金も引き出せた。もうそろそろオレたちがいないと
いうことに気付いている頃かもしれないが、金融機関のことにまでまだ手は
回していなかったようだ。持ち歩くにはそれなりの大金でも、これからのこと
を思えば、決して多い金額ではないだろう。大事によく考えて使わなければ
いけない。
封筒に入れた札束をバッグの奥にしまい込み、キャッシュコーナーの外で
待っていた三橋のところに戻ると、盛大に腹の虫を鳴かせて迎えてくれたので、
すぐ近くに見えたファーストフード店で朝飯にすることにした。
「えっと、朝食セットと、ハンバーガーもう1個、それからアップルパイ、も
・・・あ、ポテトも大きいの追加、で」
朝から一体どんだけ食うんだよ。というか、こいつの食費のことを考えると
色々どうにかしなきゃなと溜息がつい出てしまう。
節約しないといけないことは、後でしっかり言い聞かせよう。
「お、美味しい、ね!」
デカい口でハンバーガーに齧りつきながら、三橋が満面の笑みを浮かべる。
「・・・ケチャップついてんぞ」
ほんとお子様だよなと苦笑しながら指先で拭って、それをペロリと舐め取る
オレを見て、三橋がパチパチと瞬きをした後、フヒッと笑った。
「・・・・・っ」
もしかしなくても、傍から見たらかなり恥ずかしい行動だったんじゃない
だろうかと、今更ながら返した笑顔が引き攣ったが、周りの客は慌ただしく
入れ替わり立ち替わりしていて、隅っこの席のオレたちにいちいち気を留めて
いるような様子はなかった。
半ば照れ隠しのように、オレもガブリと大口でハンバーガーにかぶりつく。
これちょっとサービスし過ぎなんじゃねえのというくらいに多めに仕込まれて
いたマスタードに眉を顰めつつ、咀嚼も適当にコーヒーで流し込む。
腹ごしらえをしたら、さてどうしよう。
「三橋、お前・・・どっか行きたいとこあるか?」
一応、三橋の意見を聞いてみれば。
「お、お台場!」
「・・・・・観光じゃねえよ」
脳天気な答えにガックリ項垂れる。もしかしなくても、ほんとに本気で観光
気分なんじゃねェのか、こいつ。
「う、えっと・・・どこでも、いいよ」
「・・・と言われてもな」
「あ、阿部君となら、どこだって、嬉しいよ!」
「・・・・・」
軽いようで、重い言葉だ。
裏も表も嘘も偽りもない、真直ぐな。
「取り敢えず、それ食っちまえ」
「う、うん」
促されて、次はアップルパイに食らい付く三橋に、中身熱いから気をつけろ
よと言い添えつつ、視線を窓の外に向ける。店の2階にあるこの席からは、
駅前の人の流れがよく見える。沢山の人が行き交う街。
ここで、オレは何が出来るんだろう。
オレは。
三橋を、どこへ連れて行こうとしているのだろう。
ゆっくりと朝飯を堪能して店を出れば、高層ビルの隙間から覗く、少し遠い
ところにある空の雲が多くなってきているのに気付いた。昨日から天気予報は
見ていなかったけれど、下り坂になりそうな気配がした。折畳み傘まで持って
来てはいなくて、そうなると今後のことを考えて買っておくべきかもしれない。
「取り敢えず、地下街に降りて・・・」
そこなら、急に雨が降り出しても慌てることはない。傘を見付けたら買えば
良いし、それから。
「タカヤじゃん!」
その先のことをあれこれとシミュレートしていたせいで、掛けられた声に
反応するのが遅れた。
「何やってんだよ、こんなとこで」
「っ、・・・・・」
弾かれたように振り返れば、その先で三橋がやたらキラキラとした眼差しを
向けている、その相手。見間違えようのない、憎ったらしい面構えの長身。
「も、とき・・・さん?」
アンタこそ何でこんなところにいるんだ、と言いたいのに声になって出て
