FROM ME TO YOU



砂、砂、砂、そして砂。
視界の果てまでも茫洋と広がるのは砂だらけの世界。
だが、タルカムパウダーのように細かい砂塵を巻き上げながら、黄褐色の大地に刻まれた微かな轍を辿ってゆけば、やがて眼前に蜃気楼のように現れる日干し煉瓦の街。
それは数千年前に栄華を極めた砂上の都である。

ああ、これは多分例の遺跡だ。
あの辺りがまだ平和だった頃、はるばるジープで足を伸ばしたとかってあいつが話してたやつだ。
この頃には影も形もなかったんだな、キリストも仏陀もマホメットも。

アルファベットとは似ても似つかぬ文字をスタンプされた遺跡を右手に収めた青年は一瞬、時空の狭間に捕らわれた錯覚に陥って、青空を思わせる瞳をぱちぱちと瞬かせた。


MR. ROMEO COOPER
C/O NATIONAL DEFENCE FORCE, ARMOURED DIVISION
ARIZONA, U.S.A.

クレジットカードの請求書、何度か会ったきりの女たちが寄越してくる熱烈なラブレター、投資向け不動産のダイレクトメール、かなり昔にロレックスのチェリーニを買った時計屋から、年末が近づくと毎年送られてくるクリスマスフェアの案内状。

そんな見慣れた郵便物の束の中に、端がよれよれになった薄汚い封筒を認めた時、クーパーの心臓はがらくたから宝物を掘り出した少年のように躍り上がった。

封書の左上には、差出人の住所もメールアドレスも、名前すらも記されてはいない。
だが、消印の文字に負けないくらい跳ね上がった癖の強い筆跡が、誰のものだかなんて一目で分かる。

「おいロメオ、待ち人からの手紙かい?顔がまっかっかだぜ」
郵便物担当の二等軍曹の冷やかしすら、いつものように軽くいなせないほど舞い上がったクーパーは、無言のまま手紙の束を胸に抱えて小走りで自室に戻る。
そして中身も一緒に破ってしまわないよう、そっと、そーっと、細心の注意を以て封を切った。

やがて、何十年も店ざらしになっていたような黄ばんだ封筒から現れた、一枚のクリスマスカード。
深い緑色を背景に、雪の中に佇む一頭のトナカイのシルエットが、銀のエンボスで印刷されている。
ごちゃごちゃと派手な絵柄が大好きなあの国の雑貨屋で、これを見つけたのは奇跡だと思えるほどのシンプルなデザインだ。

そっと開いてみると内側には、初めから印刷済みの定型文、そしてたった三行の直筆ー宛名と、結びと、そして送り主のサイン。

To Romeo

WISH YOU HAVE A MERRY CHRISTMAS
AND A HAPPY NEW YEAR

Let's hope it's a good one
MICHI HANEMANN

ちぇっ、相変わらず愛想のないことで、とクーパーは思う。
おんなじ手間かけて手紙寄越すんなら、もっと色々書いてくれても......せめてToの代わりにMy dearにしたってバチは当たらないだろうに。
そう苦笑いしたとたん、脳内でビデオをリプレイするように甦ったあの日の光景。


「今年一杯で辞めることにした」

誰よりも早くその決意を耳にしたのは、きっと自分だっただろう。
「やっぱり馴染めないんだ、今みたいなのには」

いつもの通りサッカーを見ながらジタン・カポラルをくゆらせる横で、無言のままMP5の手入れをしていた男が、ふと思いだしたように薄灰緑色の瞳を上げて呟いた言葉。
ここを辞めて紛争地の民間軍事会社に戻るという話を、にわかには信じられなくて何度か聞き返した。

だが、あの頑固者が考えに考えて決めたことだろうから、辞めるなとか行くなとかなんて何も言わなかった。いや、言えなかったのだ。

ずっと後になってそれを知ったターナーもテリーもブッチョもポーも、いつもは雪の女王よりもクールなオデッサすらもが顔色を変え、どうして好きこのんであんなところに行くんだと絶句するのを目の当たりにして、引き留めすらしなかった自分がひどく冷たい人間に思えたクーパーの胸は、それからずいぶんと長い間痛んだものではあるが。


けれどクーパーは予感していたのだ。遅かれ早かれこの日が来るのではないかと。

特殊ボディアーマーに守られた白人同士の戦争ごっこにはもう飽きた。
俺にはリアルな戦闘が必要なんだ、それがここを辞めるたった一つの理由だ、と冷笑を貼り付けて彼は言ったが、本当の動機はどこか......もっと別の所にあったのかもしれないとクーパーは思う。

それは二人きりの夜、ふとした折に口下手な男がつっかえつっかえ話してくれた事。

体の芯まで凍り付きそうな夜、白い息を吐きながら見上げる、満天の星を散りばめたプルシアンブルーの空。
険しい渓谷にリズミカルなローター音をこだまさせながら、頭上を飛びすさってゆく大きな黒い鳥に似た攻撃ヘリ。

ツタの蔦を思わせる美しい文字が散りばめられた、埃っぽい迷路のような街。漂ってくる羊料理の香り、エザーンの呼び声。
ゴムのサンダルをペコペコいわせながら辻々から飛び出してくる、人懐っこい子供達の黒い瞳。

あらゆる意味で西洋の反対側にある乾いた国々の話を、スコッチウイスキーのグラス片手に黙って聞くのが好きだった。
そんな時に彼がふと見せる、ここではないどこか遙か彼方を見つめているようなまなざしに、自分達は近い将来、離ればなれになるのではと不安を覚えると同時に、クーパーはまた深く魅せられてもいたのだ。

また、酔いが回ってきて、いつもより少し饒舌になった彼が冗談半分に話したのも覚えている。

「なんつーのかな......どうせ嫌なもんを見るような目で睨まれるんなら、社会規範とか宗教観とか......根本的なとこからして色々違うんだからな、なんていうか......分かり合えなくてもしょーがないな、って思えるだけ、あっちの方が気が楽かもな。ひゃはははっ」
その時浮かんだ自嘲気味の笑顔は、頭の片隅にこびりついて離れない。
「もちろん初めはアイツらだって気味悪がってるさ。けど......つまるところ異教徒の白人ってくくりがすべてで、多少の差なんかあろうとなかろうと奴らにとっちゃどうでもいいんだよ、多分」


人間よりも兵器が好きなエキセントリック・ハーネマン。変態、パラノイア、アウトサイダー。
彼をそうさせしめた疎外感と厭世の源は余りにも深くて、結局のところ自分にはその空白を埋められなかったのかな、と歯がゆく思ったこともある。

「でもな、ミッヒ」

黄ばんでよれよれになった封筒を手に取ると、粗悪な紙に印刷された切手の中に佇む遺跡を見つめながらクーパーは呟いた。
「俺はアンタのこと、ただの一日だって忘れたことないんだからな」

そして、半分はがれかけた切手を指先でつまむと、裏についた糊をそっと舐めてみる。
「とにかく、世界のどこにいてもいいから死んじまうのだけはやめてくれよ、頼むから」

褐色のインクで最果ての都を映した切手は、気のせいだったのだろうか、微かに砂の味がした。



<THE END>