MAGICAL MYSTERY TOUR ー1−




Christmas time has come here again. クリスマスが今年もやってくる。

華やかに彩られた都会のショッピングゾーンでは、二週間後に迫った一年最大のイベントで、愛する人たちをびっくりさせようとプレゼント選びに繰り出した人々が、眉間に皺を寄せて値段の交渉をしたり、計画通りの買い物に売り子と満足げな笑みを交わしたり......そんな光景が繰り広げられるハッピーな季節。

一方、チカチカ光るネオンのトナカイも砂糖菓子のサンタクロースも、ショーウインドウの中から嫣然と微笑むブランドショップのマネキンにも、なんら縁のないここは米国某州にあるナショナル・デフェンス・フォース。
今、砂漠のど真ん中に広がるこの広大な軍事施設の中にある、ちっぽけかつしごく簡素な官舎の一室では、むくつけき軍人二人が壁に貼られた世界地図を前にして、真面目くさった顔で赤いマジックをかかげていた。


「よしっ、それじゃ俺が先に行かせてもらうぜ......言っとくけどズルはなしだぞ!」
と、最高級のトルコ石色の瞳を輝かせるのは、ブルース・ウェーバー撮影のファッション広告で、ブロンド美女の肩を抱き、マイアミビーチで微笑んでいてもおかしくないほど綺麗な青年。

「うるせえ。いかさまポーカーやるような奴に言われたかぁねえよ」
と、神話世界の湖を思い起こさせる灰色がかった緑の目をギョロつかせるのは、テレビで再放送された古いドイツ映画でいたいけな子供らを恐怖の渦にたたき込む、あの吸血鬼ノスフェラトゥそっくりのスキンヘッド男。

勤務先が同じだというだけで、他には蜘蛛の糸の結び目ほどの接点すらなさそうなこの二人が神妙な顔でこれからやろうとしているのは、恋人同士が手に手を携える婚前旅行......いや、こう書くとキレ易いスキンヘッドが怒ってマシンガンを乱射しそうなので言い換えておく。

軍曹と伍長の階位にある、特殊部隊の教育担当官二人ーミッヒ・ハーネマンとロメオ・クーパーが、たまたま日程が同じになったクリスマス休暇をたまたま共に過ごすための、その旅行先を決める運を天に任せたチャンス・ミーティングであった。


「ふふっ......俺はハイスクールの頃、ダーツのプリンスと呼ばれてたんだ」と余裕の笑みを見せるのは男前のクーパー。
彼はゆっくり目を閉じると地図に向かって赤マジックを放り投げ、それと同時に大声で叫んだ。
「フィレンツェ、ゲットだぜ!」

しかし残念ながら赤い印がついたのは、狙いを付けたブーツ型の国ではなく、そのはるか彼方極東の、それも陸地ではなく海の上。
「ヒャハハハー!ジャパン・シー!」と爆笑したのはスキンヘッドの強面ハーネマン。
「クリスマスにはジエータイのヘルプで不審船の拿捕でもやってな!ヒャハハ!」とガックリ肩を落としたクーパーにはてんでお構いなし、腹を抱えて笑っている。

だがやがて、ようやく笑い疲れた男はおもむろにマジックを手に取ってフタを外すと、壁に向かってスタンバイした。
その途端、蝋のように白い細面に浮かんだ鋭い表情は、さっきまで馬鹿笑いしていた人間と同一人物だとはとても思えないような、まるで獲物を狙う猟犬のそれである。

「頼むぜ、アフガニスタン!」
「だから旅行では行けねーって......」と冷ややかに呟くクーパーを無視してマジックに軽く口づけたハーネマン、目を閉じるや華麗なフォームでスローイング。

だが、ナイフ投げの名人にあるまじきことに、赤マジックの先がタッチしたのはユーラシアどころか、アフリカ大陸。
思わず地図に駆け寄った二人は、神託が赤丸で指し示した国......四大文明の一つの発祥の地でもあるかの地を目にして、思わず顔を見合わせた。
「......エジプト!」






さて、こちらは空港の出国カウンター。
“エコノミークラス”の看板の前、いつもとはちょっと毛色の変わった国でバカンスを、と企てた人々が作る長い長い行列に苛立った男たちは、ひそひそ声で互いにののしり合っていた。

「みんなそんなにやりたいのかねえ?ピラミッドのふもとでメリークリスマス」
自分たちのことは棚に上げてクーパーはうんざり顔。「エジプト行きの飛行機がこんなに混んでるとは思わなかった」
「世の中には物好きが多いってことだな」と、ハーネマンもさっきからカウンターでなにやら激しくまくしたてている中東系の男の背中を、恨めしげに見つめている。

「だいたいアンタもたまの旅行くらいゴージャスにすりゃいいのにさ......クソッ、見ろよ、ビジネスクラスのカウンターはガラガラじゃん」
とっくに味がなくなったガムを噛みながら、クーパーはハーネマンを睨みつけた。
「俺があんだけ言ったのに、なんでファーストかビジネスでチケット取らねーんだよこのケチ!」

