さて、こちらはこざっぱりと整えられたターナーの部屋。
ギンガムチェックのカーテンに、シーツはパステルピンクのローズ柄。
デスクの上にはニンジンを抱えたウサギ型のペン立て、本棚にはミッフィーとバーバパパのぬいぐるみ......と、雄々しいキャラクターからは想像もつかないほどの少女趣味である。
一方、このファンシーな監獄に拉致されたスキンヘッド男はといえば、美しい獄守の監視付きで、レモン色のテディベアに支えられた鏡台の前、憂鬱きわまりない顔で座っていた。
「なぁ......お二方」
しばらくの沈黙の後、うんざり顔のハーネマンは重々しく口を開いた。
「根本的なところについてちょっとした質問の許可を頂けるかな?」
「ええどうぞ、何なりと」と明るく答えるターナー。
「あのな、プレゼントってのはそんなにむつかしいもんなのか?」
「どういう意味よ」
「なんつーかこう、この答えは俺が想像したものとはかなり違うんだが」
「違うってなにが?」
「俺はな......バースデーにはこの店のアレがいいとかこれを買って来いとかの、5分で済むようなシンプルな助言を期待してただけなんだけどな......だのに......」
ハーネマンは、非戦闘員ならばその場で凍り付いてしまいそうな獰猛な目で女たちを睨みつけた。
「......なんで俺自身がこんなとこでのんびり座らされてんだよっ!」
「チッチッ!」
だが、珍しく浮き浮きした様子のオデッサは、怒れる男にたじろぎもしない。クールな笑みを浮かべるや、ピンと立てた人差し指を左右に揺らした。
「ハーネマン貴方、ドイツ魂を忘れたの?売ってるものよりハンドメイドが千倍勝るに決まってるじゃないの」
「そうよそうよ」とターナーも相づちを打つ。
「あんなモテ男クンは、お金で手に入るものになんか飽き飽きしてるわ。そういう人は何よりハンドメイドを喜ぶものよ」
「......ハ、ハンドメイドってなんだよそりゃ......一体何させる気だ?」
「つべこべ言わずに任せてて。ハイセンスな私たちの手にかかればあら不思議、万事うまく行くから心配無用」
自信たっぷりに宣言したターナーとオデッサは、恐怖に引きつる蒼白の顔にアバンギャルドなペインティングを開始した。
「ちょっとじっとしててね......あらま、見てよオデッサ!男のくせしてお肌のキメの細かいこと!」
「ハーネマンが美肌だなんて、無用の長物もいいところ」
「言える。ねえ、なんだか腹立ってこない?」
「ええ、まったくね」
「私なんか150ドルのデ・ラメールで必死にお手入れして、演習中はSPF70の日焼け止め塗っててもシミが出てきちゃってショックなのにさ......」
と溜息まじりのターナー。
「夜間や悪天候下の演習ばかりで日に当たらないからよ、この人」
「テリー曹長のアシはいつも炎天下だもんね」
「ナオミもミサイルと橋演習くらいは、誰かに交代してもらえばいいじゃない」
「そうは言うけど現実的にはむつかしいんだなあ、これが」
鼻歌交じりのお喋りを続けながら、女たちは白い肌に化粧下地を塗り込むや、準備万端整えられたキャンバスへ装飾をほどこしていく。
「ファンデーションはどうする?」
「これだけ白ければ要らないわ」
「でもちょっとは血色がよく見えるように、ピンクのフェイスパウダーでものせとこうか」
「ついでにチークも入れちゃいましょうよ」 「ちょっと赤すぎない?」「大丈夫よ」
「眉は?無いところに描くのもマヌケかな、顔にマジックで落書きされた犬みたいで」
「でも、目つきの悪さを和らげてくれるかもしれない」
「それもそうね、じゃ、えと......グレーのアイブロウを......」
よりによってこの二人にアドバイスを求めたことを、激しく後悔し始めたのだろう。
俎上の鯉と化し顔中をいじり回されていたハーネマンから、たまりかねて不安げな声が上がる。
「......お、おいおい......何やってんだよ......大丈夫か?」
だが、「貴方は黙ってる!」「私たちに任せてればいいのよ!」と口を揃えてぴしゃりと叱られては、すごすご引き下がるしかない。
「で、アイシャドウは?グリーン?ブルー?それともパープル?」
「この目の下のクマだし......ここにアイメイクしたらクドくないかしら」
「別にいいんじゃない?なんたってバースデーなんだし」
「それもそうね、じゃあアイラインもおまけしよう。バースデーだしね」
「なら、ここはグイッと古代エジプト風に!」
「了解。ノーズシャドウはどうしよう」
「ついでに引いとけば?バースデーだから」
「口紅は?バースデー向けにはじけとく?」
「もちろん!ここはやっぱパッションの深紅で決まりっしょ!」
やがてメイキャッパー悪戦苦闘の末、鏡の中に出現したもの、それは......
なんだかなあ、これとおんなじものをどっかで見たような気がするんだが......
ハーネマンは薄れゆく意識の中、記憶の彼方にうっそうと茂る森で必死に手探りしていた。
......あそこで一緒に飲んでたのは確かロマンスとBJとアフメットで......ということは俺がまだハタチそこそこだった頃だ。あの時は悪酔いしたBJが頭からバケツの水をかぶせられて......
