奇人たちの晩餐会(その二)
若い法官は青ざめた顔をして、そろそろ中天にさしかかる太陽の船の下、ナツメヤシの木陰を選びつつ王宮の庭園を散策していた。
元々食の細いこの男、ここ三日間というもの野生の香りたっぷりの食材に繊細な神経をさいなまれたせいで、朝食も昼食もほとんど摂る気になれはしない。
そのせいで一層スリムになったシャダは、忘れたくても脳裏から消えてくれないあの忌まわしい記憶を、爽やかな風にぬぐい去ってもらおうと、ふらふら庭園へとさまよい出てきたのである。
一夜目のアイシスのカエル、今から思うとあれがまだ一番ましだった。
二夜目はアクナディンのヘビとネズミのミックスセット。ファラオの御前だから何とか我慢したものの、そうでなければいくら意気地なしと罵られようともさっさとあの場から逃げ出して、マングースにかじられながら葦の茂みにでも隠れていただろう。
シャダのすべっこい頭には、料理の正体を披露されて一瞬は驚いてみせるものの、すぐにごく自然に皿に手を伸ばす貴人たちの姿が甦っていた。
「ヘビもカエルに劣らず淡泊じゃが、小骨が多いのがちと難点だの、歯にはさまって鬱陶しい」
「ならナツメヤシ酒漬けをどうぞ。酒を飲んだ後は身のほうもいけますのでな」
「あたくしは辞退させて頂きますわ!ウロコが白くふやけていてなんだか気味が悪いもの」
「でもアイシス、ヘビのエキスは美容にもいいとバビロニア人が言っていましたよ」
「あらそうなの?・・・なら遠慮なく頂こうかしら。そう・・・もっとなみなみと注いでちょうだい!」
「ヘビのエキスはスタミナもつくそうじゃよ」
「今夜はビンビンで困りますな!ワハハハハ」
「ならわたしももう一杯頂こうかな」
「カリム、あなたにはそれ以上必要ないじゃないですか!ハハハハ!」
「そう言われれば確かにそうだな!ワハハハハ!」
「ネズミの天ぷらはどうかな?うーむ、やはり小さな獣から採れる肉はほんのわずかなものだな」
「今ひとつ肉がしわいですな。それにけっこう生臭い」
「ただ、これもどこででも手に入る食材、という意味では価値があるかもしれませんね」
「確かに。今日の分もカルナックの文書庫におったやつだけで十分だったからの」
「まったくネズミ退治も兼ねた有益な晩餐会じゃの。ワハハハハ!」
「しかしじゃな、ネズミでは心臓にガツンとまでは来んかものう」
「ヒッタイトでは不潔なネズミが常食かもしれませんしな」
「農地の少ない土地柄ですしそれはあるかもしれませんね」
「たまにならいいが、これがいつもとなるとやりきれんわ」
「我が国では考えられないことですね!」
「まったくナイルさまさまじゃ!」
「ああエジプト人でよかった!」
「ワハハハハハハ!」「ハハハハハハ!」
「オホホホホホ!」
豪華な大広間にさざめき渡る華やかな笑い声。
貴人たちが和気あいあいとロータス杯でコブラ酒を酌み交わす、なんて素敵な晩餐会!
だが、隅の方に目立たぬように息を殺して座したシャダは、小さな肉片から長い尻尾が垂れ下がっているのを発見して、喉がカラカラになるのを感じていた。
カエルもネズミやヘビも、剛胆いや悪食な彼らにとっては、鴨やスズキとさして変わらないものなのだろうか?
加えて昨夜シモンが準備したデルタ産の鴨の卵ときたら!あれはまったく最悪だった・・・
突飛な事をなさっては人をびっくりさせるのがお好きなシモン様にしては、卵だなんてこれまた無難なものを!
僕は嬉しいけれどもこれのどこがゲテモノなんだろう?さしもの老師もお年のせいで・・・
といぶかしげに卵を一つ手に取ったシャダ。
だが殻を割るとその中からは、しっとり湿った孵化寸前の鴨のヒナが青黒いまぶたを固く閉じ、苦悶の表情を浮かべてうずくまっているとあっては・・・
おお嫌だ!もう思い出したくない!
