体が熱いっ!
カリムは目覚めてすぐにそう感じた。

ここはシャダの別荘で。
三日の休暇をここに連れ込まれた。
「おいでよ。ね? 一日中、邪魔が入らないよ」
シャダに綺麗に笑って誘われて、カリムに抵抗できるはずが無い。
最初はシャダの興味本位だっただろう。
酔っているシャダに口説かれて、どうしよう……と、迷っているうちにカリムは貞操を奪われた。
女性を相手にしたこともなかったのに、幼なじみに奪われて物凄くショックで。
けれど。
自分のものを呑み込んで喘いでいるシャダはとても綺麗だった。
前からカリムはシャダのことを憎からず思っていた。シャダを女性のように思っていた訳ではなかったので、随分気づかなかったけれど。
シャダが女性のように抱かれている事があるのはカリムも知っていた。
シャダは確かに酔っていたけれど。最後まで抵抗しなかったのもカリムで。
カリムが本気になれば、シャダの首など片手で折る事ができただろう。
「カリムぅ…………好きだよ?」
イく寸前のシャダがそう囁いてきたのに、カリムは涙が溢れたのを感じた。
私はこの男にもっと近づきたかったのだ。
そう、気づいたのだ。

自分を受け入れたカリムに、シャダは小犬がじゃれるように笑いかけるようになった。
前は少し取り澄ましてツン、と鼻をそびやかしていたのに、そのツッパリがなくなって甘えてくるようになったのだ。
毎晩のようにシャダはカリムの部屋に訊ねてきて。
毎晩のようにカリムはシャダを抱いた。
「ほら、君のために取り寄せたんだよ? トパーズの首飾り。君のたくましい体には、赤とか青より、黄色が似合うよね。ほら、男前が上がったよ。もう、なんて私の愛しいひとはかっこいいんだろう。ね」
カリムの首に取り寄せた首飾りをかけてシャダが満足げに微笑む。ばんばん、とカリムの胸板を叩いて、ニッ、とカリムを上目遣いに見あげてくる。
もうだめだ……
カリムは思った。
目がシャダを探している。
耳がシャダを探している。
どこかで誰かに笑っていないか。
どこかで誰かと笑っていないか。
シャダの一挙手一投足を見ていたくてシャダを追いかけてしまう。
夜には会えるのに。祈祷を終えて神殿から出るとシャダの傍に居たくてたまらない。

久しぶりに下エジプトの実家に戻って、シャダに会えないことに苛々していたカリムは母親の装飾品に目を止めた。
商人が持ってきた金細工を母親が選んでいたのだ。
「あら、とても細い鎖ねぇ。素敵だわ。なんてきらきらしてるの? これいただくわ。………………あら、カリム。どうしたの? お前、金細工になんか興味無かったのに?」
「これ、俺が買います」
カリムは言った。
母親の手に持たれたその細い金細工。シャダの手首でシャラシャラと揺れたらどんなに綺麗だろう……と、思ったのだった。
そう言ったカリムに母親はキョトン、として。次の瞬間顔を明らめた。
「やだっ! いやだわっ! カリムったらっ! この金細工をあげたい娘さんがいるのねっ! いいですよっ。私が買ってあげますよ。これくださいなっ。
他には無いの? そのお嬢さんにこんなのはどう? カリムっ!」
母親の手から細い鎖を受け取って、カリムはすでに母親など眼中になかった。
体を貴金属で飾るのが好きなシャダはこれをつけたらもっと綺麗になるだろう。新しいものが手に入ると、真っ先にカリムに見せに来る。それはカリムとこうなる前からずっとだった。
気に入りのそれを身につけてカリムの前でくるくると回って笑うシャダ。
その眩しいぐらいのかわいらしい笑顔を想像して、シャダは早くテーベに帰りたくなった。
「ねぇねぇ、カリム。どこのお嬢さん? 書記長のお嬢さんがお前にくださったお手紙に返事は書いた? お見合いの話しも一杯あるんだよ? 断らなきゃいけないから。教えなさいよ。あんたにも遅い春が来たのねぇ。おとうさまにもご報告するから。ほら、誰?」
「…………同僚です」
「アイシス姫かいっ! また、高嶺の花を射止めたわねぇっ。巫女様だけど、向こうがその気なら問題ないわ。式の準備を進めてもいいわよねっ。大丈夫ですよ。お前を気にいらない娘さんなんていやしないんだからっ。今度テーベに
行ったときに私もご挨拶させていただきますよっ」
「いえ………………シャダです」
カリムはずっと金鎖を見つめたままボソッ、と呟いた。
いきなり不機嫌になった母親がヒステリーを起こしてカリムの背中をバシバシ叩き、引っかき傷を残したけれと、カリムは全然気にもしていなくて。鎖を取り上げられようとしたので思わず恫喝して、母親の腰を抜かせてしまった。

