──なんなんだ、ここの教官連中は!
クーパーは苛立ちを隠せぬまま、官舎の廊下をずかずかと歩いた。テリー教官に訴えが通じないとなれば他に話の分かる教官を見つけたいところだったが、どの教官も、奇人変人サイコ野郎のハーネマンを平気で野放しにする意向なのだ。
例えば2mを越える巨漢のマイケル・ブッチョ教官は、クーパーの肩を叩いてこうだ。
『よう新入り、聞いたぜエ〜! さっそくミッヒの奴にやられちまったってな! フルチンでシャワールームに転がってたんだって? ガハハハ!!』
モデル張りの体躯を制服に包んだオデッサ・シュペンゲラー教官は、敬礼しながらこうだ。
『クーパー候補生、ようこそNDFへ。貴官は英国からの大事な賓客、身の安全はどの兵よりも優先して守られよう。……だが、あの男に目を付けられたならば、残念だがその限りではない』
こともなげに言われてあっけにとられるクーパー。なんで俺が目の敵にされなくちゃならないんだ……と問えば、オデッサは何をいまさら、と言わんばかりの目をする。
『貴官はマーチアル社初の軍用タンクのテストパイロット。そしてあの男の愛機はアデルハビット社製の“ヴィルトファング”だ。理由はそれだけで十分だろう』
飛行科のクールビューティーはサディスティックな笑みさえ浮かべながらこう付け加えた。
『謹んでお悔やみ申し上げる』
――何が“謹んで”だ! 頭のネジがぶっ飛んだ奴ばっかりだ!
シャワールームでの屈辱がむざむざと蘇ってくる。バーで出会って、きまぐれに口説いたスキンヘッドの男。そいつは“ウォートラン”の教官で、武器兵器を愛するサイコ野郎だった。まるでクーパーの誘いに応じるかのようなそぶりをしておきながら、あろうことか銃を向けてきたのだ。
怒り心頭のまま、長い廊下を抜けて格納庫にたどり着く。そこで主人を待っていたのは、およそ軍用機らしからぬスマートな白銀の機体「フィアズリー・ワン」だった。それを見上げたクーパーは復讐の術を思いつき、ニヤリ笑う。
「見てろよ……あのサイコ野郎!」
※ ※ ※
ハーネマンはまるで危機を察知した野生動物のように目を見開いた。
“ウォートラン”の第3フィールド。破損したタンクに代わって旧式のタンク「ヴェーア・ヴォルフ」を狩り、迎撃ポイントへ向かう最中のことだった。ハッチから身を乗り出したまま非常用ブレーキを操り、タンクの前進を止める。
『照会しろ。無許可のタンクがフィールド内に侵入した』
ハーネマンがインカムを通して告げる。それを受けて、軽車両で並走していた補給科の兵たちも異変に気づき停車した。フィールドの向こうから、聞きなれないモーター音が迫ってくるのだ。
「何だ!?」
街並みを模した遮蔽物が連なるフィールド。その向こうから、砂煙を巻き上げながらタンクが迫ってくる。鈍重な軍用タンクとは全く異なる機動性、段違いのスピード、まばゆい日差しに映える白銀の機体。それを操れるのは、ただ一人しかいない。
「クーパーだ!」
兵たちの視線を釘付けにした機体は、驚くべき俊敏さで遮蔽物の間を抜け、ハーネマンの載る機体の正面、わずか200mほどの位置につけた。そしてランチャーを装備したアームを、ハーネマンの機体にピタリ向ける。
『よう教官? 今度は俺がブチ込む番だな』
コクピット内のクーパーは、わざとオープン回線でハーネマンに話しかけた。通信はフィールドにいる全将兵につつ抜けだ。それぞれの作業に従事していた兵たちが何事かと集まってくる。
『――俺を敵に回したこと、存分に後悔させてやるよ』
それを聞いたハーネマンは、ヒャッヒャッヒャッ! と声をあげて笑った。最新鋭機フィアズリー・ワンにランチャーを向けられたまま、お前に何ができる? とばかりに両手を広げてみせる。
『クーパー候補生! 何のつもりだ!? やめないか――!』