急激なめまいに襲われたシャダは、高価なロイヤルリネンの衣が汚れるのもすっかり忘れて、大きなアカシアの樹の下に崩れ込むように腰をおろした。
「あれぇ?おかしいなぁ。さっきまでここにいたんだぜ!」
「ほんっとにだめだなぁ、ちょっと手をどけてみろよ!ほら、その石の下!」
その時、金環輝くシャダの耳に入ったのは少年たちの騒々しいソプラノ・・・アテム王子と乳兄弟のセトの声である。
ならば王子たちのお目付役も一緒に庭園に出てきているはず。
気力を奮い立たせたシャダはふらつく足を踏ん張って衣の砂を払うと、夏の花々が首を傾げる小道をゆっくりと歩いてくる長身の男に声をかけた。
「やぁ、マハード。今日の授業は屋外かい?」
「ええ」顔の回りをぶんぶん飛び回る蜂をうるさそうにはらいのけながらマハードは言った。
「暑くなる前に生物の授業を済ませようと思いまして」
「ふーん、そうなんだ。今どのあたりをお教えしてるんだ?」
「『にわのいきものをかんさつしてみよう』の章です」
深くうなずいたシャダは、恐る恐る切り出してみた。
「ところで・・・ねぇマハード」「なんですかシャダ」
「今夜の晩餐会はたしか、君の番だったよね」
「その通りです」と魔術師は自信たっぷりに胸を張った。「いま鋭意準備中です」
べつに張り切ってもらわなくてもいいんだけどね、と心の中で呟きながらシャダは問うた。
「で、いったい何を出すつもりなんだい?」
方鉛鉱で魔除けの化粧がされた細面に妖しげな微笑みが浮かぶ。
「ふっ・・・うふふふっ・・・そこは今夜のお楽しみということで」
マハードは少し離れた花壇の前にしゃがみこんでいる少年たちへと歩み寄ると、手にした細い棒で一心不乱に地面をつつき回している小さな背中に声をかけた。
「王子、セト!首尾はどうですか?」
そのとたん、大きな瞳を輝かせた王子ははじかれたように立ちあがった。
「おうっ!いっぱいとれたぜ!」
まだ幼い王子はつま先だちになると、自分よりはるかに背の高い家臣になにかを見せている。
「うーん、これはとても珍しいものですよ」とさも驚いた風にマハード。
抜けるように青いアスワンの空に似た瞳の少年も、王子を押しのけると負けじとばかりにマハードの鼻先にパピルスの箱を突き出した。
「僕のも見て!色もかたちもすごくいろいろ集めたよ!」
セトが得意そうにかかげた箱を覗きこんで、マハードはにっこりした。
「ほほぉ、すごいな!こんなのはわたしも初めて見るよ。よく見つけたね、セト」
魔術師のお兄さんに誉められたセトは、さも誇らしげに小鼻を膨らませて王子を振り返った。
王子はプッと頬を膨らませると、不服そうに箱の中のものを指先でつついている。
マハードは優しく微笑むと少年たちをうながした。
「二人ともすごいですよ!思った以上の収穫でびっくりしました。さあ、お部屋に戻って図鑑で調べてみましょうね・・・それではシャダ。またのちほどお会いしましょう」
「じゃあな!シャダ!」
「またね!シャダ!」
「明日は外国語の授業ですよ!アッカド語の宿題もきちんとやっておいてくださいね!」
シャダはそう言いながら王家の少年たちとマハードに軽く会釈した。
「うちのお庭がジャングルでぇー」
「仔犬のウセルがライオンだぁー」
「そーぉだったらいいのにな そーぉだったらいいのにな」
王子とセトは子供たちの間で流行っている歌を大声で歌いながら、パピルスのかごを揺らして王宮へと行進していった。
「ガッコにヤギの大群がぁー」
「パピルスぜんぶ食べちゃったー」
「そーぉだったらいいのになー そーぉだったらいいのになー」
だが、庭園の花々といっしょに三人の後ろ姿を見送るシャダの胸は、なんとも言いしれぬ不安に満たされていたのだ。
なぜなら少年たちが手にしたパピルスの箱からは、カサカサ、カサカサ・・・となんとも神経にさわる音が聞こえていたからである。
