A DAY IN THE LIFE



今日の演習はハードだった。
ウォートランに派遣されて間もない新参者ー極東の島国からやってきた小柄な兵士たちを甘く見たのが大きな間違い。
辛くも勝利はおさめたものの、ひよっこどもにかつてないほど翻弄された教官チームの将は、最前線を遠く離れた今、「いかなる敵も軽んずるなかれ」という戦闘の鉄則を忘れがちだった己の姿勢を反省しつつ、ナイフやフォークが騒々しい音を立てる食堂でパサパサのステーキを咀嚼していた。

「ハイ!ロメオ、ここいいかしら?」
その時自分の名を呼んだ張りのある女の声に、付け合わせのポテトサラダからグリーンピースを慎重に選り分けていた手が止まる。
クーパーは目を上げて声の主を認めるやにっこり微笑んだ。
「やあターナー、久しぶり。どうぞ、空いてるよ」

金髪碧眼の女軍曹はダイエット中なのだろうか、コーヒーカップ以外にはサラダボウルしか見あたらないトレイを置くと、パイプ椅子に腰を下ろしながら真夏のヒマワリよりも生気にあふれた笑顔を見せた。
「で、どう、調子は?......色々と」

「色々と」の部分をさも意味ありげに長く引き延ばされて、クーパーはちょっと声を低くする。
「ああ、仕事っていう意味では調子は上々。ジエータイのチームが予想以上に面白くてね、結構いい感じなんだ。奴ら体は小さいのに相当根性あって凄いよ。ただ、キミが言ってるのがあっちのことなら、うん......まぁ......色々あるとしか言いようがないな」

その答えに、マリンブルーの瞳は我が意を得たりとばかりに輝いた。
「そりゃそうね。一筋縄でいくはずないもんね。いつもオデッサと言ってるのよ、アナタがまだ撃ち殺されてないのは奇跡だよねって」
「いやまぁ、正直なとこマジ殺されるかと思ったことは一度や二度じゃないけど......」と大げさに肩をすくめるクーパー。「人間嫌いのドーベルマンと付き合うには、それなりの覚悟はできてるさ」

その答えに、ほっとしたような笑みを浮かべた美女は、テーブルに両肘をついて身を乗り出した。
「ねえ、それはそうとちょっとしたお願いがあるの」
「は?お願い?どんな?」
「明日の夜、付き合ってもらえないかしら」

「付き合ってくれって?そいつは大歓迎」と女殺しの甘い微笑みを浮かべる色男。「ふふっ、ミス・ターナーも遅ればせながら俺の魅力に気付いたみたいだな」
だが、そんな軽口は聞き飽きたとばかりに女軍曹に軽くいなされる。
「馬鹿ね!やめてよそんなオヤジ臭いジョーク。アナタ、気付かない内に移っちゃったんじゃないの?32才のオヤジのノリが」

オヤジオヤジって言うけどさ、年から言えば俺よりキミの方がずっとあっちに近いんだぜ。
内心そうは思ったものの、繊細な女心は刺激するだけ損というもの。賢明な青年は喉元まで上がってきた危険な台詞を、グッと押さえながら言った。

「いや、まぁ冗談は抜きにして......一体どこに付き合えってえの?」
「シャングリラホテルのシーフードレストラン」
「ゲッ!やめてくれよあんなクソ高い店!」思わず素っ頓狂な声が上がる。「そんなのオデッサ姫と二人で行きゃあいいじゃないか!」

だが、相手の決意は固いと見えて、一歩も引く気配はない。
「私たちだってあんなセレブっぽい店、記念日でもない限り行かないわよ」
そう言いながらターナーはポケットから一枚の紙切れを取り出すと、目の前でひらひらさせてみせる。
「それがね、テリー曹長からなんと50%オフのチケットをもらったの。ボーナスも出たことだし、たまにはゴージャスにやりたいんだけど、それがまたケチ臭い話でさ。四名様以上じゃないと使えないのよ、このチケット!」

クーパーは深いため息をついた。女ってやつはどうしてこうも割引チケットが好きなんだろう!
「『四名様以上』って、チェッ、俺は補填要員かよ......まぁそれはいいけど、キミとオデッサと俺と、あと一人は誰が行くっての?ブッチョ?キャサリン?いや、ひょっとして曹長だったりして」
「いいえ」
ターナーは首を横に振ると、大輪の花が咲くような微笑みを見せた。
「アナタが一番好きな人を連れてきて」

その言葉に椅子からずり落ちそうになったクーパーは、うわずった声で口ごもった。
「はぁあ?ど、どういうこと?......ええっ?ミッヒだって?......ミッヒを誘えっての?......いや、せっかくのお誘いは嬉しいんだけど、それだけはぜったい無理だと思う。ヤツは死んでもそんな澄ました店で、生ガキなんぞ食うタイプじゃない!」

とは言ってはみたが、ターナーとオデッサには数え切れないほどの借りがある。
それに、はた目に見ると美女二人を伴ったWデートにしか見えないのも、自分といる場が人目にさらされるのをやたらと嫌がる男を引っ張り出すには、都合がいいかもしれない。

本国ではハイソサエティーの女たちに招かれて、敷居の高いレストランをいろいろと見てきたが、アメリカに来てからというもの、外食といえばせいぜいハイウェイ添いの安食堂や、油っぽいメニューずくめのチェーン店。ホテルの洒落たレストランなんぞとんとご無沙汰である。

そうだなあ、とクーパーはあれこれ想像を巡らせた。
久々に雰囲気のいい店で夜景でも見ながら、金色に泡立つシャンパングラスを掲げてあいつと乾杯するのも素敵だよね。上手くいけば二人の距離もグッと縮まるかもしれないし。
そんなムードたっぷりの夢と希望で、今や若造の心ははち切れんばかり。

