分かっていて、それでもやはり。




「晩御飯、食べていくだろう? 何か希望はあるかい」
 ぼんやりと。
 TVは付けていたけれど、多分映像も音すら、彼には
届いていないのだろう。ただ、視線だけをそちらに
向けて。
 何を考えているの。誰のことを、想っているの。
 聞かなくても、それは分かってしまうのだけれども。
「龍麻」
「・・・・・ッえ・・?」
「鍋物にでもしようか・・・蟹で良いかな」
 ようやく。突然声をかけられたかのように、驚いた
様子で振り向いて。
「・・・でも・・・」
「ひとりでは、なかなか作り辛くてね。君が付き合って
くれると嬉しいんだけど・・・」
 独り暮らしの身では、さすがに鍋料理を作ることは
稀で。湯豆腐程度なら、この季節、小鍋になら丁度
良い具合に用意することはあったけれど。
「どうかな」
 首を傾げながら、問うてみれば。
「・・・うん。じゃあ、ごちそうになろうかな」
 すぐに、笑顔で応えてくれるから。
 だから。
 僕は、それでも。
「・・・・・有難う」
「ううん、こちらこそ。えへへ・・・蟹、大好き」
 その笑顔が、僕だけのものではないと。
 分かっていても。
 分かっているから、こそ。

 僕は。



「うわー!! 活けのタラバ !!」
「馴染みの店に聞いてみたら、良いのが入ったからって
届けてくれたんだ・・・・・生でも食べられるよ」
 大皿に持った蟹をはじめとする新鮮な食材に、龍麻が
嬉しそうに瞳を輝かせる。
「美味しそう・・・ッいただきまーす」
 クツクツと煮え立つ鍋に、食べやすいように包丁を
入れた蟹の大きな脚を入れ、サッと色が変わる頃に
取り出して身をほぐす。
 ポン酢に軽くつけて口に入れると、独特の甘味が
口いっぱいに広がっていく。
「・・・・・美味しい・・・幸せ・・・・・」
 本当に幸せそうに、微笑うから。
 それを見ているだけで、僕も幸せな気持ちになる。
「たくさんあるから、どんどん食べて。後で雑炊も
作ろうか」
「うん!!」
 どうか。
 どうか、このまま。

 それは。
 叶わぬ願いだと。
 分かっている、けれど。



「おなかいっぱい・・・・・」
 雑炊もきれいに平らげて。
 すっかり満足した様子で壁にもたれかかっている
様子に、自然と笑みがこぼれる。
「イチゴもあるんだけど・・・もう入らないかな」
「イチゴは別腹ー」
「そう言うと思ったよ」
 肩を竦めてみせると、また楽しそうに笑う。
 ずっと。
 ずっとそれを、見ていたいと。
 そう、思って。
 そう思っていた、けれども。
「・・・・・聞いても良いのかな」
「・・・何?」
「君が、ここに・・・・・逃げて来た、訳を」
 瞬間。
 強張る表情。
 だけど。
 いつか聞かれることを覚悟していたのだろうか。
 やがて、僅かに視線を落としながら、ゆっくりと。
「・・・・・どうしたら良いのか、分からないんだ」
 語りはじめる、彼の。傍らに、そっと腰を降ろして。
「・・・・・あいつが、さ・・・・・」
「蓬莱寺くん・・・か」
「うん・・・・・あいつの誕生日、もうすぐなんだけど
プレゼント・・・・・何が欲しいか、聞いたんだ」
「・・・・・君が欲しいとでも言われたのかい」
 半分冗談のつもりで言った、それは。
 図星だったようで。
 驚いたように、視線を上げ。
「・・・・・何で・・・って、ああ・・・けっこう
お約束なカンジだもんな・・・」
 小さく、溜息。
 確かに、お決まりな台詞なのかもしれない。
 誕生日に。
 愛しい人を。
 そして。
 そんな彼の熱情を、僕は。
 理解してしまっている、から。
「・・・・・それでも、彼は・・・・彼の、正直な
気持ちなんだろう、ね」
「・・・・・うん」
 コクリと頷いて。
 そっと伺い見た彼の顔は、今にも泣き出しそうで。
 それだけで。
 僕も、苦しくて。
「でも・・・・・あげられない・・・・・」
「・・・・・何故・・・?」
 彼の様子を見れば、それは瞭然ではあったけれど。
 恐れている、のだと。
 それを。
 全てを曝け出す、その行為を。
「今のままじゃ・・・・・ダメなのかなぁ・・・」
 今の。優しいままの関係を。
 それを。
 壊すのが。
「・・・・・怖い、んだね」
「・・・・・怖いよ」
 壊したくないから。
 だから。
 でも。
「だけど・・・・・このままで良いのかな」
「・・・・・・分からない。でも・・・・・」
 このまま。
 何もせずに。
 壊れて、しまえば。
「・・・・・ダメ、だよ」
「ひ、すい・・・?」
「・・・・・君は、ちゃんと・・・伝えなくては」
 だけど。
「その不安も・・・恐れも。伝えないままで・・・
本当に、君は・・・・・良いのか」
「・・・・・翡翠・・・」
「・・・・・彼、は。彼なら・・・・君の、そんな
気持ちも・・・・・きっと、理解しようとしてくれる
・・・・・そう、きっと・・・ね」
 でなければ。
 今度こそ、僕は。
「・・・・・君が・・・好きになった人、だろう?」
 君を。
「・・・・・そ、だね・・・・・」
 やはり、泣きそうな顔をして。
 それでも。
 ぎごちなく微笑んだ、顔は。眩しいくらいに。
「・・・・・京一が・・・・・好き」
 そっと。
 確かめるように、呟いて。
「有難う・・・・・翡翠」
 向けられる笑顔が。
 今は。
 苦しくて。
 それでも
「君が・・・・・そうして笑っていてくれると、
僕は・・・嬉しいよ」
 きっと、僕は。

 この気持ちを、君に隠したままで。
 君に、告げることなく。

 それでも、この想いを貫くのだろう。

                            ◇Next◇