不吉な予感は的中した。
給仕娘が捧げ持った青いファイアンスの大皿に盛られたものを見た瞬間に、シャダは荷物をまとめて早舟に飛び乗り、メンフィスの実家に逃げ帰りたくなった。
「ほほぉ、これはまた意外な・・・」とアクナディンが息を呑んだ。
「確かに意外だと言えば意外ではあるが・・・このようなものははたして・・・食せるものなのか?」アクナムカノン王の眉間にもさも嫌そうな皺が寄っている。
だが、その様子を見て取ったマハードは、王の前にひざまずくとうやうやしく言った。
「ファラオよ、まことにおそれながら申し上げますが、これらはアテム王子がセトと共に今宵の晩餐会のため、そして何よりもファラオの御為にと背中を焼く暑さにも負けず集められたものにございます」
そのとたん、エジプト一高貴な兄弟ほぼ同時に頬をゆるませた。
「おお!王子の収穫とな?・・・それは是非とも食せばならぬな・・・うむ・・・うむ・・・うーむ!見た目からは想像できぬほど美味ではないか!」
「こらマハード!それを早く言わんか。おお、セトが暑い中これを?それはそれは・・・うむ!セトの真心が詰まっておるわい」
アクナムカノンとアクナディンは競争のように皿に手を伸ばす。
「ふむ。確かに見た目は気味悪いが、こちらはバターのようにまったりとしておる。思ったよりもいけるのぉ」とシモンも納得したように何度もうなずいた。
ついさっきまでピンクのハンカチでさも嫌そうに口を押さえていたアイシスは、ナッツに似た小片をおそるおそる指先でつまんで口に運んだとたんに、コールでふちどられた目をぱっちりと見開いた。
「あら、ホントにそうですわね。イチジクのピュレにとっても合ってるわ。うーん、まったりとしてそれでいてくどすぎないこの芳醇な味わい・・・このハーモニーは意外にいいわよ、マハード」
ゲテモノ料理も四夜目ともなると神経が麻痺してくるのだろうか。
列席した貴人たちは喜々として皿に手を伸ばしては、口々にマハード提供のゲテモノを褒めそやした。そう、ただ一人・・・魔法の螺旋が踊る綺麗な額に冷や汗をかいている青年以外は。
客たちのまこと喜ばしい反応を見て、マハードも満足げである。
彼は上機嫌で酒杯を手に取り、シリア産の赤ワインを一気に干すと言った。
「喜んで頂けて光栄です。これこそどこででも取れるものですから、カエルやネズミに加えて王墓警備隊の非常食に使ってみようかと。さぁ、あなたも遠慮せずにお一つどうぞ、シャダ!」
シャダはふところから取り出した仔犬の刺繍のあるハンカチで額の汗をぬぐうと、助けを求めるように一つむこう隣に座したカリムをちらりと見やった。
だが、すがりつくような恋人の視線にてんで気付かぬ大きな男は、無言のまま顔色ひとつ変えず皿のものを次々と口に放りこむばかり。
・・・万事休す!もう逃げようがない!
シャダは心の中で悲鳴を上げた。
兎にも角にもファラオの手前、とりあえずなにか一つでも食べてみせなくては。
腹をくくったシャダは、一番精神的ダメージが少なそうな品を選ぶべく身を乗り出した。
そのとたん、テーベ屈指の美男子のお目に留まろうと、給仕娘たちがはだけた胸元を強調させながら争うように皿を差し出してくる。
手前の皿ではこんがりキツネ色にフライされたすべすべした平たいものが、6本の足を天に向かって突っ張らせて死後硬直中である。
乳色でぷっくり太った物体がくるりと体を丸めてイチジクのピュレの中で溺死している横では、薄いパンの間から溢れだしている漆黒のつぶつぶ。
それはなにかの種に似てはいるが、確実に種以外の何者かである。
その隣の皿では黄色と黒のお尻をてかてと光らせたやつがきゅっとウエストをくびれさせ、仲間の作ったであろう蜂蜜のプールにぷかぷかと浮かんでいる。
おお!いかなる自然の作りしや、汝のゆゆしき絢爛を!
