それ、を。
 きっかけを作ってくれるのを。
 待っていたのだと、思う。


「話がある」
 内藤新宿での、情報収集を終えて。
 桔梗らと共に村へと戻って来た龍斗を呼び止めたのは
代々九角家に仕える鳥面の男。
 龍斗の返事も聞かず、そのまま立ち去ろうとするのへ。
「お待ちよ、嵐王。たーさんは、・・・・」
「いいんだ・・・すぐ追いつけるから」
 その態度に、声を上げた桔梗を制し、にっこりと笑いかけて。
「たまには、ふたり腹を割って話してみるのも悪くない」
 ひらりと。
 身を翻し、嵐王の消えた闇を駆けていく。
 それを、見送り。
「・・・・・腹を割って、ねぇ・・・」
 何が出てくるか知れないよ、と。
 不安げに呟くのに。
「なに、嵐王も師匠のことは認めているはずだ・・・心配する
ようなことは、あるまいよ」
 それとは対照的に、何の懸案もなくカラカラと笑う九桐に。
「・・・・・あんたは、・・・・まぁ良いけど」
 こっそりと溜息をつきながら。
 それでも、あの忠臣が天戒の意に添わぬ行いを、敢えてする
とも思えず。
 龍斗が去った方向を見遣りながら、報告を待つ天戒の屋敷の方へ
ゆっくりと踵を返した。


「飯は済ませて来たのだろう。ならば、これに付き合え」
 村はずれの工房に辿り着けば。
 龍斗が追ってくるのは当然のこととしていたのか、様々な道具が
所狭しと置かれた、そこで。
 休息をとるための、四畳半ほどの間に用意されていたのは。
 盆に乗せられた、徳利と猪口がふたつ。
「・・・・・」
 嵐王が座す、その正面に龍斗も腰を下ろして。
「さぁ、まずは一献」
「その前に」
 酒を勧めるのを、制し。
 表情の伺い知れぬ、面を。
 探るように、見つめて。
「話を聞こう」
「・・・・・そうであったな」
 この、やりとりは。
 嵐王が、意図したものなのか。
 それでも、話があるというのなら。
 それを聞いて、その後は。
 如何様にでも。
「・・・・・時間が惜しいのでな、単刀直入に問う」
 時間。
 何の、とは。
 敢えて、問わずに先を促せば。
「お主は、若をどう思うておるのか」
「・・・・・何だって」
 この男は。
 何を、問うているのか。
 どういう、つもりで。
 その、質問を。
「答えよ、龍斗」
 ならば。
 その、答えも。
「俺は天戒が好きだよ」
 その、ままの。
 言葉で。
 龍斗が告げれば。
「それは、同志としての感情か。それとも鬼道衆頭目としての
あの方を・・・」
「俺は、天戒が好きだ、と言った」
 その意を。
 探ろうとする、嵐王に向かって。
 静かな、しかしきっぱりとした口調で。
「それだけだ」
「・・・・・」
「ああ、それとも・・・こういう言い方が分かりやすいのかな」

 天戒を、愛しているよ

「・・・・・」
 微かに、笑みを浮かべて。
 そこに。
 偽りの影を、見い出すことなど。
 出来はずも、なく。
「聞きたかったんだろう?・・・・・さ、どうする?」
 邪気の欠片もなく微笑む龍斗に。
 つられる、ように。
 仮面の下、ふと笑ったような気配がして。
「ならば、これを飲むが良い」
「・・・・・ただの酒、じゃないな・・・」
 微かに漂う酒精の香に混ざる。
 それは。
「分かるか。酒に・・・眠り薬を少々な」
「・・・・・それだけ、ではない・・・・・」
 確かに、誘われる眠気と。
 そして。
「・・・・・ああ、なるほど・・・・」
 本当に、微量ではあるけれども。
 身体の奥底の。
 何かを、煽るような。
「そういう、ことか・・・・・」
 やがて、猪口へと注がれた、それに。
 龍斗は、ゆっくりと手を伸ばし。
「天戒、は・・・・・どうするかな」
 ゆるりと弧を描く、唇に。
 一息に。
 注ぎ込んで。



「・・・・・」
 床に転がる猪口を拾い上げ。
 盆に戻し、視線を巡らせば。
 畳の上。
 倒れ臥す、その細い顎を捕らえ。
「お主も、・・・・・それを望むか」
 声は、もう。
 届かぬ夢の淵へと、旅立った彼には。

 そして、目覚めた時。
 望みは。

 それ、は。
 誰の望んだことだったのだろう。