シナイ山 byヘボピー 
(写真キャプションby姉)

今年のゴールデンウィーク、私は姉と共に2度目のエジプトへやって来た。

去年の5月、初めてこの国を訪れた時は暑さにやられてしまい、ギラつく太陽の下、古代職人の村で病気の牛のように動かなくなった私は、その場に置き去りされるという放置プレイをされたり、狂ったように貴族の墓を巡る姉の後ろを半泣きでつい
て行ったりと、肉体的に結構ツライ思いをした。
おまけに古代エジプトにはあまり興味がないので、壁画などの貴重な遺跡を見ても「ふ〜ん。」くらいにしか思わない。

そんな私がなぜ、ボーナスをはたいて無理に会社を休んでまで、前回よりもさらにハードでマニアックさを増した今回の旅について来たのか?
それは、海外旅行がしたくても英語が話せず、そのくせ生意気にも「ツアーは自由がなくてイヤ。」なので、必然的に姉の行く所について行くしかないからなのだ。なんて情けないヤツだ!

<写真右> ルクソール西岸のクルナ村をドナドナ状態で歩くヘボピーさん。
どこへ行っても暑がって、すぐに動かなくなるヘボピーに、時折軽い殺意を抱いたのはヒミツです。

さて、旅も4日目。

2日間にわたったハードな砂漠巡りを終え(スターウォーズのロケにでも使われそうな砂漠のど真ん中、トイレに困って岩陰で用を足していた私は、4WDに乗った白人野郎どもに尻を見られ、爆笑された。)私達は、モーゼが十戒を授かったと言われているシナイ山へ向っていた。

ファイユームからカイロに戻り、スエズ運河を渡ってシナイ半島に入るのだが、朝6時に出発してからもう何時間走っただろう。エジプトに来てからというもの、ほとんど毎日5時起きで、平均8〜9時間のドライブ。キツイ…。

貨物船が通るスエズ運河を見ても、「ガリガリ君ソーダ味」のようなソーダ色のスエズ湾を見ても、私の頭の中は「どえらい所に来てしまったんじゃなかろうか…。」との思いでいっぱい。

しかし、こんなことは死んでも言えない。日本から来た古代エジプトおたくの趣味に付き合わされ、毎日もくもくと運転をしてくれる60代のドライバーさん。
ガイドのマルワさんは、体重80キロはあろうかという巨体で、車の座席がさぞキツかろうに、いつも笑顔で疲れた素振りひとつ見せない。

そして姉。ギリギリになってエジプト行きを決定した私の為に、飛行機のチケットを取ったりホテルを変更したり、いろいろ奔走してくれたのだ。
こんな人達の前で「疲れた。」なんて言ったら単なるワガママな女子高生になってしまう。

ガリガリ君色の海。ビーチでたわむれるさわやかヤングの代わりに、浜辺にわき出している温泉目当てに、そこらにちょっとトラックを停めてやってきたデカパンオヤジが目撃された。

石造りのコテージが背景の険しい山々と溶け合って、否応なく旅人の寂寥を誘うセントカテリーナビレッジホテル。


途中いくつかの遺跡に寄り、乾いた大地を走り抜け、午後五時頃やっとシナイ山の麓のホテルに到着。さっきの暑さがウソみたいに涼しい。
 
石造りのコテージの中はひんやりとして快適。だが、「いいトコだよね。」とお互いうなづきあいながら浮かれ気分だったのもつかの間、なんだか急に下痢アンド吐き気が襲ってきて、物凄く体調が悪くなってきたのだ。こんなんで山なんて登れるのか?

<写真左>ホテルの愉快なヒゲシェフが腕をふるったシュークリーム白鳥。だが、哀れなヘボピーさんは一口も食べられなかったのである。

夕食を抜き、気合いと正露丸で何とか悪体調を克服し、午前2時頃シナイ山登山口に到着する私達。
いるいる、登山客がぞくぞくと集まって来る。白人達は皆なんだか嬉しそうだ。「登るぜ!」という気迫がみなぎっている。さすが聖地。私達とは気合いの入り方が全然違う。

持ち物チェックを受けた後、山のガイドのエジプト人男性2人と合流し、マルワさんに見送られ山道を登り始めた。頂上まで約3時間ほど。上につく頃に朝日を拝めるという寸法だ。

それから歩くこと5分…。
「引き返すんなら今のうちやで。」具合の悪そうな私をみて何度も念を押す姉。
「い、いや、せっかく来たし、大丈夫…。」
己の身体の声を無視し、3時間の山登りをナメていた私の地獄はこれから始まった…。

しかし夜の山道がこんなに暗いとは。何にも見えん!懐中電灯を持って来たから良かったけど、本当はガイドが持っとくべきじゃないのかね?
それにあんたら、歩くスピードが速すぎてついて行けないんだよっ!本当にガイドか!?女性にはもうちょっと思いやりを…。などと思っていたら「あんた、お腹痛くなったら、真っ暗で見えないからここでしたら?(笑)」と姉。ガイドよりヒドイ! 

