St.Valentine's Day  BY さかまち


2月14日。バレンタインデー。
国によっては異教徒の祭りだからと禁止されていたり、
どこかの島国では一月後の同日と合わせて企業商戦に使われていたりもするが
大意は世界中で変わらない、「恋人たちの日」だ。

軍事施設には似つかわしくない雰囲気がどこからともなく流れる中、彼は敵と戦っていた。
敵、といっても正体は美しい天使の描かれたカードと小さなラッピングバッグ。
だがその可愛らしい敵は今日に限ってはどんな屈強な兵士よりも彼の頭を悩ませる最大の敵であった。
目の前の袋は、もちろんこの日の為に用意した、想い人へのプレゼント。
問題はその想い人がこういった行事に全く興味がなく、また渡すにも難儀するような性格の持ち主であることだ。
別にお互いが贈り合う、などという甘い期待などはしていないが
そもそも彼の想い人がこれを受け取ってくれるか自体がわからない。
渡すか渡さないかを散々悩んだ結果、その日の睡眠時間を大幅に削ることとなったのだ。
まだ日も高くない時間、それでも本日何度目か解らない溜息をつく。
「とりあえず、行くか…」
彼にとってどのような重要問題であっても、立場上演習に遅れる訳にはいかない。
カードと小袋を引き出しに収め、彼…クーパーは自室を後にした。

「おはよう、どうしたんだクーパー。寝不足か?」
「おはよ…いや、ちょっとな…」
廊下で鉢合わせたポーに眼の下のクマの指摘を受ける。
「まさか愛しい恋人に渡すプレゼントで悩んでた、とか?」
日付と彼の想い人を考えればすんなり辿り着くものではあるが
一発で理由を当てられた恥ずかしさがクーパーの胸中を横切った。
「まったく、俺としたことが恥ずかしい話だけどな。
 あの教官殿がバレンタインなんか気にしてるとは思えないし、困ったもんだ」
精一杯余裕を装った風で言葉を返すが、傍から見れば全く余裕が感じられない。
学生時代はさぞもてたであろう…否、教官になって配属されてからもそのルックスと天才的な才能で
女性からの人気を集めているこの青年にここまで悩ませるあの偏屈を思い出し、ポーは口元を緩ませた。
「おいおい、笑うなよ。結構悩んでんだぜ?」
結構どころで片付くような悩み方でない事は明らかなのだが、それを口に出せば益々ムキになるだろう。
言いかけた言葉を飲み込み、代わりに言葉を繋ぐ。
「別に悩む必要はないんじゃないか?普通に渡せば。渡さず仕舞いではプレゼントも用意し損ってもんだろう。」
「他人事だからって簡単に言うなよ…」
「ま、他人事だからな。テリー教官だって自宅にバラの手配してたぞ?」
「そりゃ教官は奥さんにだから普通に贈れるだろ。相手が全然違う。」
「どっちにしたって大切な人に贈るには変わりない。思い切って渡してこい。
 今日は夜間訓練無いし、夜はお互い空いてるんだろう?」
言葉をかけられた側からすればまったくもって無責任な発言だが、的確な意見である。

「ったく…渡す相手がいない奴は気楽でいいなぁ」
「失礼な。俺だって相手はいるさ。」
己の劣勢を感じて嫌味を言ったつもりが意外な言葉を返された。
「え!?マジ?誰!?」
「さーて?お前さんがちゃんと渡せたら教えてやらんこともないな。」
「うっわ何だよ!わかったよ!渡すよ!!そしたら教えろよ!?」
「はいはい。どうでもいいが早くしないと演習遅れるぞ?」
「げっ、ヤバっ…んじゃ後でな。」
お互いの担当現場への別れ道で二人は別れた。