こない。知り合いに、まさかこんな時に会うだなんて、どういう嫌がらせだ。
動揺するオレの気も知らずに、三橋は嬉しそうに瞳を輝かせて榛名を見上げて
いる。
「はっ、榛名サン!」
「おー、タカヤんとこのピッチャー・・・っと、んー・・・」
「三橋君、だよね」
「は、はい!」
榛名の後ろからヒョイと顔を覗かせたのは、確か控え捕手の秋丸とかいう
奴だ。そういや、夏大の抽選会場の便所で三橋はこの2人と遭遇していたんだ
というのを思い出す。
「で、そのミハシとタカヤは、こんなとこで何やってんだ」
どうする。ここで運悪く会っちまったことはしょうがないとして、適当に
誤魔化してこの場は立ち去るに限る。
「別に、ちょっと・・・」
「2人だけ? 買い物? デート?」
からかうような問い掛けに睨み返せば、榛名はにんまりと人の悪そうな笑み
を濃くしながら、わざとらしくポンと手を叩いて軽い口調で。
「アレか、駆け落ち!」
告げたそれが、人をからかっての冗談だというのは、あからさまだったはず
なのに、だがしかしそれがマトモに通用しない奴というのがいる。
ここに。
「す、すごいっ!阿部君!榛名サン、オレたち駆け落ちだって分かった、よ!」
「おま、っバカ・・・!」
「・・・・・・・・・・へ?」
その時の榛名の呆気に取られた顔は、いつもなら盛大に笑ってやるところ
だが、実際そうしていればこっちも冗談返しな返事のつもりではぐらかせたの
かもしれないのに、オレは三橋の返答に見事に慌て、顔色を変えてしまった。
「何、・・・お前ら・・・ちょ、マジ・・・かよ」
しくじった。やらかしちまった。けど、今すぐここから逃げちまえば、と
三橋の腕を取ろうと伸ばした手は空振って。
「まあ、待てよ・・・タカヤ?」
引き寄せるはずだった三橋の身体は、榛名の腕の中にすっぽりと羽交い締め
にされるような形で収まっていて。
「は、は、はる、なさ・・・ん」
そこで顔を赤らめてんじゃねェよ、三橋。
「てめ、その腕、離しやがれ・・・っ」
「ヤだね」
「元希さん!」
「・・・・・あのさ、口挟ませて貰っていいかな?」
あかんべーでもしそうな榛名と、今にも掴みかからん勢いのオレとの間に、
申し訳なさそうに眼鏡の控え捕手が割って入る。
「取り敢えず、場所変えた方が良くない?」
言われて、自分たちが擦れ違う人たちの視線に晒されまくっていたことに
気付く。お節介な輩に喧嘩だとかで通報でもされようものなら、即行ゲーム
セットだ。
「前に姉さんのお供で来た時に連れてかれたんだけど、この道を1本入った
とこにある店、お茶もケーキも美味しかったんだよな。コーヒーもいけた」
「んじゃ、そこでいいや」
「っ、おい!」
眼鏡について、榛名も三橋の肩を抱くようにして歩き出そうとするのに。
「来いよ、タカヤ」
「何で!」
「あ、阿部君・・・」
どうして。何で、こんなことになっちまうんだ。
「諦めて、洗いざらい話しちまえよ」
「っ、アンタには関係な・・・」
関係ないのに、と。言おうと睨み付けた視線の先、榛名の顔はうっすらと
笑みを浮かべてはいたものの、そこにからかいの気配はなく。
「・・・・・分かったから、そいつ離して下さいよ」
「おー、コワ・・・」
苦笑しながらも、肩に掛けられた腕は外される。
「あべく、ん」
「・・・・・ゴメンな」
「だいじょぶ、だよ?」
キョトンとした顔の三橋にぎごちなく笑い掛け、その手を取りながらオレは
仕方なく前を行く榛名たちの後に続いた。
オレたちの逃避行も、ここで終わっちまうのかな。
あまりにも呆気ない幕切れを思うと、口元には歪んだ笑いしか浮かんでこな
かった。