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奇人たちの晩餐会(その三)
げっそりと頬のこけた青白い法官は、艶やかな頭をアカシアの花の黄色に染めた軽い亜麻布に包んであてもなく河畔をさまよっている。
カリムのおかげでゴンベエの命は救われた。だが、ハイエナ以外に晩餐会にまだ供されていないゲテモノがシャダにはどうしても思いつかない。
悶々とする背中に、その時おずおず声をかける者がいた。 「シャダ様?どうなすったんです?こんなところで」
振り返った視線の先、腰を低くして敬礼の姿勢をとっているのは、薄汚れたかつらをかぶった中年男と彼の息子らしき幼い少年。
あわてて頭の中にある記憶の巻物を開いたシャダは、そこにすぐ彼らの名前を見いだした。
「ああ、久しぶりだね、パネブ。それから坊やはタカ・・・だったかな」
数年前にカリムの管轄である神殿造営にたずさわっていたものの、今は元の漁師業に戻ったパネブ。
彼はしがないヒラ職人だった自分の名が高官に覚えられていた光栄に、さも嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「へい、へい。さようでごぜえます・・・ほらタカ!おめぇもご挨拶しねぇか」
ぴょこんと頭を下げたぼさぼさ頭の少年の快活な様子に、思わず微笑みを漏らしたシャダだったが、そのとたんに激しいめまいに襲われてその場にしゃがみこんだ。
親子はあわてて貴人に駆け寄ると、卵型の小さな顔を不安そうにのぞきこむ。
「お、お一人でいらしたんで?誰か呼んできましょうか?」
「・・・いや・・・いい」
シャダは熱に浮かされたように言った。
「ゲテモノ・・・なにがなんでもゲテモノを見つけなきゃならないから・・・」
「・・・ゲテモノ、ですか?」
何のことやら分からないパネブは、上等な革のサンダルを河畔の泥土で汚した若い男を怪訝そうに見つめた。ゲテモノを見つけなきゃいかんって、いったい何を言っているんだこの人は?
「そうだ・・・ゲテモノだ。ゲテモノ、ゲテモノ・・・ヘビでもネズミでも虫けらでもハイエナでもないゲテモノだ・・・
ねぇパネブ、お前はなにかこう、心臓にガツーンときて椅子ごと後ろにひっくり返るような食材を知らないか?」
古びてはいるものの綺麗に洗濯された亜麻布一枚を腰に巻いた裸足の男は、対岸にそびえ立つ黄褐色の山々に目をこらしてなにやら考えていたが、すぐに何かに思い当たったように手を打った。
「ああそうだ!あれならいいかもしれん!」
「・・・あれ?あれって何だい?」とシャダ
「スッポンですよシャダ様。スッポンはいかがでごぜえますか?」
「すっぽん?・・・いったいなんだそれは?草か?魚か?それとも獣?」
「河におる亀の一種でございますよ。滅多に採れねえもんであんま知っとる人間はおらんです。
たまーに採れるとわしら内々のもんで食っちまいますんで、上品な方々にのお目にも触れんとは思いますが・・・」
「聞いたことがないがそれは・・・ゲテモノと呼べるのか?」
パネブは草の繊維で作ったかつらを揺らしてちょっと首を傾げていたが、すぐに独り合点して深くうなずいた。
「そりゃまぁなんともうす汚ねえ色ですし、泥くさくてお世辞にも美味いとは言えんで、わたしらもクスリと思わにゃあんなもん食べませんがな。ただ・・・」パネブはにやりとすると声を潜めた。
「ガツーンとくるという意味ではまっことあっちこっちにガツーンときますわなぁ。体があったまってえらく精がつくもんで、夜のお勤めがキツい時やらカミさんの機嫌が悪いときにゃあ、わしら漁師はすっ飛んで河にスッポン採りに・・・」
「頼むっ!パネブ!!」
シャダは男の腕をつかんでゆさゆさ揺さぶった。さっき貧血で倒れ伏しそうになった男の力だとは思えない。