泣き叫ぶ母親を無視して、金細工をもってテーベに帰ったのはいいけれど。
カリムは早くシャダに金細工を渡したくて、会ってすぐシャダの手首を掴んで巻き付けた。
やはり似合う。
カリムはとても満足した。
シャダが持ってきた揃いの象牙の指輪。右手の薬指に嵌めてシャダが笑っていた。
「左にはつけられないからね。右に、ね? 君のには私の名前。私のには君の名前が裏に彫ってあるから。いつでも一緒だからね」
キスしながら言われて、その言葉にカリムはくらくらくる。指輪は苦手だけれど、ずっとつけていた。
鍛練するときに壊したくなくて外していたら、通りがかったセトが物珍しげに手に取ろうとしていて……思わず恫喝して言い争いになったりもした。ファラオまで出てくるほどの大喧嘩になったのだ。
「シャダと良く一緒にいるようになってから、いい意味でも悪い意味でも、お前は変わったな、カリム」
シモンからもカリムは肩を叩かれたり、した。
変わったのは、カリムにも判っていた。
愛とか恋とか、そんな感情、知ろうとも思わなかったのに。
シャダが愛惜しくて仕方がない。
だから。
シャダの別荘に誘われたのはとても嬉しかった。
二人きりだと思うと我慢できなくて。一日中シャダを抱いた。
気がついたら翌朝になっていて。あんなにしたのに、まだしたくて。
シャダが哀しそうにシーツを厭うたから寝椅子に移動させた。喉が渇いた、と言うから水を汲みに行った。
ああ、そう。シーツ……
台所でそのことを思い出し、カリムは家中をひっくり返してシーツを探したのだ。
いつも几帳面なカリムには珍しく、引き出しも戸棚もすべて開けっ放し。閉めている時間が惜しくて探し回った結果、寝室以外は惨憺たるありさまだった。
シャダに水を持っていくと、シャダは手が上がらないようで。細い手首がちぎれそうな気がしたので抱き上げて介添えした。両手で杯を持たせた。
細い手首で必死に杯を持っているシャダの、そんな姿にさえ欲情する自分をカリムは感じる。
とりあえずシーツを取り替えないとできないので、頑張った。
こんなことはした事がないので、カリムは心の中でひどく焦る。女官達はなぜこんなことをいとも簡単にしてしまうのか。
とてもみっともないシーツの敷き方だったけれど、もうカリムの下半身は我慢できなくなっていた。
シャダを連れてきて、抱いた。
抱き潰した。
「もう動けないよっ馬鹿ぁっ!」
と罵られて、カリムの方が泣きそうになった。
やりすぎた。
いつもシャダを前にするとカリムは思う。
シャダはこんなに細いのに。小さいのに。綺麗なのに。
グチャグチャにしてしまう。
止まれない。
止まれないんだ。
お前が目の前にいる限り……俺は……シャダ……
「もう…………しかたないなぁ、君はホントに」
そう言って頭を撫でてくれるシャダ。
「君に惚れてるのは私だからね。仕方ないね」
そう言って、口付けてくれる、シャダ。
シャダの細い手首で、金鎖がシャラシャラと綺麗な音を立て続けていた。
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義恋-GIREN-
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晶山嵐子
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