そう、思い出した。あれはカスバの飲み屋のステージでヒラヒラ踊ってたピンクのドレスの.....
記憶の中を漂っていた不定形の像がやがて形を結んだ時、夢から覚めたハーネマンは憤然と椅子を蹴って立ち上がると、声を裏返らせながらわめいていた
「クソッ!なんだよこりゃ?畜生!これじゃまるきりモロッコで羽根扇子振ってたオカマじゃねえか!クソッ!テメーら俺をオモチャにしやがって......畜生!ナメやがって殺す!今すぐぶっ殺すーーっ!」
一方、さしものターナーとオデッサも、メフィストフェレスを召還するはずが、うっかり古代オリエントの邪神を呼び出してしまった魔術師かくやといったおももちで、
予想を遙かに超えて背徳的な姿を現した創造物を前に唖然としたまま。
だが、さすが年若くしてスタッフ・サージャントに昇進しただけのことはある。
すぐさま気を取り直したターナーが、悲惨きわまりないニュースの次に、NY株価急上昇を報道するCNNキャスターのごとき切り替えの速さで口を開いた。
目を血走らせ拳をわななかせる強面男を前に、花のかんばせでにっこり微笑んだターナーは、しごく平然とした様子で言い放ったのだ。
「まぁ!びっくりしちゃったわミッヒ、アナタ思ったよりずっと化粧映えするタイプだったのね!」
えっ?......化粧映え?
表情を強ばらせて仁王立ちしたままのハーネマンの、勢いが急に弱まった。
化粧映えって......意味がさっぱり分かんねえ。この化粧はアリってことなのか?女の世界では。
同時に、真っ赤な口紅を塗りたくったまま、うら若き女性に怒鳴り散らしたのがさすがに恥ずかしくなったのだろうか。ドスンと椅子に腰を下ろすと、「......け、化粧映えって言うのか?これ」とうなった。
だがそこへ柄にもなくお世辞を言おうとしたオデッサ、ターナーがせっかく埋め戻した墓穴を掘り返す。
「ええ......本当に似合う。ラスベガスのニューハーフショーでも立派にやって行けるわよ、お世辞抜きで」
と、途端に青筋が戻ってきたハーネマンのこめかみ。
「畜生!クソ女ども!テメーらやっぱり俺をコケにしたかっただけかよ!落とせ!撃ち殺されたくなかったらこのバケモノみてえな化粧を落とせ!すぐ!今すぐにだーっ!」
「......わ、分かったからそんなにキーキーわめかないで」
「まったく騒々しい人ね、すぐに準備するから5分お待ちなさい」
猛り狂う男をなだめすかした女性陣、素早く洗面所に撤退するや、ひそひそ声で相談を始めた。
「マズいわね」
ターナーは碧眼を曇らせた。「あれじゃまるきりハロウィン」
「予想を超えた不気味さだった......」
オデッサも細い顎に手をそえて、さも嫌なものを見てしまったという風に溜息をつく。
「どうしよう......ミッヒはギリギリ騙せても、あれにはさしもの雑食クーパーもドン引きだわ」
「塗りはアウトだったみたいね」
「ええ、やっぱりお化粧は全部落とした方がよさそう」
「あの人の場合、コスプレだけでも十分あるわよ、インパクト」
「コスプレ?コスプレかあ......ねえオデッサ」
「なに?ナオミ」
「ハロウィンで使ったあれ、まだ置いてる?」
「アレ......?ああそうか、あれね、あれならまだ見られるかもしれないわね」
そしてさらにその数十分後......
メイクを綺麗に落とされて、生来のマイセン磁器の白さとキメの肌を取り戻した男は、磨き上げられた鏡の中で瀕死のゾウのようにうめいていた。
「なあ、お嬢さんがた......俺は心底疲れちまって抵抗する気力はこれっぽちも残ってないんだが......一言だけ言わせてもらってもいいか?」
「もちろん、どうぞご遠慮なく」
「......俺は今、猛烈に後悔してる」
「あら?なにを?」
「そもそもアンタらみたいなサド女にアドバイスを求めたことをだよっ!!」
だが、ターナーとオデッサはハーネマンの、身もだえするほどの悔恨なんぞどこ吹く風。
「後悔してるのも今の内だけ。一時間後には私たちにキスの雨を降らせたいくらい感謝してるわよ」
「フッ......感謝してもキスは要らないけどね」
「ほら、廊下に誰もいない内に早く早く!」
「あ、そうだ。ちょっと待ってハーネマン」
「あのね、成り行き上とはいえアナタの秘密を聞いたからには、お返しと言っちゃなんだけど、私たちの機密情報も教えてあげる」
けげんそうに振り返った男に、クスクス笑いながらオデッサと顔を見合わせたターナーは、とび色の大きな瞳を悪戯っぽく輝かせて一言。
「実は私たちも付き合ってまーす!」
「......ゲゲッ......」
「じゃ、行ってらっしゃーい!」「オペレーションの成功を祈る!」
トップモデルばりの美女たちは、凍り付く男を厚底の軍靴で荒っぽく蹴り出すと、満面の笑みで手を振ったのだった。
<TO
BE CONTINUED>
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