WALLS AND BRIDGES


「こういう色の空を見るとあの頃のことを思い出すな」

ハーネマンは黄褐色に枯れ果てた芝生の上にゆっくりと腰を落としながら言った。厚地のカーゴパンツを通して、死んだかに見えて実はひっそりと生命力を蓄えている植物の、冷たい呼吸がかすかに感じられる。

「スゥイニー、結構面白い奴だったぜ。ああ、あっちで一年ほど一緒に仕事したアメリカ人。これがまたスゲェ飲んだくれでさ、まるでザル!けど仕事となるとビシッとして気持ちのいい奴だったよ。射撃の腕前も俺が一目置くほどだったし」
「でも、どんなに腕が立ったって、30の声聞く前にお陀仏になってちゃ意味ねえよ。金貯めてオフクロさんに海辺のコテージ買ってやるって張り切ってたのにな。そう......そうなんだ、大腿動脈の破裂。雨とあられの銃撃が一瞬止んで、気が付いたら死んじまってた。まるきり眠ってるみたいだったけどな、太股にどでかい穴が開いてたよ」

「それにしてもまさか女を使うたぁ思わねえだろ?いや......女っていうより女の子って年だった。そんな子供に爆弾抱えさせてドカーン!そこへ対向車線からマシンガンぶっ放しながら突っ込んでくるなんざ、一体誰が想像する?」
「まさかあんな子が、って思ったのが運の尽きだった。でも『警告に従わない者は撃つべし』って筋肉繊維の一本一本に染みついてる奴でもさ、あるだろ?一瞬迷うことって」

「迷うで思い出すのはソニックの野郎だ。あと2、3日すりゃロイヤルヨルダン航空で国へ帰ってヨメさんの手料理でも食ってられたのに......」
「暇潰しにサバーバンに乗り込むって言うから、そんなアホな真似やめとけって止めたらちょっと迷ってたんだな。けどやっぱ宿舎にカンズメは退屈だからって、結局乗っちまった。そうなんだ、9ミリ弾で顔の半分持ってかれちまって、せっかくの男前が台無しってやつ」

「そうだな、あの日は酷かった。スゥイニーとソニックはくたばっちまいやがって、レックスとタジマは今じゃ車椅子生活、ハリーも二度と銃が持てない手になって......後遺症が残らなかったのは俺だけで。いや、ソニックがあとちょっと顔をそらしてたら、今頃こっちの方が天国に......は?地獄じゃないかって?......ひゃははっ、それは言える。いずれにせよ、俺の頭が無くなっちまってたのかもしれんがね」

「数えたこと?ないよ、死んだ同僚の数なんか。そりゃ何も感じねえっつーとウソんなるがな、数えてどうなるってんだ?......ははーん、お前も意外と感傷的なんだな。ただ......なんつったって兵隊は命カタに入れて高い給料もらってるんだからさ、覚悟は取りあえずできてんだろうよ。だからIED(簡易爆破装置)に吹っ飛ばされようとAKに撃ち抜かれようと、ある意味仕方ないって思うしかねえよな。そうだろ?」

「ただ、民間人となると話が違う。お前も知ってるだろ......いや、俺に会う前の話だから知らないか、うちのバアさん。......なんで近所に買い物に行っただけの年寄りがテロの巻き添え食わなきゃなんねえんだ......?せいぜいあと10年、いや20年ほっといてやってくれりゃあ、黙ってても自分から天国に行っただろうに!」
「ああ、ホントに優しい人だったぜ。大好きだった。そう、そうだ、そのとおり。それが俺がこの世界に入ったそもそものきっかけってわけ」

「え?ならこんなとこでトロトロやってるのはどうしてだって?お前、『復讐に百年かけるとしたら急ぎすぎだ』ってアフガニスタンのことわざ知ってるか?......え?そんなもん知らないし知りたくもないって?......まぁ確かにそうだな、ここにいると敵が一体誰なのか、自分が何をやりたかったのかさっぱり分からなくなっちまう......」


