見渡す限りの黄褐色。時折巻き起こる砂まじりの風が顔に吹き付けて目が痛む。
涙に潤んだ視界に入るものは、足元に転がる石と砂と鈍い灰色の空、そして遙か彼方で空と大地を隔てている裸の山の稜線、ただそれだけ。
そんな寒々しい風景の中、55ポンドのベルゲンを背負ってただひたすら歩いていた。

俺は一体どこにいるんだ?

ポケットから方位磁石を取り出してみても、針は狂ったみたいにグルグル回るばかりでどの方角も示そうとはしない。
ただ分かってるのは、この行程がSAS入隊試験の時の、ブレコン・ビーコンズ40マイル踏破よりずっとキツいってこと。

そしてこれは多分夢なんだろうってこと。

クソッ!なんで夢でまでこんな苦しい思いをしなきゃならないんだよ......夢ならもっとこう女の子わんさかの楽しいやつを......
そう思った途端、背後でセーフティーロックを外す音がして、俺は頭から冷水を浴びせかけられた。

「両手を頭に当てろ。ゆっくりこっちを向け」
唄うようなしゃがれ声が俺をうながす。

恐る恐る振り返ると、そこにはF2000アサルトライフルを構えたミッヒ・ハーネマンの姿。

火山灰の中から掘り起こされた翡翠みたいな瞳の奥で揺らめいている、青白い光。凍土の奥に閉じこめられた、冷たくて熱い炎。
太古の地層で眠っていた生き物の残骸を思わせる銃を構えた男は、人間への恭順を頑として拒み続けてきた、荒涼とした背景と一体となって佇んでいる。

どうしてだか俺は、その姿が信じられないくらい綺麗に思えてうっとりしたんだ。

だが奴はそんな俺にはお構いなしに、「残念ながら選抜試験には脱落だな」と冷たく言い放つや否や、俺の額にビタッと照準を合わせやがる。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよサージャント・ハーネマン.....ははっ、冗談はよせよハーネマンいやミッヒ......やめろ......やめてくれミッヒーっ!」


自分の悲鳴で目が覚めた。
流れ落ちる汗をぬぐいながら部屋を見回すと、そこにはもう人影はない。
ちょっと前まで俺の体の下で喘いでた姿も、遙か遠くの世界でF2000を構えてた、あの近寄り難く超然とした姿も。

酒を飲んでたグラスが綺麗に洗って片付けてあるのを見ると、今夜の出来事は全部夢だったんじゃないかと思わず頬をひねっちまいそうだ。
ただ、几帳面にライターを重ねて置いてあるジタンの箱を取り上げてみると、そこから姿を消した三本の煙草は、灰皿の中で吸い殻と化していた。





翌朝のこと。
あやうく寝坊しそうになった俺は、ヒゲをあたる余裕もなしに食堂に走っていって、紅茶とパンケーキを乗せたトレイを手に空席を探していた。

「よぉ、クーパー!珍しくお寝坊さんだな」
目の前に山と積まれたエッグマフィンの一個をつまみ上げ、菓子みたいにぽいと口に放り込みながら声を掛けてきたのは、サージャント・ブッチョ。
「またしてもCDI(女の子にモテモテ)か?そこそこにしとかにゃ、目の下のクマがヒデェぜ?ガハハハハ」

「サージャント、昨夜のはそんなじゃ......」と言いかけた俺はゴクリと唾を飲み込んだ。
黒ブチ眼鏡のデカブツの隣で、コーヒーカップ片手にぼんやり窓の外を眺めてる彫刻みたいな横顔が目に入った途端、おいおい......やめてくれよ......足の間でアレが急に固くなるのを感じた。

「......おっ、おはようございます、サージャント・ハーネマン」
チッ、なんで俺がこの男を見ただけでチンポ立てなきゃなんないんだ。
内心ギリギリ歯噛みしながらも精一杯平静を装って近寄ると、今初めて俺の存在に気付いたみたいにこっちに向き直ったあいつは、挨拶代わりにかすかに頭を動かした。

けど......ありえない。
昨夜の一件なんぞ何もなかったかのように、灰緑色の鉱物を思わせる瞳には、たったひとかけの感情すら浮かんでないだなんて。

なんなんだこれは、ぜんぜんワケ分かんねーよ。
あれだけしっぽりやっといて、もうちょっとなんかこう......俺に対する態度とか雰囲気ってもんが変わってもバチは当たらないんじゃないの?