10分後…。
(やばい、まるで通勤電車で貧血起して倒れる寸前…。あと2時間半以上歩くのか?絶対ムリ!)
そんな人の為に、ここではラクダ君が山の途中まで運んでくれるサービスがあるのだ。

しかし、ラクダに乗っているのは太ったおばさん。気のせいか、乗るヤツは根性無しと周りから嘲笑されている気もする。
それに「Ooh〜!」とか言ってラクダにしがみついているから結構揺れるのかも。

しかしついにギブアップ。
私はラクダ君の背中で揺られながら満天の星空を見上げ、心の中で絶叫していた。「日本に帰りたいっ!!」
こんなにホームシックになったのは幼稚園の時以来だ。

おしりは痛いし揺れるし、高くてコワイし、ラクダ君は決して愉快な乗り物ではない。でも、今の私は彼に頼るしかない。少しでも楽になるため、私は必死で裸の男性バレエダンサーのことなど、楽しいことを想像した。

どれ位たったろうか。ラクダ使いの兄ちゃんが降りろと合図する。えっ、もう頂上なの?ラクダが途中までしか行かない事をすっかり忘れていた。ここからは歩かなくてはならない。
でも、姉もガイドも、い、いないっっ!どこに行ったん!?はぐれたのか?

パニックに陥って思考停止、地蔵のように固まっている私に、ラクダ使いが金を払えと言ってきた。が、私は金の計算にめちゃめちゃ弱いため、旅行中は金はすべて姉に預け一銭も持っていなかったのだ。小学生か!

「アイ・ハブ・ノー・マネー」力強く言うと、今までヘラヘラ笑っていたラクダ使いの顔がみるみる内に変わり、英語で何やらまくし立て始めた。しかし、そんなの英語の分からない私には馬の耳に念仏。

「ノーマネー!」「マイシスター!」を繰り返す私と、ヒステリーを起しためんどりのように「マネー!」と叫ぶラクダ使い。
世の中にこれ程噛み合わない会話があるだろうか?言葉による意思疎通の難しさと、英語の必要性をつくづく感じた。

ラクダ君は登山口で観光客がへばりそうな要所要所にバッチリ配備されている。どこででも拾えるので心配はご無用。
料金は往復で10ドル。それ以上はビタ一文も出してはならない。

第一、頂上へ至る道でラクダが通れるパートはほんの一部。あっという間に降ろされてしまうのだ。一番キツい所は自分の足で歩くしかない。

だいいち足で登っても思ったほど大したことない距離と傾斜なので、日頃から運動不足の人やハラ具合の悪い人以外は、モーゼの気持ちを想像するためにもギリギリまでラクダは我慢しよう



ありったけの英語力をふりしぼり「再びここに戻って金を払うから待っててくれ。」と言うと、「20ドル」とふっかけてくるめんどり。
一刻も早くこいつから離れたかったのでとりあえずOKし、姉を探しに一人で頂上まで登ることを決意。真っ暗闇の道にビビりながら歩を進めると、ラクダ使い達と一緒にいた若い男が、ついて来いと合図する。道案内をしてくれるようだ。ありがたい!

そこから先は、ラクダ君が登れないのもうなずく程の岩山。足をすべらせ骨折するラクダが目に浮かぶ。しかし男は、一個につき高さが駅の階段2〜3段分はある岩を、すごいスピードで登って行くのだ。
おい、私は普段1日20分程度しか歩かない女なんだよ!あんたの後方で変な呼吸音がしているのに気付けよ!ああっ、口から心臓が飛び出るっ。心臓マヒを起して私の人生こんな所で終わるのか…?
 
「もうアカン!」私はたまらず男のシャツをガシッと掴んだ。すると、今度は手をひっぱってくれるのはいいのだが、何を勘違いしたのか、小休憩の間に肩に手を廻したり、手をさすってきたりするのだ。
日本から何万キロも離れたシナイ山でセクハラ…。いくら結婚するまで女性に触れる機会が皆無とはいえ、許せない。でも、私には手を払いのける気力もなかった。

それからさらに無我夢中でついて行くと、「ここに座れ」男が合図する。ここが頂上だというけど、周りには誰もいないし、風がビュービュー吹く音が聞こえるだけ。もしかして別の所に連れて来られた!?
取り合えず座ると、男は私の太ももをさわさわと触ってきた。(コワイッ!)
頭の中では「レイプ」の3文字がぐるぐる廻りだし、恐怖に耐えられなくなった私はガバッと立ち上がると、ついにその場から逃げ出した。 

すると、風に乗って賛美歌が聞こえてきて何か建物が見える。そう、ここはすでに頂上だったのだ。

さっきの所は反対側だったんだ。やはり違う方向に連れて行かれたんじゃないか!しかも、2番乗りである。私は一体どんなスパルタ式で登らされたんだ?

疲労困憊の哀れなヘボピーさん。ダニがうじゃうじゃいそうなゴワゴワの毛布のレンタル料は10ポンド(200円)と有無を言わさぬボリプライス。

それでも借りなきゃ寒くて死んじゃいそうだから、モーローとなった人々は言われるがままに財布を開くのだ。

<シナイ山2につづく>