貴人たちの視線を一心に浴びたシャダは、アーモンド型の目をおびえた猫のようにきょときょと動かしながら、よりどりみどりの皿を絶望的に見比べてごくりと唾を呑み込んだ。
パンにはさんだやつならなんとか食感をごまかせるかもしれない。
シャダは心を決めると、夜空に星を散りばめたラピスラズリで飾られた指先を差し出す。そして黒ゴマ状のものがどっさり挟まって隅からこぼれ出しているサンドイッチをつまむと、震える唇にそれを運んだ。
・・・そのとたん、口一杯に広がる香ばしいイーストの香り。
だが、それはすぐに苦いような酸っぱいようななんとも形容しがたい恐るべき味に取って代わられて、シャダは失神しそうになった。 く、口がっ・・・!口がジャリジャリしてこのまま死んでしまいたくなるほど気持ち悪い!
「どう?美味しいでしょ?」とアイシス。
美味いわけあるはずないだろ!
「・・・うん・・・まぁ・・・食感はちょっといただけないけどね」
「イモムシのバター炒めもいけますよ」とマハード。
それだけはかんべんしてくれっ!
「・・・あ、あぁ・・・それではひとつ・・・
ふーん、濃厚でちょっと変わった味だね」
「セトが採ったムカデの塩ゆでも食うてみんか」とアクナディン。
僕は足が多いものを見るとめまいがしてくるんだ!
「・・・ほぉ、ゆでると丸まるものだとは知りませんでした。一つ賢くなりましたよ。ははっ・・・ははっ・・ははははっ・・・」
若い法官は余命いくばくもない病人のような弱々しい笑顔を浮かべると、勧められるままに次々と皿に手を伸ばした。
頭の中は真っ白でもうなにも考えられない。けれど手だけが勝手に動いて醜悪なものをひょい、ひょいとつまみ上げてはどんどん口へと運んでいる。
悪霊にでも体を乗っ取られて、自分の意志には関係なくそいつが勝手に虫を食べてるみたいだとシャダは思った。
虫が好きだなんてえらく悪食な悪霊だな・・・そんなお手軽なもので喜ぶなんてうちの犬にも見習ってもらいたいものだ・・・だいたいうちのリイリイときたら・・・あ、そういえば犬係のフイにリイリイの爪を切るように言っておかなきゃな・・・
頭をぐらぐらさせながら薄れ行く意識の隅で、そんなどうでもいいことを考えていたシャダ。
そしてはっと我に返ったとき、今宵の料理を一番たくさん食べていたのはほかならぬ己自身であった。
その晩、シャダは高い熱を出してうなされた。
夢の中では色とりどりの虫たちが仲良く手を取り合って、哀れなシャダの回りをぐるぐる、ぐるぐる・・・さも楽しげにいつ終わるともしれぬダンスを続けていた。
「おい、シャダ。具合はどうだ?」
枕元に座ったカリムに優しく頬をなでさすられて、やっと熱が下がったシャダはアメジスト色の瞳をうっすら開いた。
「・・・あ・・・カリムだ・・・」
「カリムだ、じゃないだろ!」大きな男は安堵の溜息を漏らした。
「お前、晩餐会の夜からずっと寝っぱなしだったから、ついにバーに見捨てられちまったんじゃないかと思って心配したぞ」
「・・・そ、そうなのか・・・」
「どうだ?調子は。もう起きられるか?」
「・・・うん。大丈夫だと思う・・・」
カリムの切れ長の目に見つめられるのがなぜか照れくさくて、シャダは視線を逸らした。
「で、どうするつもりだ?」とカリムは問うた。
「・・・ど、どうするって、なにを?」と弱々しく問い返すシャダ。三日間蜂蜜を溶かした水以外口にできなかったせいで、優雅きわまりない曲線を描いていた頬は、飢えた虜囚のようにげっそりとこけて痛々しい。
「晩餐会、明日はお前の番だぞ?」
「え?明日!?」
シャダは驚いて飛び起きたが、とたんにくらくらとめまいに襲われて再びベッドに倒れ込む。
「そうだ。明日だ。忘れてたのか?これでも日程が延びてるんだぞ」とマラカイト色の瞳が曇った。
