FROM ME TO YOU ああ、これは多分例の遺跡だ。 アルファベットとは似ても似つかぬ文字をスタンプされた遺跡を右手に収めた青年は一瞬、時空の狭間に捕らわれた錯覚に陥って、青空を思わせる瞳をぱちぱちと瞬かせた。
クレジットカードの請求書、何度か会ったきりの女たちが寄越してくる熱烈なラブレター、投資向け不動産のダイレクトメール、かなり昔にロレックスのチェリーニを買った時計屋から、年末が近づくと毎年送られてくるクリスマスフェアの案内状。 そんな見慣れた郵便物の束の中に、端がよれよれになった薄汚い封筒を認めた時、クーパーの心臓はがらくたから宝物を掘り出した少年のように躍り上がった。 封書の左上には、差出人の住所もメールアドレスも、名前すらも記されてはいない。 「おいロメオ、待ち人からの手紙かい?顔がまっかっかだぜ」 やがて、何十年も店ざらしになっていたような黄ばんだ封筒から現れた、一枚のクリスマスカード。 そっと開いてみると内側には、初めから印刷済みの定型文、そしてたった三行の直筆ー宛名と、結びと、そして送り主のサイン。 To Romeo WISH YOU HAVE A MERRY CHRISTMAS Let's hope it's a good one ちぇっ、相変わらず愛想のないことで、とクーパーは思う。
誰よりも早くその決意を耳にしたのは、きっと自分だっただろう。 いつもの通りサッカーを見ながらジタン・カポラルをくゆらせる横で、無言のままMP5の手入れをしていた男が、ふと思いだしたように薄灰緑色の瞳を上げて呟いた言葉。 だが、あの頑固者が考えに考えて決めたことだろうから、辞めるなとか行くなとかなんて何も言わなかった。いや、言えなかったのだ。 ずっと後になってそれを知ったターナーもテリーもブッチョもポーも、いつもは雪の女王よりもクールなオデッサすらもが顔色を変え、どうして好きこのんであんなところに行くんだと絶句するのを目の当たりにして、引き留めすらしなかった自分がひどく冷たい人間に思えたクーパーの胸は、それからずいぶんと長い間痛んだものではあるが。
特殊ボディアーマーに守られた白人同士の戦争ごっこにはもう飽きた。 それは二人きりの夜、ふとした折に口下手な男がつっかえつっかえ話してくれた事。 体の芯まで凍り付きそうな夜、白い息を吐きながら見上げる、満天の星を散りばめたプルシアンブルーの空。 ツタの蔦を思わせる美しい文字が散りばめられた、埃っぽい迷路のような街。漂ってくる羊料理の香り、エザーンの呼び声。 あらゆる意味で西洋の反対側にある乾いた国々の話を、スコッチウイスキーのグラス片手に黙って聞くのが好きだった。 また、酔いが回ってきて、いつもより少し饒舌になった彼が冗談半分に話したのも覚えている。 「なんつーのかな......どうせ嫌なもんを見るような目で睨まれるんなら、社会規範とか宗教観とか......根本的なとこからして色々違うんだからな、なんていうか......分かり合えなくてもしょーがないな、って思えるだけ、あっちの方が気が楽かもな。ひゃはははっ」
「でもな、ミッヒ」 黄ばんでよれよれになった封筒を手に取ると、粗悪な紙に印刷された切手の中に佇む遺跡を見つめながらクーパーは呟いた。 そして、半分はがれかけた切手を指先でつまむと、裏についた糊をそっと舐めてみる。 褐色のインクで最果ての都を映した切手は、気のせいだったのだろうか、微かに砂の味がした。
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