下界を見下ろすと、懐中電灯の灯りが数珠つなぎになって皆が登ってくるのが見える。
頂上はフリースジャケットを着ていても歯がガチガチ鳴るほど寒いので、毛布貸しがたむろしている。そいつらのプチセクハラをかわしながら姉を待っていたが、なかなか来ないので下へ探しに行くことにした。明るいからもう大丈夫だもんね。 

どんどん下って行くと、いた──っ!毛布にくるまるオカッパ頭が!「母を訪ねて三千里」のマルコ、キミの気持ちが分かったよ!
「あんた、一体どこにいたん?探したんやで。」ラクダ使いとの事を話すと、気の毒がりながらも笑いをこらえている姉。

2人めでたく日の出を拝むことはできたが、あのさぁ…ひとこと言わせてもらっていい?
こんなショボイ日の出のために、私は死にそうな思いをしたんかいっっ!

寒さにガチガチ歯を鳴らしながらご来光を待ちわびていると、ようやく東の空が白みはじめた。

おおおお!今なら神の言葉もヒアリングできそうだ!

だが……。盛り上がりまくった期待の割にはちょっくら肩すかしかも……。すまんなヘボピー。

「ノルマは果たした。これでやっと帰れる!」というのが正直な感想。


シナイ山頂より朝日に照らされる山々をのぞむ。

パンフでよく見る「朱に染め上げられ神々しいまでの山々の姿に胸が震えるほど感動!」ってイメージとはまったく違った。

旅行パンフの写真、あれはカメラレンズに赤フィルターかけてるのかもしれない。思わず辛い目に遭わせたヘボピーの顔色をうかがうほど、あっけないご来光だった。

ただ、回りの欧米人は感動に大泣きしていたので、どう見えるかはやっぱ個々の思い入れにかかっていると思う。
彼らからすれば、萌えが極まった私が滂沱の涙を流すアケトアトンのご来光こそ「なにこれ?」ってカンジだろうから、聖書に興味をお持ちの方は、一度はモーゼの足跡を踏みしめるのもいいかもしれない。

一歩間違えると千尋の谷底に転がり落ちりかねない危険をおかしつつ、夢中で記念撮影する人々。

さすが聖書の国のヒトだけあって、シナイ山への思い入れがもー段違いなことはよく分かった。

山頂にはこういう感じでヒトがわらわらと。ご来光観覧のポジション取り、けっこうあせったぜ。

テンション上がりきった人たちの歌う賛美歌があちこちから聞こえてきたりと、聖地感MAXだ。

復路のヘボピーさんは死にかけ人形。

山頂へはこういう急角度を上り下りする。星明かりだけが頼りの往路は足下の切り立った崖が見えないので知らぬが仏というやつだが、明るくなると「こんなとこ登って来たのっ?!」と急にガタブル。
でも聖書の国の人たちは、ヨボヨボのお年寄りでもこの崖を溌剌と登ってくるからすごい。


下山する人々の中には、米ナスのような体型のご婦人や、杖をついたヨボヨボのおばあちゃんまでいる。こんな人達まで登っていたの!?

「20ドル!」ラクダ使いが私を見つけ飛んで来た。待ちきれなくて探しにきたようだ。ちっ、やはり見つかったか。

「5ドル!」(姉)「ノー!20ドル!」
白人達から白い眼で見られつつ山上で繰り広げられる、関西のオバハンVSエジプトのヒステリー男の攻防。結局10ドルで決着。関西のオバハンの負けっ!(ボリボリの値段です)

がめついラクダ使いがヘボピーさんを待ち受けていた詰め所。下山道は一本道につき、ここに網を張っておけば魚は嫌でもひっかかるというわけ。くやし──っ!!(ビチビチ)

しかし、ガイドも見てるだけじゃなくて少しは私達を助けてくれたらいいのに。

このガイド、あんまり役に立たなかったよ。しかも、私についてきた謎の男は、もう片方のガイドだったことが判明。早く言えっ!!

同僚とのおしゃべりに精を出す使えないガイド。ごらんください顧客とのこの距離感を。ちょっと待て!下山するまでが遠足ですよ?!

こんな、何かのバツゲームとしか思えないようなシナイ山だった。しかし、私は次の日には、なぜか無性にシナイ山に登りたくなったのだった。

そして来年のゴールデンウィーク、私はまたしても苦行のようなエジプト旅行をしている気がする。
これって、もしかしてマゾ体質?                                                <了>    

アリさんみたいに連なって下山する人々

男も女も老いも若きもあ〜る〜けあ〜るけ〜

「見て見て!あのクマさんのバッグ、かわゆいぃ〜ん!v」「あ、ホント!かわゆぃ〜〜ん!v」
数珠繋ぎになって下山する際、前を歩いていた欧米人オバちゃんのクマに大ウケする我々。下山中はこのクマの話題でおおはしゃぎだった。

しかし今見ると何がどう可笑しかったのやら......人は疲れすぎると意味もなく笑ってしまうものかもしれない。


<右>下山途中に石を買おうとする欧米人と、売れるかな?と目をキラキラさせている売店主人の小さな娘。

ヘボピーには大きな声で言えないが、信仰心ゼロの私がはるばるシナイ山までやって来たのは「聖書を研究している友人を喜ばせてやろう」といういわば究極のウケ狙い。モーセが踏んだかもしれない石を拾って土産にしようという大きなお世話のたくらみゆえなのだ。

しかし土産として絵になる「エジプトの砂」とは違って、シナイ山頂に転がっている石ころはぜんぜんカッコよくない。ぶっちゃけそこら辺の工事現場で拾ってきたものに混ぜて渡しても分からないような、灰色でごつごつした愛想ゼロの石ばかりなのだ!

そんな「石を土産にしたいのに!」という観光客のとまどいをガッチリ受け止めバッチリ解決してくれるのが、山頂から山のふもとまでまんべんなく配置された石売り場。地元の人があり余りすぎる時間をかけてセレクトした&どっかから仕入れてきた石たちが、お手伝いの少年少女の前に並べられている。

その多くは「どう見てもここの石ちゃうやろ!」とツッコミたくなるような毒々しい色石なのだが、「シナイ山にあった石」という意味では確かに間違いじゃないので、頂上で石選別しそびれたらこういうところで買ってみるのも手。値段もそんなに高くないようだ。

<シナイ山3につづく>