「明日の昼までにみんなで手分けして、そのスッポンというやつをたくさん!できるだけたくさん採ってきてくれえぇっ!」
次の日、シャダの邸宅にはかご一杯のスッポンが届けられ、パネブたち漁師一行はビールを十壺、おまけに妻たちには亜麻布と化粧品、子供たちには素敵な皮のボールを持って村に凱旋することができたのである。
貴人たちの晩餐会も第六夜。
「では、神々と王のカーのために!」
アカシアの若芽の緑、ハトホル石の青、マンドラゴラの実の黄色。
色鮮やかな酒杯を貴石に彩られた手に高くかかげて、王と神官たちはファイユーム産の白ワインを一気に飲み干した。
「さて、今日は何を供してくれるのかの、シャダ」
凝った織り目の葦マットに腰を下ろしたシモンが、さも嬉しそうに両手をすりあわせた。
「おぬし、昨夜は欠席で助かったのお。ハイエナなんて固いわ臭いわでとても食えたものではなかったでな」
「まったくですわ!」を胸元にかけた花の首飾りを、綺麗に整えられた爪先でいじり回しながらアイシス。
「しめくくりの夜くらいはちょっと美味しいもので口直ししたいものですわね」
「味については耳にした限りでは今ひとつ自信がないのですが・・・」とシャダは正直に告白した。
「ガツーンと来る野趣あふれる食材という意味では、条件にかなっていると思います・・・さあ、皆さん。これをヒッタイト人がどう見るか、それぞれの目と舌で判断なさって下さい」
濃紺のラピスラズリで飾られた右手が軽く上げられると同時に、隆々とした筋肉の持ち主たちが、小さな酒杯と大きな皿、銅の鍋を捧げ持って現れた。
雇い主の嗜好が丸分かりの給仕らは、美しく鍛え上げられた体を翻しながら手際よくガラスの酒杯を配り火をおこし、鍋に湯を沸かしていく。
「湯を沸かしたりして、一体なにをするつもりだ?」
また恋人の悪い遊び癖が始まったのではと、給仕達の隆々とした大胸筋を苦虫を噛み潰すような顔で眺めていたカリムは言った。
「きっとこれを茹でるんですよ・・・うわっ!」
マハードは大皿に盛られた生肉を覗き込んでさも嫌そうに目をすがめる。
「なんですかこれは?ぐちゃぐちゃしていて泥色で・・・うーむ、お世辞にも目で楽しめる食材とは言えませんね」 先日、人々の目を苦しめる虫けら料理を供した男の台詞とはとても思えない。
アイシスも「魚肉それとも獣肉かしら?このブルブルした皮から見ると、きっと魚ね。でもこの黄色いつぶつぶは何?魚じゃなくてトリの卵の黄身みたいで気味が悪いわ」と、ツンとそびやかした鼻をひくつかせている。
マハードの言う通り、確かにお世辞にも目に優しい料理ではなかろう。
灰褐色に黒いシミのようなブチの入った皮。
白っぽいゼリー状のプルプルのビラビラは、生前この生き物のどの部分を構成していたものなのかよく分からない。そしてプルプルの間には薄汚れたピンク色の肉片がこんもり盛りつけられている。
灰褐色、灰白、そして肉色。その配色は泥土と垢で汚れきった貧しい男の足の裏が、石かなにかを踏んづけてぱっくり開いた切り傷を思わせる。
そこへもってきて不自然なほどに鮮やかな黄色い卵のつぶつぶと、思い切りパーの形に開いた小さなつま先が、ところどころ緑の苔が残った奇妙にすべっこい甲羅の上に盛りつけられている・・・
生きていた時の姿に比べ十倍はグロテスクになったぶつ切りの食材を初めて目にして、供する本人もいささか不安になってきたようである。
シャダは自分を励ますかのような小さな咳払いをすると、座する貴人たちに向かってとっておきの艶やかな笑顔を浮かべてみせた。
「さて皆様、晩餐会最終日にわたくしが供させて頂きますのは、スッポンなる珍しい亀の一種でございます。
見た目はお世辞にも美しいとは申せませんが、薬膳としての効果たるや刮目すべきものがあるとのこと。
