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下界を見下ろすと、懐中電灯の灯りが数珠つなぎになって皆が登ってくるのが見える。 どんどん下って行くと、いた──っ!毛布にくるまるオカッパ頭が!「母を訪ねて三千里」のマルコ、キミの気持ちが分かったよ! 2人めでたく日の出を拝むことはできたが、あのさぁ…ひとこと言わせてもらっていい?
ただ、回りの欧米人は感動に大泣きしていたので、どう見えるかはやっぱ個々の思い入れにかかっていると思う。
山頂へはこういう急角度を上り下りする。星明かりだけが頼りの往路は足下の切り立った崖が見えないので知らぬが仏というやつだが、明るくなると「こんなとこ登って来たのっ?!」と急にガタブル。 下山する人々の中には、米ナスのような体型のご婦人や、杖をついたヨボヨボのおばあちゃんまでいる。こんな人達まで登っていたの!? 「20ドル!」ラクダ使いが私を見つけ飛んで来た。待ちきれなくて探しにきたようだ。 「5ドル!」(姉)「ノー!20ドル!」 がめついラクダ使いがヘボピーさんを待ち受けていた詰め所。下山道は一本道につき、ここに網を張っておけば魚は嫌でもひっかかるというわけ。くやし──っ!!(ビチビチ)
このガイド、あんまり役に立たなかったよ。しかも、私についてきた謎の男は、もう片方のガイドだったことが判明。早く言えっ!! ←同僚とのおしゃべりに精を出す使えないガイド。ごらんください顧客とのこの距離感を。ちょっと待て!下山するまでが遠足ですよ?! こんな、何かのバツゲームとしか思えないようなシナイ山だった。しかし、私は次の日には、なぜか無性にシナイ山に登りたくなったのだった。 そして来年のゴールデンウィーク、私はまたしても苦行のようなエジプト旅行をしている気がする。
![]() 「見て見て!あのクマさんのバッグ、かわゆいぃ〜ん!v」「あ、ホント!かわゆぃ〜〜ん!v」 しかし今見ると何がどう可笑しかったのやら......人は疲れすぎると意味もなく笑ってしまうものかもしれない。 ヘボピーには大きな声で言えないが、信仰心ゼロの私がはるばるシナイ山までやって来たのは「聖書を研究している友人を喜ばせてやろう」といういわば究極のウケ狙い。モーセが踏んだかもしれない石を拾って土産にしようという大きなお世話のたくらみゆえなのだ。 しかし土産として絵になる「エジプトの砂」とは違って、シナイ山頂に転がっている石ころはぜんぜんカッコよくない。ぶっちゃけそこら辺の工事現場で拾ってきたものに混ぜて渡しても分からないような、灰色でごつごつした愛想ゼロの石ばかりなのだ! そんな「石を土産にしたいのに!」という観光客のとまどいをガッチリ受け止めバッチリ解決してくれるのが、山頂から山のふもとまでまんべんなく配置された石売り場。地元の人があり余りすぎる時間をかけてセレクトした&どっかから仕入れてきた石たちが、お手伝いの少年少女の前に並べられている。 その多くは「どう見てもここの石ちゃうやろ!」とツッコミたくなるような毒々しい色石なのだが、「シナイ山にあった石」という意味では確かに間違いじゃないので、頂上で石選別しそびれたらこういうところで買ってみるのも手。値段もそんなに高くないようだ。 |
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