「......なぁ、お前はどう思う?」
長い沈黙の後、男は膝に乗せたM4のショルダーストック(銃床)を、白い指先で優しくなぞりながら呟いた。

「奴らはあっさり死んじまって俺は生きてる。これって一体なんなんだろうって時々思うんだ......ああ......そうだな、お前の言うとおりだ。ほんのちょっと遅いか早いかの違いをウダウダ言っても意味ねえよな......そりゃそのくらいは分かってるさ。分かってるけど......」

......とその時、耳元に熱く生臭い吐息を吐きかけられて反射的に飛びすさるハーネマン。
同時に太股のホルダーからナイフを引き抜くや、姿勢を低くして臨戦態勢で相手を確認するが、すぐにほっとしたように力が抜けてゆく全身の筋肉。

「おいおい......お前らいい加減にしろよっ!頼むから帰ろうよ、もうメシの時間だぜ......これじゃ俺のトレーニングじゃなくってお前らの......あ......?」

ハーネマンの背後で、巨大な犬歯の間から真っ赤な舌を出してハァハァと荒い呼吸をしているのは、将来を嘱望される若き爆弾探知犬たちー銀灰色のジャーマン・シェパードと、漆黒のロットワイラー。
筋骨たくましい犬どもに半ば引きずられるようにして姿を現したのは、スカイブルーの瞳の青年。

青年はまずい所に出くわしてしまったと言いたげな、なんとも気まずそうな顔をして犬たちを睨みつけながら、ライオン色の頭をぼりぼりと掻きながら謝った。
「すんませんサージャント・ハーネマン、なんか......お邪魔しちゃったみたいで......こらっ!お前らがガツガツ走りたがるせいで......」

一方、拍子抜けしたハーネマンはゆっくりとナイフを収めると、ハードなランニングのお陰で全身汗びっしょりの青年を眺めながら、威嚇するような低い声で唸った。
「どうしたクーパー、ケーナイン(犬の訓練部隊)でもないお前が犬連れで」
「いえ、その......理由は全くたいしたことないんスけど......」

いかにも利口そうなとび色の瞳で自分を見上げるシェパードの頭を、くしゃくしゃっと撫でながらクーパーは言った。
「来る日も来る日も同じコースを一人ぼっちで走るのに飽きたんで、たまには犬と一緒にジョギングしたら楽しいかな、って思いついたんです。だからK−9でこいつら借りてきたんスけど......やっぱペース乱されてぜんぜんダメっスよ!あははははっ」

天真爛漫な青年の言葉に、小馬鹿にしたように鼻を鳴らすハーネマン。
「ふん......バイクで引っぱらにゃならんような犬二頭も連れて、人間がチンタラ走れるわきゃねえだろが。なんつーか......お前もけっこう妙な奴だなぁ......」
そんな半ば独り言のような台詞は、相手の耳に届いていたかどうかは分からない。

だがともかく青年は、一度限りのこの人生が楽しくてたまらないとでも言いたげな笑顔を浮かべると、毛むくじゃらの生き物たちの背中をぽんぽんと軽く叩いて、さあ家へ帰ろうと促した。
「じゃ、こいつらをケンネルに戻さなきゃならないんで......」
そして上官に軽く敬礼すると、犬に引っ張られるように走り出す。
「おいっ、マックス!チムニー!引っ張るな!頼むからゆっくり行けってば!」

砂埃を巻き上げて小さくなって行く二匹と一人の後ろ姿をしばらくじっと眺めていた男は、 「......チッ......アホくさ......」と 小さく呟くと、パンパンと音を立ててズボンの砂をはたく。

「じゃ、俺たちもぼちぼち行くとするか」
ハーネマンは強化プラスチック製の相棒を肩にかけ直すと、枯れた芝生の上に長い影を落としながら歩み去ったのだった。



<THE END>