あの気むずかし屋をNDFの薄暗い檻から引きずり出して、光あふれるステージに立たせるためには多大な困難が伴うはず。だが、「シャンパンで乾杯」に至るまでのどろんこ道には、すでに頭が回らない。

今や完璧に現実を見失ったクーパーは、スカイブルーの瞳を上げてじっとターナーを見つめると、浮き浮きする気持ちを悟られぬよう、軍のお偉いさんから無理難題をふっかけられた下っ端よろしく、眉間にしわを寄せて答えたのだった。

「しよーがないなぁ。分かった、何とか頑張ってみる。じゃあ明日の午後6時にシャングリラの『ノードシーノ』で。え?ちょっとはお洒落させて来い?オッケー。彼がどんだけ暴れようとも、めかし込ませて引っ張って行くよ」





「シャングリラ?何だそりゃ。は?ホテル?んなもん聞いたこともねえわ」

ここはNDF内のクーパーの部屋。おそるおそる話を切りだした若造に、ハーネマンは取りつく島もない調子で吐き捨てた。
「はぁあ?そこのレストランがどうした。34階の夜景?チッ、冗談言うな。なんでわざわざそんな高いとこ昇ってメシ食わなきゃなんねーんだ」

ホテルの高層階にある夜景が売りの高級レストランというだけで、アレルギー反応を起こされるのはある程度予想していた。
だが、「シーフードぉ?甲殻類や貝類ってやつだろ?悪ぃけどパス。ゲテモノは苦手なんだよ」
この反応は少々意外だった。

シーフードをゲテモノ呼ばわりする感覚もいざ知らず、ハーネマンもサバイバル訓練で、カレー粉で味を誤魔化した本物のゲテモノ......ヘビやカエルを食べるのには馴れているはず。
国は違えど同じ精鋭部隊出身として、彼も自分と同様、生のイモムシでもためらいなく食べる図太いタイプだと思いこんだのが、そもそもの間違いだったようだ。

レアな食材や手のかかった高価な料理をちっとも有り難がらない、という意味ではハーネマンは全くグルメではない。
だが、えり好みが許される環境下にある限り、食べたくないものは徹底的に排除するこんな偏食な人間は、逆の意味でグルメと呼べるのかもしれない......
その意固地さに、クーパーはある種の尊敬の念すら抱いてしまう。

とは言うものの、ターナーに胸を張って約束した手前、感心ばかりもしていられない。
つけっぱなしにしたテレビから流れるコメディ映画を見るでもなく、真っ赤なイームズのソファーに仰向けに横たわったまま、嬉しそうにナイフをいじり回している男に向かって、クーパーは膝を折らんばかりの勢いで懇願した。

「頼むミッヒ!俺の言うことも聞いてくれよ」
「やだね」
「なあ......なあ!別にいいじゃん、たまにはゴージャスなとこも」
「お断りだね。そんな店、息が詰まる。そんなに行きたいんなら、そこらで引っかけた女でも連れて行け」
「ははん!ご冗談を!ナンパなんかもう卒業したんだ......あ、こういうのはどう?アンタの誕生日の10ヶ月先取りってことで、俺がご馳走するってのは」
「アホ、なにが10ヶ月先取りだ。ゼニカネの問題じゃねーんだよ。とにかく俺はなぁ、スカした店とナマモノは嫌なんだ」

「ナマモノばっかりじゃないぜ。パエリアとかピッツア、あっそうだ、モロッコ風のクスクスもあるみたいだし」
クーパーはなおも必死で食い下がる。
「でもどうせイカタコ入りのクスクスだろ?」
「グッ......とにかくターナーとオデッサが、お願いだからアンタにも来て欲しいって。張り切ってドレス選ぶとか言って、やたらと楽しみにしてたみたいだぜ。あーあ、来ないだなんて言おうものなら、すっげえガッカリするだろうなぁ!」
その途端、愛しげにナイフを撫でていた、蜘蛛を思わせる指の動きが止まったのをクーパーは見逃さなかった。

幼い頃からがっかりさせられることが多かったからだろうか。人を落胆させることを回避しようとする時、ハーネマンが驚くほど繊細になることをクーパーは知っている。
そんな彼の弱みを突くのはちょっと胸が痛んだが、背に腹は替えられない。それに、何といっても気心が知れた女たちも一緒となると、いったん連れ出してしまいさえすればきっとこいつも楽しめるはず。

そう自分に言い聞かせたクーパーは、とどめとばかりに取っておきの手札を繰り出した。
「あ、あとこれは機甲科の話なんだけど......まぁ来週末あたりにはそっちにも報告が入るだろうけどさ、セルバの後継機がやっと実用段階でね、月曜日にテスト操行をやるんだぜ」

その言葉に、ナイフを右手に持ち替えてゆっくりと身を起こしたハーネマンは、低いしゃがれ声で唸った。
「分かった。そのネタについては又ゆっくりと聞かせてもらうことにして......」
そして、現代舞踏の主席ダンサー顔負けの優雅な動作でナイフを投げると、びっくり顔の若造を翡翠色の瞳で睨め付けた。
「明日はカレー粉と胃薬と止寫薬を用意して、適当な時間に俺んとこ迎えに来やがれ!」

クーパーの背後に貼られたポスターの中で、にっこり微笑むプレイメイトの巨大な胸の谷間では、ぐっさりと刺さった銀色のナイフが鈍く光っていた。



<TO BE CONTINUED>