「このバッターは、外角に弱い。内から外に逃げる球を中心にいけば、
まず問題ないな」
「う、うん」
「よし、次の打席もちゃんと観とけよ」
「うん!」
 真剣に頷いた三橋に小さく笑い返すと、フニャリと締まりのない
笑顔が返ってくる。緩急も大事かなと苦笑に代え変えながら、また
TVの画面に視線を戻す。


 他校のデータをデータとして文字で見るよりも、実際に球場に足を
運んで生で試合を観た方が良いというのは分かってはいても、それを
実践するのは無理というもので、ある程度は篠岡が頑張って作って
くれたデータと、録画とで攻略を組み立てていかなければならない。
バッテリーを組んでいる三橋とは、データを突き合わせて各打者用の
配球を考えていかなければならないのだが、三橋はよくぞここまでと
感嘆するほどの細かいデータ表を眺めていると、どうやら数分で寝て
しまう困った体質らしい。というか、頭の中で整理仕切れなくて思考
をストップさせているだけなので、傍らの壁を蹴り飛ばしてでも起き
て頂いて、しっかりデータを頭に叩き込んで貰わないと困るのだが、
毎度そのやり取りを遠巻きに眺めていた花井たちが何やら相談の末、
数本のビデオを差し出した。
「これ、どっちかの家で2人でじっくり観て研究して来いよ、な!」
「・・・・・そうだな」
 その方が、三橋も集中出来て良いかもしれない。文字で叩き込む
より、生ではなくても実際のプレイを視覚で捕らえる方が、こいつ
には飲み込みやすいだろう。
「ウチで観るか・・・ああでも、いや待てよ・・・」
「あ、あ、あ、べく・・・」
「何」
 家族の予定を捻り出そうと唸っていたら、おずおずと掛けられた声
に、つい低い声で応えてしまえば、ヒッと怯えて後ずさった三橋が
それでも何とか言いつのろうとするのを促せば。
「オレんち、明日・・・親、群馬に・・・だから」
「もしかして、留守になんの?」
「う、うん!」
 だから、ウチで観よう。三橋はそう言いたいんだろう。
「じゃ、お前んちのリビングのでっかいTVで観れるな」
 そう言って口元を緩めれば、ホッとしたように三橋の緊張が解かれ
ふわりと笑顔が返ってくる。
「か、帰ってくるの、明後日の夜、だって」
「んじゃ、泊まりで行っても良い?」
 それならば、ゆっくりじっくりビデオも観れる。
「よ、よ、喜んでっ!」
 どこの寿司屋だよと苦笑しながら、三橋の頭をポンと軽く叩く。
 柔らかなその髪は、固い指先に馴染むようにするりと絡まって、
離れていった。



「ふ、ぁ・・・う」
 ふと、隣の三橋が欠伸をするのに視線を向ければ、それを咎められ
ると思ったのか、慌てて噛み殺して姿勢を伸ばすのに、小さく肩を
竦めてみせる。
「何時間もぶっ通しで画面と睨めっこだったからな。疲れたろ」
「そ、そんなことない、よ!」
 疲れてないのだと言い張るけれど、少しばかり疲労を覚えている
のは、こいつだけじゃない。オレもTV画面を観ながらの解説もあり
で、ほんのりとけだるさを感じて、んーと伸びをする。
「あ、べくん」
「・・・ん?」
 やや躊躇いがちに呼ばれて顔を覗き込むと、どこか熱っぽく潤んだ
大きな目が真直ぐに見上げてくる。欠伸をした後、だから。それだけ
ではないということは、そろりと重ねた手が互いに熱を帯びていて、
それがどちらともなく絡み合ったことからも、明白で。
「眠いんだろ?」
「う、あ、阿部君、は」
「・・・・・お前は?」
 問い返せば、落ち着きなくキョロキョロと視線を泳がせながらも、
やがて決意したようにコクリと小さく息を飲み込んで、ほんのりと
頬を上気させながら。
「ギュッ、て・・・して、欲しい・・・デス」
 幼い言い回しで欲を告げた唇に、ぶつける勢いで己のそれを触れ
合わせ、そのまま床の上に覆い被さるようにして三橋の上に重なる。
1度火がついてしまえば、若い性はどこまでも性急で貪欲で、止まる
ことを知らない。今夜は2人きりで、この家には他に誰もいないから
と、遠慮だとかそういう言葉は、ここに来た時からきっと持ち合わせ
てなどいなくて。そういうつもりで泊まると言い出したわけではない
にせよ、そうなるだろうという予感は確信としてあった。
 三橋も。
 オレも。
「阿部君、あ、べく・・・ん」
 オレを呼ぶ声が、どこか甘えたように鼻に掛かって耳を心地よく
くすぐる。追い立てられるように急かされるように三橋のセーターを
アンダーシャツごとたくし上げ、ツンと慎ましやかに主張する乳首を
指で撫で擦りつつ、舌で舐め上げれば、小さな悲鳴のような声を上げ
ながら、三橋の腕がオレの頭を抱き締めてくる。
「ここ・・・舐められんの、ほんと好きだな」
「や、あ、う・・・う、んっ、す、好き・・・好き、もっ、と・・・」
 否定するように首を振りながらも、言葉は正直に快楽を求める。
それに満足げに笑って、固さを増す突起を愛撫してやりながら、下肢
を露にしていく。
 抵抗はない。むしろ、助けるように促すように腰を上げてくるのが
いっそいじらしい。それだけ行為を重ねた回数が1度や2度ではない
ということを物語っている。
「もうベトベトになってる」
「あ、あ、あ・・・・・」
 先走りに濡れる先端をグリッと抉るように指先で刺激してやると、
途端に身体が跳ね上がる。強い快楽に。三橋の目尻からポロリと零れ
落ちた涙を追うように目元に口付ければ、くふんと子犬のように鼻を
鳴らした。

「は、やく・・・早く」
 夜はまだ長いというのに、今夜はやけに2人とも気が急いていて。
慣らすのもそこそこに、狭い器官に固く勃ち上がった性器を押し宛て
ていく。早くとねだる三橋と己を宥めながら、決して傷つけることが
ないように、慎重に先端を潜り込ませる。
「っ、あ、あべく、ん・・・熱い、よ・・・ぅ・・・ん、ん」
 耳朶に甘ったるい声を感じながら、ゆっくり、ゆっくりと自身を
沈めていく。
 熱いのは、こいつの方だ。いつだって、溶かされそうになる。
「み、はし・・・三橋、・・・っ・・・・・」
「う、あ、ああ、・・・・・っ」
 頃合を見計らって、グッと根元まで突き入れれば、やはり少しだけ
苦しげな声が上がるから、それなりに負担を掛けているのだという
意識に胸がチクリと痛むけれど。
「あ、あ・・・あ、あべ、く、ん・・・阿部、く・・・ん」
 オレのカタチも大きさも覚えてしまった三橋のそこは、すぐに痛み
を快楽にすり替えてしまう。すすり泣くように名前を呼ばれて、それ
に誘われるように、オレは三橋の身体を揺さぶる。
 性急だった挿入のせいか、互いに昇りつめるのは早かった。ゴムを
着ける余裕すらなかったから、まず風呂に連れてって、それから。
 互いに息が整わないまま床の上、せめて余韻を味わうようにキスを
交わしながら、覚めやらぬ熱に半ばぼんやりとした頭で、この先の
ことを考えていた。
 お互いに。
 自分たちのこと以外、意識になかった。

 だから。

「あ、なたたち・・・っな、にをしてるの・・・っ!?」

 気付けなかった。
 悲鳴が、部屋の空気を切り裂いた、その瞬間まで。