案の定、補給科の伍長から悲鳴にも似た通信が入ったが、クーパーはもう止まれなかった。親指で発射スイッチのカバーを跳ね上げる。そして、ヴェーア・ヴォルフ目がけて撃った。
一瞬の後に、弾けるような着弾音。
クーパーは、拝んでやりたいと思っていた光景を存分に堪能した。
彼が撃ったのは実弾ではなく、デモ用に搭載していたペイント弾だった。それは機体を染めたのみならず、ハッチから身体を出していたハーネマンを真っ赤なペンキまみれにしたのだ。
ハーネマンは信じられないものを見るように、真っ赤に染まった自分の両手を見る。
次いで、この世のものとも思えぬ絶叫。
『クーパー候補生!逃げろ──!!』
悲鳴にも似た伍長の通信が聞こえてすぐ、ヴェーアヴォルフが突進してくるのが見えた。
「!?」
コクピットに引っ込んだハーネマンがヴェーアヴォルフを狩り、なんと真っ向から直進してきたのだ。即座に武器管制を近距離掃射のガトリングに切り替え威嚇したが、ヴェーアヴォルフは直進を止めない。
「このイカレ野郎が! この俺にハッタリは……!」
目の前に機体の影が迫ったかと思うと、鈍い衝撃が襲った。フィアズリー・ワンの華奢な機体にヴェーアヴォルフが体当たりしたのだ。衝撃に胃液が逆流するのを感じながらも、クーパーは天性の反射で機体の重心を下げ、弾き飛ばされるのを防いだ。がっぷり組み合った姿勢のまま膝のバネをぐんと伸ばし、ヴェーアヴォルフの直進を押しとどめ、フィアズリーの両腕で相手の機体をがっちり捕らえ、横になぎ払った。
「見たか!」
常人離れしたクーパーの動体視力は、ヴェーアヴォルフが砂埃を上げて地面に倒れる姿をスローモーションで捉えた。しかし倒れる一瞬、人影がサッと飛び出したのには気づかなかった。
突然、頭上でガパリと音がして見上げると、丸いハッチからハーネマンが覗き込んでいた。神速の跳躍でもってクーパーの機体に飛び移ったのだ。赤いペンキのしたたり落ちる顔が憤怒に歪んでいる。
「うおあっ!!?」
コクピットに発炎筒が投げ込まれ、瞬く間に機内は煙で満たされた。たまらずハッチから頭を出したクーパーの顔面にハーネマンの足蹴りが迫る。間一髪のところでかわして外に出たクーパーは相手の足をつかんで引きずり倒した。タンク上でマウントポジションを取って殴りつけようとするが、獣のように歯をむいたハーネマンに手首をガブリ噛まれる。
「ってええええええ!!」
居合わせた兵たちは、目の前の光景をただ茫然と見守る他なかった。
もはや血まみれの悪魔としか見えないハーネマンがペンキまみれの手をクーパーの顔面にベシャリ叩きつけ爪で引っ掻いた。ひるんでバランスを崩したクーパーはとっさにハーネマンの腕をつかみ、彼を道連れにタンクから転げ落ちる。フィールド上で2人はつかみあい、ペンキまみれ砂まみれになって転げまわった。
『何をしているお前たち!』
スピーカーから飛んできたナオミ・ターナー教官の怒声に、ようやく兵たちは自分を取り戻す。すぐに駆け寄り、クーパーとハーネマンを引っぺがしにかかった。彼らは恐怖の訓練教官殿とバトリング・チャンプのどちらを制するか逡巡し……大半がクーパーを押さえる側に回った。
「何しやがるお前ら! クソッ……クソッ! 放せ……!」
十数名によってたかって両手両足を押さえ込まれながら、クーパーは叫び続ける。補給科の下士官たちに羽交い絞めにされてなお、怒りの奇声をあげて牙をむくハーネマンを睨みつけながら。
もはやクーパーにとって、ハーネマンとの出会いは何かの悪い間違いでしかなかった。……一体全体、俺はなんでこんな野郎に声をかけちまったんだ!?
「見てろよ……絶対あんたを、ギャフンと言わせてやるからな――!」
<THE END>
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