だがハーネマン、締まり屋で名高いドイツ人だけある。
「なんでたかだか14時間のために何千ドルも余計に払わなきゃなんねーんだ?ちょっとのあいだ辛抱すりゃあ済むことじゃねえか」とそっぽを向いたまま取り合おうともしない。

「そもそもなんだよ?その軽装」
青年のやるせない怒りの矛先は、相方のファッションにも向けられる。
「三週間の旅行にリュック一個だけって、大荷物の俺がまるっきり馬鹿みたいじゃん」
「『馬鹿みたい』じゃなくて『馬鹿』だろ?」としれっと答えるハーネマン。
「三週間の旅行にその馬鹿でかいスーツケース!何が入ってんだ?マリーアントワネットのコスプレ衣装か?」
「ちぇっ、『大は小を兼ねる』って言うじゃん、だから......」とクーパーは口ごもった。「でも結構いいだろ?リモワのこれ。すっげぇ高かったんだぜ」
「へえへえ、で、お幾らで?」
「......千ドル」
「げっ!千ドルだってえ?!このアホが!スーツケースなんざレンタルで十分なんだよっ!そもそもお前はだなぁ......」
「うっせえ!俺のかせいだ金をどう使おうと俺の勝手だろ!」
「あのぉ、お客様......」

その時二人の間に割って入った事務的な声。
振り返るとそこには引きつった微笑みを浮かべるエジプト航空のカウンター嬢。「よろしければパスポートとチケットを拝見したいのですが」
途端にさっきまで言い争っていた男たちは顔を見合わせ、打ち合わせ通りの作戦行動に移る。

「ああ......もう限界だ......頼むから座らせてくれ......」
こめかみに手を当てたハーネマンは急にうつろな目をして足元をふらつかせ、ぜいぜいと苦しげな呼吸をしてみせる。
一方、悲しげな表情を浮かべたクーパーは、病弱な同伴者を心から気遣っているそぶりを見せながら、カウンターに身を乗り出して悲壮な調子で言ったのだった。

「あの......連れが体調を崩していて......ほら、顔色もこんなに悪いんです。あっ!大丈夫ですかハーネマンさんっ!?......すみません、こんな状態なのでできれば最前列の窓側の席をお願いしたいのですが......」(※)



......前に座席がなくて足が伸ばせるため、同じエコノミークラスでも最前列の席は、混んだ機内で長時間を過ごすには一番マシなポジションなのだ。
だが、この席は病人や乳児連れのファミリー、そして頻繁にその航空会社を利用しているビジネスマン等に優先的に割り振られるので、席ゲットのためには体調の悪いフリをすることも一策である。



そしてその二時間後、ボーイング777の機内にて。

「はぁあーっ、出国するだけで疲れ果てた......」
クーパーはやれやれという風に何度か目をこすると、むっつり顔の同行者に向き直り、嫌味たっぷりに肩をすくめてみせた。「まさかリュックにベレッタ入れてるとはねえ!」

「ちぇっ......だから忘れてたっつってんだろ......」とこの度ばかりはハーネマンも素直である。
「俺にとっちゃ銃は分身みたいなもんだからさ、つい財布に免許証入れる感覚で......」
さすがに自分の非を認めざるを得ない状況だと分かっているのだろう。つい出来心でやってしまった万引きの現場を押さえられた小学生のようにしおらしい様子に、クーパーも語調を和らげた。

「まぁよかったじゃん、すぐNDFに俺たちの素性を確認してくれたから事なきを得て。でなけりゃハイジャッカー扱いで足止め食らってたんだろうけどね」
「ああああ......俺のベレッタ......」
一方、クーパーの慰めなんぞてんで耳に入らない様子でハーネマンは頭を抱えている。

「三週間も空港で寂しくお留守番させるだなんて耐えられねえ!いっそ旅行を取りやめて......」
「おいおい!これ以上馬鹿は言わないでくれよ!」とクーパーの情けない声が上がった。
「心配しなくてもちゃんと保管してくれるさ。それより今はエコノミーからビジネスにランクアップしたことを素直に喜ぼうよ」

そう、ハーネマンの病人の演技が予想以上の功を奏したのだろう。気をきかせた空港職員が今日のこの便には空席があるからと、二人にエコノミー最前列どころか、ビジネスクラスのシートを割り当ててくれたのだ。

「はぁーっ......やっぱりいいなぁ、ビジネスクラス。見た?エコノミーの狭さったら!うぷぷっ!俺にはとっても耐えられないよ」
クーパーは快活に笑うと、ゆったり幅を取ったシートで183センチの体をぐーんと伸ばした。

「なんたってビジネスじゃあ酒がよりどりみどりで飲み放題ってのがいいよねえ。でなけりゃ14時間のフライトになんか耐えられないもん。ああ、早く来ないかなぁ、アテンダントのお姉ちゃん。なぁ、ミッヒは何にすんの?ビール?ウイスキー?いや、まずはシャンパンで乾杯しようよ。あははははっ」

だが、二人っきりのバカンスにすっかり浮き足立った若造に、一回り年上の男は冷や水を浴びせかける。
「なあクーパー......ひょっとしてお前知らねえのか?」
「へっ?なにを?」
「イスラム圏の航空会社じゃ基本的にはないんだぜ、酒の機内サービス」



<TO BE CONTINUED>