さあ、まずは手始めにこのワインを。スッポンの生き血の赤ワイン割りです。いささか気味が悪いですが、体の液体の流れを整え、疲労や冷え性を改善するそうですので、クスリだと思ってグッとどうぞ。」
「・・・血?!」
「血のワイン割り?」
「血を飲むだなんて、まるで赤い土地の蛮族のようでなんだか怖いわ!」
「まぁまぁ。そこはだまされたと思って・・・」
一方、尻込みする若者たちとは対照的に、ヒゲをたくわえた中年組は今にも嬉しさに吹き出しそう。
黄色い波模様で彩られた青い酒杯の中身を、なんのためらいもなくグイッと一気に飲み干すと、満足げな深いため息をついた。
「・・・アレですな」
「・・・まことアレであるな」
「・・・まごうことなくアレですな」
王とアクナディンそしてシモンの三人は互いに顔を見合わせて、大人を困らせる抜群の計画を思いついた悪童のような笑顔を浮かべた。
アクナムカノンは皿の上のものを、数十年を経て、今やっと異国から戻った旧友に再会したかのような熱をおびた瞳で見つめた。
「おお、これを目にするのは何年ぶりのことか・・・妃がイアル野(古代エジプトのあの世)に行ってしまってからというもの、食する気分になれなかったのだが」
「わたしもやもめになってからは縁がありませんでしたな」とはアクナディン。「セトが生まれる前には三日とあけず食しておったものですが」
「なに?おぬしもか!」アクナムカノンは驚いたように弟を見やった。
「かつては病弱な妃と共に頻繁にこれを食していたものだ。まったくこれのお陰で王子を賜ったようなもの。ゆえに王子の名は“アペシュ”(亀または亀の神の意)にしようと提案したのだが、妃がえらく怒ってな・・・」
「なに!兄者もですとな?!」とアクナディンは我が意を得たりと嬉しそう。
「実を申しますとわたしも息子を“ネイシュ”(亀肉)と名付けることまで考えましたが、さすがに妻には告げずに胸の奥深くに閉まっておきましたわ。わははははは」
「ほっほっほっ!それはいい。さすがにご兄弟であらせられる。一見異なるようでも心臓の奥の方は似てらっしゃるものですなぁ」
待ちきれない風情でちらちらと大皿に視線をやりながら、シモンが愉快そうに相槌を打った。
「ワシには子がおりませんが、ここだけの話、千年宝物の担い手の座を譲る際にはずいぶんお世話になったものですわい。
たしかシャダにはそういう経緯は話したことがないはずなのだが・・・さすが我が弟子。抜けているようでいてめっぽう鋭い・・・おや、例のアレも茹であがったようですぞ!」
ヒゲをたくわえた男たちは白い湯気を立てている灰褐色の肉片を見つめ、ごくりと生唾を呑み込んだ。
その夜の夜更けも夜更け。太陽神の一団を乗せた船が、地下の世界で悪鬼どもと世界の存亡を賭けた戦いを繰り広げているその頃。
青白い月に煌々と照らされ、北へ北へと向かって流れ行く大河ナイル。
水面に描かれる銀の軌跡を息を殺して見つめていた少年は、小さく握りこぶしを作って歓声を上げた。
「やったぁ!七回飛びはねたぞ!新記録だよ父上!」
アクナディンは小さな折り畳み椅子からよっこらしょと立ちあがると、幼い息子に歩み寄って仔猫の柔毛のような髪に手を伸ばした。
「七回だなんてすごいぞ、セト。七回の七は「複数」の三と「完全」の四を足した縁起のいい数。「七柱神の七」で幸運の印だ。明日はいいことがあるかもしれないね」
「王子なんていくら教えても二回しかできないんだ。七回だなんてびっくりするだろうなぁ。明日王子に見せてやろうっと!」
「王子はまだお小さいからね、二回しかできなくても仕方がない」
息子の頭を優しく撫でながらアクナディンは微笑んだ。「母上なんぞ十回はできたものだから、父はいつも負けるのが悔しくてなぁ・・・」
「でも父上・・・」
母の思い出から話を逸らさねばならない気がしてセトは問うた。
