分かっていた、本当は。



 その日。
 いつもより早く、目が覚めてしまった。
 せっかくの、休日。いつもなら、ごろごろと昼過ぎまで
惰眠を貪っているはず。
 なのに。
 目が覚めてしまって。
 しかし、すぐに起き上がるでもなく、ただぼんやりと。

 見慣れたはずの天井を、ぼんやりと京一は眺めていた。



「奇遇だね」
 ぼんやりとしていたのは、暫くの間で。意を決して
ベッドから這い出て、手早く服を着て朝食を取るべく
階下へと降りたのだが。 
 ある程度予想していたとはいえ。家族の奇異の視線の中、
どうにも居心地が悪くなって、フラリと外に出た。
 そのまま。
 足の赴くまま歩いていたところに、ふと。
 背後から掛けられた声。
「・・・・・骨董屋か」
「本日は休業だけどね。君も・・・休みの日だというのに、
随分と早起きじゃないか」
 こいつまで、と。
 何となく面白く無くて、フイと逸らした視線。が。
 ふと、如月が手に持った包みに目が止まる。
「・・・ああ、これかい」
 それに気付いたように、軽くそれを持ち上げて。
「見舞いだよ・・・・・龍麻の、ね」
「・・・・・なッ・・見舞い、って・・・」
「ああ・・・やはり、知らなかったのか」
 途端に。慌てた様子の京一に、如月は小さく溜息を付くと
やや前方に立つマンションを眩しそうに仰いだ。
「この間から熱を出して、寝込んでいるよ。学校も休んで
いただろうに・・・・・気付かなかったとはね」
「・・・今は、自由登校で・・・・・休む奴も、そう珍しく
なかったし・・・・・それに」
「気まずいのだと。思っていたのかな」
「・・・・・ッ」
 驚いて、顔を上げれば。
 涼し気に笑む、その表情からは。感情を読み取ることは
難しくて。
「・・・・・お前には、・・・」
「龍麻から連絡があったわけじゃないよ、一応断っておく
けれどね。用があって電話したら・・・・・」
 具合が悪そうなのに気付いて。それから、毎日様子を見に
通っているのだという。
 淡々と説明する如月を。苦渋に満ちた、と表現しても
いいような顔で、見つめているのを。
 それが意味するものに、如月も気付いていたけれど。
「君も、見舞うかい」
「・・・・・俺、は」
 表情の中に。戸惑いと、不安と。
 様々な感情が、見え隠れしていて。
「君も・・・・・分かっているはずだよ」
「・・・・な・・・」
「僕からのプレゼントだ」
 何が、と聞き返す猶予を与えず。手に押し付けられた、
先程の包み。
「ッおい・・・これは、ひーちゃんの」
「頼んだよ」
 軽く手を上げ、そのまま踵を返そうとするのへ。
「待てよ、骨董・・・・・」
 それを追おうとして。背中越し、振り向いた、如月の。
 その、貌は。
「・・・・・離すな、絶対に」
 それは。
 京一にも、それが何であるのか。
 分かり過ぎるほどに。
「・・・・・おぅ・・・」

 立ち去る背を見送って。
 ゆっくりと振り返ると、そのまま。
 一歩一歩、確実に歩き出す。

 彼のいる、場所へと。



 何度も通い慣れた、部屋。
 それでも今日ばかりは、扉の前に立つだけで、妙に
喉が乾きを覚えて。
 緊張しているのだと、気付いて苦笑する。
 溜息をひとつ、つきながら。
 京一は、チャイムを鳴らした。
「開いてるよ、どうぞ」
 インターホン越し。すぐに中から反応があって。
 言われるまま扉を開け、慌ただしく靴を脱ぐと、龍麻が
いると思しきリビングへと足を向ける。
 そして。
 彼は、そこにいた。
「・・・・・ッきょ、うい・・・ち?」
 お茶でも煎れようとしていたのか、幾つかの缶を手に
どれにするか吟味中の様子で。
 近付く足音に顔を上げ、振り返った表情は。
 京一を捕らえると、呆気に取られたように固まってしまって。
「・・・・・起きてて、平気なのかよ」
 意にとめぬ、振りをして。
 大股で歩み寄ると、身を屈め。
「・・・・・もう、熱はあんま無いみてぇだな」
 額を、コツリと。
 触れあう、その一瞬。龍麻はピクリと肩を震わせた
けれども。
 でも、そのまま。
 逃げる素振りは、見せずに。
「・・・・・翡翠に、聞いたのか・・・?」
「ん? ああ、下で会ったぜ」
 これ押し付けて帰っちまったけどな、と手渡された
包みを差し出すと、
「・・・そう」
 受け取って、中身も見ずに傍らへと置くのを黙って
眺めていると。
「本、だよ。退屈だって言ったら、今度何か見繕って
持っていくって・・・・・」
「ひーちゃん」
 呼べば。
 ゆっくりと振仰いだ、顔。
 澄んだ瞳は、真直ぐに京一を映していて。
「知恵熱、だって」
 目が、離せなくて。
「色々、考え過ぎちゃったから・・・かな」
「・・・・・俺の、せいか」
 柔らかい笑みに、息苦しくなって。声を絞り出す
ようにして問えば、それを否定するように首を振って。
「考えて・・・同じところを、グルグル廻って・・・
疲れただけ。考えたって・・・しょうがないのにね」
 そっと。
 手が、京一の頬を掠めて、そのまま。
 フワリと、身体を預けられて。
「・・・・・ッひー、ちゃん・・・?」
 抱き締められていると、気付くと。心臓が止まりそうで。
 やっと発した声は、妙に掠れてしまっていて。
 フ、と。笑ったらしい龍麻の吐息が、耳朶をくすぐる。
「・・・・・京一に、だけ」
 耳元で。
「俺の、全部・・・・・あげても・・・良い・・・?」
「・・・・・ッで、も・・・・お前・・・・」
 囁かれた言葉は。
 俄には、信じられなくて。
「全部曝け出して・・・・・何かが変わったとしても
・・・それでも。俺が京一を好きだってコトは・・・
それだけは、変わらないから・・・」
 ギュッと。
 しがみついてくる腕は、少しだけ震えていたけれども。
 それでも。
「・・・・・俺を、貰って・・・・・?」
 もう。
 止められなくて。
「・・・・・サンキュ」
 気の利いた言葉は、返せなかったけれど。
 ただ、嬉しくて。
 愛しくて。

 その身体を、抱き締めた。




  
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