その日の演習も終わり、訓練生が各々の時間を過ごす夜。
クーパーはある部屋の前で立ち尽くしていた。
ポーに宣言してしまった勢いのまま、その日の演習担当をこなし
(訓練生曰く、「今日のクーパー教官は異様に燃えていた」だそうだ)
部屋までやって来たはいいが、いざ扉を前にして一気に勢いを失ってしまった様だ。
扉を隔てた向こうに想い人がいるはずなのに、取っ手に手を掛けられない。
その状態のまま10分が経とうとしていた。
「クーパー。人の部屋の前で何をしている」
不意に後ろからかけられた声に心臓が跳ねた。
いくら悩んでいたとはいえ簡単に背中をとられるとは思ってもみない。
振り返ればそこには部屋の主であり彼の想い人、ハーネマンが立っていた。
「き、教官。部屋にいたんじゃなかったんですか。」
別に何か悪いことをしていたわけではないのに、訳のわからない後ろめたさを覚える。
「トレーニングルームに行くつもりだったんだがポーに部屋に戻ってみろと言われてな。」
「え、と、その。別に何もやましいことは…」
「まあいい。用があるなら入れ。」
機嫌がいいのか珍しく彼の方から部屋へと招いてくれた。
当たり前といえば当たり前なのだが、自分では開けることのできなかった扉がいとも簡単に開く。
ハーネマンに促され、クーパーも彼に続いて部屋へと足を踏み入れた。

いつきても殺風景な部屋は、バレンタインでも変わらず静かだった。
否、一つだけ。部屋の中でも数少ない家具であるデスクの上に見慣れない小さな箱。
落ち着いた深緑のその箱は、元は箱に結ばれていたであろう深い紅のリボンと共に
部屋の新入りながら、他の物と上手く溶け込んでいる。
「教官、それって…」
「ん?ああ、演習後に戻ってきたら部屋の前に置いてあった。
 前使ってたのが折れちまって困ってたんだが、買いに行く手間が省けて良かった。」
箱を開けると、中には誰が見ても高級品とわかる様な万年筆が入っていた。
蓋の裏には手書きで〜From Your Valentine〜の文字。
勿体無いことに受取った側は代わりの筆記具が手に入ったことにしか目がいっていないようではあるが。
どうやらすんなり部屋に入れてくれたのも、そのことで若干機嫌が良かったこともあってのようだ。

「で、何の用だ?」
何も言わず箱を見つめるクーパーを不審に思ったのか、ハーネマンが声を掛ける。
本当に万年筆が何だったのか理解していないようだった。
「え、えっと、」
「用が無いなら部屋に戻れ。俺も暇じゃない。」
彼の声に段々と声に不機嫌な色が混じってきている。まずい。
「いえ!!…その、これを渡したくて。」
意を決して用意したプレゼントを差し出した。彼のイメージに合わせた濃紺のラッピングバッグ。
渡された本人は突然目の前に出された品にきょとんと不思議そうな顔をしている。
どうやらいまだに今日が何の日なのかを気づいていないらしい。
「ほら、バレンタインですから。俺からの気持ちです。」
決心してしまえば案外素直に言えるものだ。ハーネマンも素直に袋を受け取った。
こうなってくると何をあんなに悩んでいたのか馬鹿らしくも思える。
「…そういえばそんな日もあったな。」
「よかったら、開けてみてください。」
美しい天使の描かれたバレンタインカードと、銀糸で薔薇の刺繍が入った、品のいい皮の栞。
こう見えて読書家な彼の為にじっくり選んだ品だ。
「クーパー…えっと…」
予想していなかったプレゼントに、今度はハーネマンが口ごもる。
「俺から何も渡せないんだが…」
「気にしないでください。俺が渡したかっただけですし。」
「だが貰うだけというのも…」
渡されたら返す、意外と律義なところがあるらしい。
それならば、とクーパーは以前から願っていた事を口にした。
「じゃあ、たまには教官から俺にキス、とか。」

ある者は恋人との時間を過ごし、ある者はそれを横目で恨めしく眺めた夜もすっかり影をひそめた明くる朝。

「よう、機嫌がいいな」
「おっ、おはよう。まあね。」
「その様子だと上手くいったみたいだな」
「お陰さまで。まあ半分はあんたのお陰だけど」
「ん?何のことだ?」
「とぼけなくていいって。軍曹殿の万年筆が壊れたの知ってる人間なんて限られてるし。
 だいたいあの文字、俺が見るって解ってて書いただろ。思いっきりあんたの筆記じゃんか。」
「…ばれたか。まあ上手くいって何よりだ。」
「にしても、なにがバレンタインの相手なら居る、だよ」
「ま、俺から友人2人に感謝を込めてのバレンタインってことで」
「はいはい、感謝してますよ、ヴァレンティヌス殿」

<THE END>