「どうして今日は夜更かししていいの?いつも早く寝なさいって叱られるのに」
「・・・それはな・・・」
軽やかな褐色の柔毛を撫でる手をふと止め、一瞬河面を見つめたアクナディンは言った。
「お前に綺麗な月夜のナイルを見せてやりたかったからだよ、私の可愛いセトや」
少年は、遠い時のあちら側に想いをいたすような父の目の色には気付かないふりをして、大きく振りかぶると握りしめた平たい石を力一杯遠くへ投げた。
「父上!くるしい!」
王子は自分をしっかりと抱き締めている長い腕から逃れようと、必死で手足を突っ張らせた。昨日と今日のライオンに支えられた薄緑色のファイアンスの枕が、ごろりと重たげに横になる。
「父上はいやだ!アンジュとねるんだ!」
「乳母とはいつでも寝られるではないか」
アクナディンは息子のぷっくりした体を離すどころかますます強く抱き締めた。
「アテムはどうして父と寝るのが嫌なのだ?」
紅玉随のように赤い王子の瞳が一瞬逡巡にまたたく。それは、一体どう言えば一番父親を傷つけずに済むか考えているようだ。
「・・・だって・・・だってぇ・・・うーん・・・父上はおヒゲがじょりじょりしてきもちわるい!」
「そうかそうか、おヒゲが気持ち悪いのか。ならば・・・・・・ほら!こうして布で覆えば大丈夫だろう?」
「・・・う・・・うん・・・」
へんだな。こんな父上は見たことがないな、と王子は思う。
上下エジプトを統べるホルスの化身としての威厳溢れる王。いつも大勢の臣下にかしずかれ、きらびやかな衣装をまとって祭事に赴く近寄りがたい姿を遠くから見つめてきた王子は、今、同じ父がまるで下男のように自分の機嫌を取る様子にどこか不自然なものを感じていた。
きょうの父上はなんかへんだ。
でもやさしい父上、だいすきだ。
「どうだアテム、今日はアンジュのかわりに父がお話をしてやろう。そうだね、今夜はいい月だから月の話がいい。
月神さまといえばコンス神だね。お前は母上と一緒に見た新年祭のことを覚えているかな?新年祭にはコンス神を乗せた御神輿を・・・」
亜麻布の隙間からはみ出したヒゲはやっぱりチクチクしたけれど、王子は自分をしっかり抱き締める父のぬくもりに安堵して、いつしか深い眠りに落ちていった。
魔術師は走っていた。暗い岩山を息をはずませながら。
月の夜とはいえ王家の谷に続く道は闇に沈みがちで、時折鋭い砂利に足を取られそうになったけれども、なんといってもここは歩き慣れた道。自分の庭のような岩山で、マハードは一心不乱にデヘネトの峰を目指していた。
あの変なカメ鍋を食べてからというもの、体が火照ってどうにもこうにも眠れない。シャダは体内の液体の流れが良くなるとは言っていたが、こんなにも目覚ましい効果があるとは!
高官にしては粗末な寝台をきしませて何度寝返りを打とうとも、一向に睡魔が襲ってくる気配がなかったものだから、眠ることをきっぱり諦めたマハードは、最も心休まる場所へと足を向けたのである。
そして数時間の後・・・
沈黙を愛する蛇頭の女神がしろしめすデヘネト峰の頂。
マハードは深緑の大地の間を縫って流れる銀の帯のようなナイルを見おろしながら、深い呼吸をした。
彼は感歎していた。あれほど走ってへとへとに疲れているはずなのに、まだハットウシャシュ(ヒッタイトの王都)まで駆けて行けそうな力が心臓の奥で燃えている。まったく驚きだ!これがスッポンの力というものか!?
体の奥底から沸き上がってくる力と、王家への溢れる愛に背中を押された若い魔術師は、衝動の赴くままに眼下のセヘト・アーアト(大平原)へ向かって声を限りに叫んでいた。
アクナムカノンおぉうーーーー!
アテムおうじぃーーーーーーーっ!
その時、マハードの熱情に応えるように闇の中から返ってきたのは、カリムのニワトリのつくる鴇の声。
コケッ、コケッ・・・コケーッコッコーーーッ!
