綺麗に整理整頓されて、塵ひとつ落ちていない部屋。
据え付け家具のみの殺風景極まりない部屋の中で、かろうじて主の趣味嗜好を表しているのは、壁に貼られたヘッケラー&コッホの非売品ポスターと、ヴィルトファングを取り上げた専門誌の写真ページ。

バタン!と大きなドアの音を立てて自室に滑り込むと、部屋の隅に設置された箱に飛び付いた。
そしてゴクリ、と唾を飲み込んで、おそるおそる蓋を開けると案の定......

「ピィイィーッ......ピィイィーッ!」

衣装箱の中には、待ってましたと言わんばかりに、全身の力を振りしぼって餌を求めるインコのヒナ。
うす呆けた黄色の羽毛は、鮮やかなレモン色の成鳥とは大違い。まだところどころ地肌が透けて見えていて、餌を欲しがって思い切り伸ばした首の辺りなんぞ、なんとまあ寒々しいこと!
きっと腹が減っているのだろう、ヒナは左に右にとしきりに足を踏み替えながら、あんぐり口を開けたままの人間に向かって、黄色いくちばしをぱくつかせた。

「畜生、ブッチョの奴......」
あいつがいつこれを忍ばせたのか......いずれにせよ俺がちょっと出た隙には違いない。シャツを出した時に気付かなかったのは、これが腹一杯で満足して眠り込んでたからなんだろう。

インコの巣にされたシャツは乾いている限りはそうでもないが、汗で湿るや否やトリ臭とヒト臭、その双方が入り交じって、得体の知れない化学反応を起こすのではないかとハーネマンは思った。

「ピィイィーッ......ピィイィーッ!」
スキンヘッドの強面男は、洗いたてのシャツをフンだらけにして羽根をばたつかせているヒナを、食っちまうぞとばかりに睨み付けてやる。
すると、世間知らずのヒヨっ子も、さすがに殺気を感じたらしい。
タカから身を守る野生の知恵を思い出したのだろうか、怖そうに首をすくめるとそのまま小さな固まりになってしまった。

「こらお前」「............」「こんなに汚れちまったじゃねーか、シャツ」「............」 「また洗濯しなおしだ」「............」「明日は雨だから乾かねーぞ」「............」「お前が洗えよ......って無理か」「............」

ハーネマンはオリーブ色の巣の中で黙りこくっている黄色い固まりを掴み上げると、そっと手のひらに乗せてみた。
一瞬、猛禽を思わせる淡い緑の目と、黒くてまん丸い目とが無言のままに見つめ合う。

その時、ハーネマンは急に思い出したのだ。あれはずっとずっと昔......まだ彼がほんの少年だった日のことを。




ある朝、庭で見つけたコマドリのヒナ。どうやらブナの木に掛けてあった鳥小屋から、うっかり落ちてしまったらしい。

草むらの陰で震えていたそいつを拾い上げて、おそるおそる両手のひらに乗せてみた。
ふくふくした柔らかな羽毛、黄色くて幅が広いくちばし、マッシュルームみたいにまん丸い頭。
小鳥は何の畏れもない黒スグリのような目でじっと少年を見つめて、少年もじっと小鳥を見つめ返した。

気味悪がられたり困った顔をされたり気の毒がられたり......みんな自分から微妙に目を逸らして、真っ直ぐ見る人は滅多にいなかった。けど、手のひらの上のこの固まりは、ヒトの外貌になんかてんで関心がない様子で、ただひたすらにこっちを見つめている。
ハーネマンはなんだか泣きたくなってきた。


「お祖母ちゃん、お祖母ちゃん!ヒナが落っこちてた!」
両手でうやうやしく小鳥を掲げて、バラの手入れをしていた祖母に見せに行った。
「ボク、こいつを飼ってもいいかなぁ。ぜったい世話、ちゃんとするから!」

勢い込む孫と小鳥とを見比べていた祖母だったが、やがて優しく口を開いた。
「でもね、ミヒャエル。一度人間が餌をやってしまうと、この子はもうおうちに帰れないのよ?」
「どうして?」
「鳥のお父さんお母さんが自分の子供だって分からなくなるの」
「......でも......」
「心配しないでも大丈夫。巣に戻したらちゃんと親が面倒見てくれるわ。だからヴァイキー叔父さんを呼びに行って、巣箱に返してもらいなさい」

隣の親父がはしごを掛けて、ヒナを巣に戻すのをじっと見つめていた時の悲しい気持ち。
毎日様子を見に行った巣箱から、成長したヒナが初めて羽ばたいた日のあの、まるで自分にも羽根が生えたかのような爽快な気分!

「畜生、ブッチョの奴......」
そう呟いたハーネマンは、ヒナを三枚重ねにしたティッシュペーパーに包むと、今度はそーっとドアを閉じた。




「ギャハハハー!こいつはありえねえー!」
「シーッ......黙りなさいブッチョ、これは笑う場所じゃないわよ......多分」

レクリエーションルームの100インチ壁掛けテレビに映し出されるオールドムービーに、腹を抱えて笑っていた小山のような黒人と、それをたしなめていた金目のハインド乗りは、背後からの殺気を感じてほぼ同時に振り返った。

「あらハーネマン、貴方がここに来るだなんてお珍しい」
「お前も一緒に見ねぇか?ちょうどサイコーの爆笑シーンだぜ」
そう言いながら胸に抱えていたポップコーンを押しつけようとしたブッチョは、青白い手のひらに乗った固まりに気が付くと、さも嬉しげに大声で叫んだ。
「うほっ!会いたかったぜい小鳥ちゃん!......って、2時間前に会ったばっかだけどな、ガハハハ」