「まぁ三日間寝込んでたからな・・・お前が寝込んでるものだから二日は延期したんだが、昨夜は仕方なくお前抜きで催したんだよ」とカリムは真面目きわまりない顔で言った。
だが、顔は真面目なものの精力旺盛な彼のこと。
三日間もおあずけを食らってはすでに我慢の限界なのだろう。気の早い右手はすでにシャダの下半身に伸びてきている。
そう、そうだった。すっかり忘れていた!・・・
というよりも無意識のうちに記憶の外に追い出していた。
シャダは熱い手の平に体中をさわさわと撫で回されながら 壁のローゼット模様に視線をさまよわせた。
カエル、ヘビ、ネズミ、孵化する前の鴨に種々雑多な虫っけら・・・思い当たるゲテモノはもうすでに出そろっているから、なにか別の食材を探さなきゃならない。
けれどもゲテモノなんて一生お付き合する予定のなかったこの偏食の青年の頭に、すんなりとゲテモノが浮かぶはずなどなかろうというもの。
思いつくことといえば、かつてウナス王の時代にこの国が大飢饉に襲われて人が人をむさぼり食っただとか、遠い西の彼方に住む蛮族は、机に縛りつけた猿の頭の皮をはいで、生きたままその脳味噌をすするとかいうような・・・想像するだけで背筋がうすら寒くなる話ばかり。
考えれば考えるほどろくでもない案しか出てこなくて、シャダの頭は割れんばかりにずきずきしてきた。
「ワンッ!ウーッワンッワンッ!」
「ヒョホホホ〜!ヒョホホホホ〜〜〜!」
その時窓の外から聞こえてきたのは、ハイエナと愛犬のサルーキが激しく威嚇し合う騒々しい鳴き声。
ハイエナ、ハイエナ・・・
そうだ!そういえば千年ほど前には食用に供するためにハイエナを肥育していたと聞いたことがある。そしてこの庭では、以前ホルエムヘブ師団長が最愛のシャダの誕生日の晩餐用に、といらぬ気を回して贈ってくれたハイエナが飼われているのだ。
千年前ならいざ知らず、今ではハイエナなんて誰も食べたことがないだろう。ならば明日はハイエナ料理を供すのはどうだろうか?!
だが、はじめのうちは鼻にしわを寄せてグルグル唸ってばかりだったのに、最近では自分が庭に姿を見せると、さも嬉しそうに飛び跳ねてはしゃぎまわるハイエナのゴンベエ。手から餌をやると白い牙をのぞかせながら精一杯のお愛想をしてみせる。
最初のうちは飼うつもりなんてなかったから「名無しのゴンベエ」と呼ばれていたのがいつの間にやら愛称になってしまったあのみっともない生き物の、眉が下がっていつも困っているような顔を思い出したとたん、シャダの胸はきりきりと痛んだ。
あれをつぶして食べようと思うなんて・・・僕はなんて酷い男なんだろう!けれども上下エジプトの威信をかけた晩餐会のためとあらば、背に腹は替えられぬ。
どうしていいか分からなくて泣きたくなってきたシャダは、寝台のへりに腰をかけたまま自分の体を優しく撫でさすっている男に問うてみた。
「ねぇカリム」
「なんだ?もう突っ込んで欲しいのか?いつもながらえらくせっかちだな」
「うっ・・・悪い冗談はよしてくれ。僕は病み上がりなんだよ!そうじゃなくってお前、昨日の晩餐会になにを出したんだい?」
「なにって・・・とても珍しいものだ・・・」
白い腰布の中心部を背筋が寒くなるほど盛り上がらせたカリムは、その急角度とは裏腹にしごく神妙な顔つきで答えた。
「ハイエナだよ。南から超特急で肉を運ばせたんだ。まぁじっさい肉が固いし臭くて不評だったがね」
・・・よかった!
シャダは心の中で叫んだ。カリムのお陰でゴンベエをつぶさずに済んだ!
何か別の食材を探さねばならなくなったものの、これで愛ハイエナの命は救われた。
シャダは深い安堵のため息をひとつつくと、せめてもお礼にとばかりに、病み上がりの体をせっかちな恋人の欲するままに与えたのであった。
<3へ続く>
|