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WILL YOU TOUCH ME
奴は人に触れられるのが嫌いだ。
初めの頃は挨拶がわりのキスはおろか、手を握ることすら全身で拒否するもんだから驚いた。
今でこそ興に乗るとかすれた喘ぎ声を上げながら、夢中で手足を絡ませてくることもあるけれど、コトが終わると相も変わらず、睦言のひとつもなしに背中を向けて寝てしまう。
うっかり肩なんぞ抱こうものなら、思いっ切り尻尾を踏んずけられた猫みたく怒るから苦労する。
けど、俺は奴とは反対で。大好きな人間とは触れ合ったり抱き合ったり、思いっきりイチャイチャしたい方なんだ。
だってほら、ジョンだって歌ってるじゃないの。
"LOVE IS TOUCH, TOUCH IS LOVE
LOVE IS FEELING, FEELING IS LOVE"ってさ。
だから俺は奴にどれだけ嫌がられようと、鈍感なフリして手を伸ばす。
うっかり調子に乗りすぎると唇を固く結んだまま立ち上がり、さっさと服を着て振り返りもせず出て行っちまうけど...... たまには今日みたいにご機嫌な日もあって。 そんな時には肩を抱いて甘ったるい台詞を囁いたり、女みたく白くて長い指をもて遊びながらベタベタしても、黙ってじっと大人しくしてることもある。
「ああ、気持ちいい」
骨ばった肩を抱き寄せて撫で回しながら、俺は思わず溜息をつく。セックスのさ中ですらひんやり冷たい奴の体を抱くと、いつも思い出すのは底にブルーが沈殿したような白磁の触感。
「こうやってアンタに触れるの、大好きなんだ」
黙ってるから下半身まで手を伸ばしたら、「ウゼぇ。発情期かお前」と面倒くさそうに払いのけられた。
「発情期だって?残念でした、オスにはそんなもん無いんだぜ」と俺はめげずに言い返す。「好きな相手がいたら365日が発情期」
「......犬かよ」
「ああ、犬だよ。アンタのハンティングにはどこにでもついて行くイングリッシュセッターさ、バウ!ワウ!」
「チッ......食えねぇ奴だな」
あいつはそう吐き捨てると、ぷいっと壁の方を向いてしまった。
仕方ないから俺はこっちに背中を向けたまま、寝たふりしている奴を視姦する。
俺の視線は尾てい骨から始まって、皮膚の下に薄く浮き出した、数十万年の風雪に晒されてようやく地表に姿を現した石灰石みたいな背骨の列をなぞり、ごつごつした肩胛骨の尾根を辿る。
そして万年雪を頂いたキリマンジャロの頭頂から、優美なカーブを描く首を経て、筋張った肩へと滑走する。
脂肪、贅肉、そして体毛。余計なものをあっさり捨ててしまった裸はぞっとするほど綺麗だけど、
それと同時にどこか寂しい。
それを見てると俺までが、寒風吹きすさぶ冬の荒れ地にたった独り立ちすくんでるような、寄る辺ない気持ちになってくる。
「なぁ......なあミッヒ」
静かに上下している背中に俺はおそるおそる手を伸ばす。
軽く揺さぶると無言のまま、肩越しに投げかけられた翡翠の視線。
「ミッヒ、俺.....怖いんだ」
「......何が」
「何なのかよく分かんないけど......凄く怖いんだよ」
そう言うと可笑しそうにちょっと目をすがめながら、肩に置いた左手を取って自分の胸の上にやる。
「まぁ.....よくあることだから気にすんな」
そう呟きながら俺の手を強く握りしめてきた奴の手は、いつもよりほんの少しだけ暖かかった。
<THE END>
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