「やっぱテメェか......」
ティッシュの中身を奪い取って、鳥の鳴き声に似せた口笛で一生懸命ヒナをあやしていたブッチョは、凍てつくようなハーネマンの視線に気付くと、バツが悪そうに肩をすくめた。

「お陰でシャツはフンだらけ。明日はトリ臭いシャツで演習に臨まなきゃならんのだが、洗濯はお前に任せていいんだよなあ?ブッチョ」
「だ、だってよぉ......普通のやり方じゃ絶対持って帰んねぇだろ?悪いこたぁ言わねえ、お前みてぇな人間は、なんか生き物でも飼った方がいいと思うんだぜホンマに」

「そうよハーネマン、私も同感だわ」とオデッサが助け船を出す。
「官舎は基本的にペット禁止だけど、小鳥や魚やトカゲくらいなら見逃してもらえるんだから、この際もらっちゃいなさい。ちょっとは収まるかもしれないわよ?イライラが」
「くっ......そうまで仰るなら、アナタ様がお飼いになればよろしいのでは?オデッサ様」
「フン、それは無理ね」

同国人の嫌味な口調などどこ吹く風、黒髪で片目を隠した美女は平然とかぶりを振った。
「飼ってるわけじゃないけど、私の部屋にはニャミちゃんっていう野良猫が遊びに来るの。もしニャミちゃんに見つかったら、インコのヒナなんか頭からバリバリ、10秒後には跡形もないわよ?」
「......頭からバリバリ......」
「......ヒ、ヒデェ......」
「いずれにせよその鳥、お腹空いてるみたいだから、とっとと上げた方がいいんじゃないの?餌」
「とにかく俺の部屋に来い。こいつの分も餌をふやかしてあるからさぁ」
「だ、だから俺はあれほど断ると......」

小さな鳥を取り巻いて侃々諤々の三人の男女は、その時、頭上から突然降ってきた甘ったるい声に驚いて顔を上げた。

「いやぁーーん、なに?なにこの小鳥ーっ?かわゆいーん!」
「キャ、キャシー......」
声の主は医務部の白衣の天使。ターナー、オデッサと並ぶ訓練生のあこがれの的、金髪グラマーのキャサリンである。

彼女はブッチョの手の中のヒナに、愛しげに話しかけた。
「ほーら、怖がらなくていいわよ小鳥ちゃん......あらぁ、お腹空いてるのね?」
強面の軍人達に囲まれて、さっきまで餌をねだることすら忘れて固まったままだった小鳥は、女性の優しい声色に安心したのだろうか、急に元気を取り戻すと黄色いくちばしを精一杯開いた。「ピィイィーッ......ピィイィーッ!」

「あの......サージャント・ブッチョ」
「イ、イエス!ミス・キャサリン」
「失礼ながらさっきまでのお話、ちょっと伺ったんですけど・・・・・・このヒナ、私が育ててもいいでしょうか?」
「あ、ああ......もちろん......喜んで」
ハーネマンをチラリと横目で見たブッチョだったが、同僚がうなずくのを確かめると、ぶ厚い手のひらから白くて小さな手へと黄色の小鳥を移し替えた。

「可愛がってやってくれよ、餌はやり方のメモと一緒に医務部に届けとくから」
「ご安心を、サージャント・ブッチョ」と、看護婦は天使顔負けの微笑みを浮かべた。「アタシ、小さい頃から色々育てましたから、大体のところは分かるんです」


「ハァアアアァア......」
小躍りするように去ってゆくナースの後ろ姿を見送りながら、ブッチョは安堵のため息をついた。
「......やっぱり鳥でも優しい女が好きなんだなぁ」
「オスだったの?あのヒナ」
「いや、知らん。でも少なくとも猫に食わせかねんサド女......あイタターっ!」
ヒールで思い切り踏みつけられたブッチョの悲鳴が上がる。

そんな中、ハーネマンは少々複雑な気分を抱えたまま、テレビ画面の中で沈みゆく豪華客船をぼんやり眺めていた。
......クソ、やっぱりもらっといた方がよかったかもなぁ......

だが、彼は気付いていなかったのだ。
丸い形に鬱血した足の甲を痛そうにさすっていたブッチョが、心ここにあらずといった同僚の様子を見て、オデッサと顔を見合わせるやニヤリと意味ありげな笑みを浮かべたことを。




「ピィイィーッ!ピィイィーッ!」「チチチーッ!チチチチーッ!」「ギャース!ギャース!」
衣装箱の蓋を開けた途端に始まった頭痛がするような合唱に、闇のハンターは思わずのけぞった。
オイオイ......勘弁してくれよ!

大口を開けて餌をねだる、緑色の、黄色の、青色のヒナたちを一匹づつマガジンポーチに放り込んだ男は、けたたましい音を立ててドアを閉じると、灰色の官舎の廊下に飛び出していった。

時は春、孵化のシーズンはこれからが本番。ハーネマンの受難はまだ始まったばかりである。



<THE END>


アホ話ですいませんでした<(_ _)> 
自分がジムでトレーニング中に、生乾きのままで取り込んだTシャツが、汗で湿って死にたくなるようなかほりを発したのをきっかけに作ったお話です。

ここに登場するナースのキャサリンというのは、あくまで仮名。
彼女は実際にウォートランに登場するキャラクターなのですが、全ステージを通しでプレイして、運が良くても1,2回、それもほんの一秒程度しか出現しないためか名前は付けられていません。

しかし、ライフポイント残り少ない時にライフパネルを獲得するとランダムに登場し、「頑張ってねv」とピンクのハートマークをバックに応援してくれる白衣の天使は、ウォートランプレイヤーにとっての心のオアシスなのです(笑)