そんな俺の狼狽を知って知らずか、あいつは自前のコーヒーカップ片手に立ちあがると、「じゃ、俺は午前の講義があるから」とスタスタ行っちまいやがった。
オイオイ......ウソだろ? ハメたつもりがハメられたのはこっちなんかよ。

畜生!この変人!ド変態!陰険男!ろくでなしの兵器フェチ!

心の中で精一杯毒づく俺は、よっぽど妙ちくりんな顔してたのかな、6個目のマフィンを飲み下したブッチョがちょっと声を低くして聞いてきた。
「どうした?またミッヒにイビられでもしたのか?」

「......ええ......イビられるどころか、思いっくそギタギタにされて死にたい気分ですよ」
自分の口から飛び出した言葉に、ちょっとびっくりする。
「まぁ......あんまし気にすんな。ハーネマンってのはああ見えても、根は案外シンプルでやりやすい奴だからな、何されても上手く流せばいいんだ。そこはまぁなんつーか.....慣れの問題だな。ガハハハ」


......慣れの問題......馴れの問題。
そう言われれば確かにそうかもしれないけど、あいつとは死ぬまで馴れ合えないような、そんな予感がしないでもない。
けど少なくとも久方ぶりに味わうこの感じ、なんかたまらない。SASの入隊選抜試験の時みたいにゾクゾクする。

「ええ、俺も少しでもサージャント・ミッヒ・ハーネマンに馴れられるよう、努力してみますよ」

そう答えながらアールグレイを一気に飲み干した俺は思った。
明日からは紅茶じゃなく、自前のカップにコーヒーを入れてみよう、と。



<THE END>


ついにやっちまったー!
ご存じの通り、公式に判明しているデータが少なすぎるゆえ、妄想に次ぐ妄想設定で申し訳ない限り。あくまで「ふーん、ミキさんはこう解釈してんだぁ」程度にお読み頂ければ幸いです。

ウォートランに出会った頃は、「ハーネマンは銃器愛だからカップリングとか考えられないー」とかほざいてたくせして、初めて書いたお話はいきなりクパハネですよ奥さん・・・・・・人間もナマモノの一種ゆえ、腐るのは早いもの。

ただ、クパxハネとは言いつつも厳密にはハネ←クパ。
私にのハーネマン像は、人間嫌いというか、同種族よりも人間以外の魂の存在を感じそれに惹かれる人間なので、人であるクーパーは永遠に彼を追いかける立場です。

なお、題名の「アペラシオン」とは「出現」という意味。
クーパーの目の前に突然出現して、彼の一生を通してその心の奥に留まり続ける男、そして一時的にせよハーネマンを虚無と孤独の海から引き上げた男の、お互いの人生へのアペラシオン、というニュアンスでこの単語を選びました。

また、これは私の愛する世紀末の象徴主義画家・ギュスターブ・モローの代表作のタイトルでもあり、「アペラシオン」には、王女サロメー冷感症の処女ーが光り輝きながら空中に浮かぶ聖者ヨカナーンの首ー愛するあまり己が命じて斬首させた男の首ーを、恐れつつもなお凝視するシーンが描かれています。

萌えが高じてお話を書くのは2年ぶりくらいですが、久々に書いてて楽しかったです。やっぱり萌えって大事なもんだなぁ、とつくづく思いました。
これからも孤高で豪華なハーネマンと、受難の人クーパーのお話を書ければと思いますので、これに懲りずにまたよろしくお願いするっス<m(__)m>