アクナムカノンおぉうーーー!
コケーコッコッコー!!
アテムおうじーっ!!なにがあろうとお守りいたしますーっ!
コケーーコッコーーー!
アテムおうじぃーーーーーっ!!あの世の果てまでお供いたしますーーっ!
ケッコウーー!ケッコウー!コケコッコーーー!!
一人と一羽の騒々しい掛け合いはナイルを渡り、東の空をほんのり紫に変えたテーベの空の彼方へと消えていったのだった。
「・・・まったくうるさいニワトリじゃのう。さっさとトリ鍋にするがええ!」
小柄な宰相のその言葉に、カリムはマラカイト色の瞳をクワッと見開いた。
「なんですと?いくらシモン様とはいえそれは聞き捨てありませんな。コッコちゃんは先の戦いでテーベを守った功労者ですぞ!」
「いくら功労鳥だろうとうるさいものはうるさい。主人が口べたな分ペットがおしゃべりなのだろうが、近所迷惑も考えんかい。ほれカリム、さっさと帰れ帰れえっ!トリが寂しい寂しいとお前を呼んどるぞ」
「そうおっしゃるシモン様こそお先にどうぞ。ご老人があまり夜更かしなさるとお疲れが出て明日のお仕事に差し支えないかと、私は部下として心配でたまらないのですよ。シモン様がお帰りになったのを見届けてから私も帰りますので、どうぞご心配なく」
暗褐色のヒゲをたくわえた初老の男と、漆黒の長髪をなびかせた大きな男が一歩も譲らず睨み合うのは、白亜のお屋敷の玄関ホール。
二人の間では老いた男女の召使いが、皺だらけの顔をしかめて右往左往している。
晩餐会が終わったしばらく後、猛り狂う下半身をどうにも押さえきれない二人が向かったのは他ならぬシャダの邸宅。
輿に飛び乗り、担ぎ手にチップをはずんで超特急で走ってきたのはいいが、運悪く門の前でバッタリ・・・とあっては恥ずかしすぎる下心を隠しようもない。
「ふん、どこまでビンビンになったのか試そうと来たんじゃろうが、そうは問屋がおろさぬわい。
おぬし、賢者プタハホテプが『老人は敬いなさい』と言うておるのを忘れたか?今日の所は賢人の言葉を聞いて大人しく先輩に番を譲らんか!」
「譲るとか譲らないとかそういう問題ではありませぬ!だいいちシャダは私のもの。私に身も心も捧げているのですから!」
「シャダは儂が手取り足取り教え込んできた愛弟子じゃ!人のものを横からかっさらって偉そうにするでない。それに若いお前は別に今夜でなくとも、いつでも好きな時にやれるではないか」
「いつでもできるというものではありませんっ!お願いですシモン様!ここはどうか私にお譲り下さい。スッポンパワーを試せる日は今日この晩しかないのですっ!」
性欲は年長者への敬意をしのぎ、年少者への思いやりは性欲の前にひれ伏す。
放出を賭けたカリムとシモンの闘争に、まだしばらく決着は付きそうにない。
「参った。もう限界だ。頭がクラクラして死にそうだ・・・」
いつ果てるともしれぬ男達の言い争いがかすかに聞こえてくる、こちらは屋敷の奥の部屋。
そしてさっきから弱々しいうめきを上げて横たわるのは、この豪奢な屋敷の主。
「あ、そこ・・・そこをもうちょっと優しく押してくれ・・・」
吐き気の波状攻撃と戦いながら、シャダはあの薄気味の悪い卵の黄色を必死で脳裏から振り払おうとしていた。
「ううう・・・やっぱりゲテモノなんか大嫌いだ・・・」
最後の晩餐会で供したスッポンは、エジプト一口やかましい貴人たちの喝采を得ることができた。
だが、スッポンを供した当の本人はといえば、滋養に富みすぎたゲテモノにあてられて満身創痍。
腹の回りがすっかり平たくなってしまった胃弱のシャダは、筋骨隆々としたあの給仕らに背中をさすられながら、何度も何度もファイアンスの洗面器に頭を突っ込むのであった。
<4へ続く>
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