Initiative by osugi252
「しかし! あれはハーネマン教官の……グッ!」
言いかけたクーパーの顔面に、テリーの容赦ない拳が飛ぶ。
「口答えの必要はない!いい加減候補生としての立場を理解しろクーパー!次のブリーフィングまでに腕立て100!」
「Sir,……Yes,Sir!」
隣で小さくキヒヒヒと笑うハーネマンを、テリーはギロリと睨む。
「おまえもおまえだ、ハーネマン。いつになったら教官として範たる振る舞いを覚える!いかに技術が優れていても、指揮官としては候補生も同然だ!腕立て50まで付き合ってやれ!分かったか!」
「……Sir,Yes,Sir!」
※ ※ ※
──なんだってバトリング・チャンプの俺が、こんな醜態さらさなくちゃなんないんだ。
黙々と腕立て伏せを続けながらクーパーは悪態をついた。ランニングコースを走る新兵たちの視界に入るグラウンドでの懲罰は屈辱以外の何者でもない。彼はその原因を作った教官……隣で同じく腕立て伏せを続けるハーネマンをじろりとねめつけた。視線に気付いたハーネマンは、こっちこそ付き合わされて迷惑だと言わんばかりにフンと鼻を鳴らした。
「お、ついにチーフ直々にお達しがあったか?お二人さんよ!」
ランニング途中に通りがかったブッチョが声をかけてくる。
「おい、ブッチョ……」
ハーネマンは腕立てを続けながら、アゴでクーパーを指し示す。彼の意図するところを察したブッチョはニヤリ笑い、クーパーにずかずかと歩み寄った。
「おい新入り!ケツが上がってるぞ! 負荷UP!」
「え!?ちょ、ちょ待……ぎゃああああああ!!!」
ブッチョはクーパーの上に、まるでベンチにでも座るようにドガンと腰掛けた。
無様にベシャリと潰れた彼の耳に、キヒヒヒという笑い声が届く。
「ンの野郎……ッ!!!ぐぉおああああ!!!」
クーパーはバトリング・チャンプにあるまじき憤怒の奇声を上げつつ、根性でブッチョの体重を持ち上げた。ブッチョはヒューと口笛を鳴らす。
「ブッチョ教官! あのヤロ……教官殿もやっちまってください!!」
巨漢の体を支えたまま叫ぶクーパー。その根性を認めたのか、ブッチョはのそりと立ち上がり、今度はハーネマンに歩み寄る。
「ミッヒよ!おめーも最近体なまってんじゃねえのか?負荷UP!」
「お、おまえどっちの味方……ギャフッ!!」
ブッチョに容赦なく腰を下ろされたハーネマンはベシャリ潰れて土をなめた。
「ガッハッハハハ!……ったく、面白れえよなー、おまえら。だけどよー、ガキのケンカもいい加減にしないと、チーフを本気で怒らすぜ。仲良くしろよ。な?」
※ ※ ※
「仲良くなんてできっかよ」
腕立て伏せを継続しながらクーパーは吐き捨てる。
「誰が!こんな野郎と!仲良くやってけるってんだ…」
初めて出会った1週間前。教官と知らずにバーで声をかけたのが、彼にとっての災難の始まりだった。
意外にすんなり口説き落として、拍子抜けしながらもシャワールームで手に入れたひとときのクールなキス。その直後にもたらされたのは、銃での脅迫、殴打、手加減なしの顔面前蹴り、それから、それから……。思い出すだけで苦いものがこみ上げてくる。
しかし、その日の出来事が、ある種アブノーマルな甘美さを伴って脳裏を離れないのもまた事実であり……。それがなおのことクーパーをイラつかせているのだ。
隣で同じく腕立てを継続するハーネマンは、クーパーに悪態を投げられても表情一つ変えない。
「俺が気に入らないなら、これ以上もめる前にさっさと出て行きゃいいんじゃないのか。英国バトリング・チャンプ様の転属願ならすぐ通るだろう」
「フン。"あんたがいるから"、俺は辞めねえんだよ」
──あんたをギャフンと言わせるまで、誰が辞めてやるかよ。
クーパーが横目でにらむと、ハーネマンはニタリと笑みを返した。
「そうだよな。クーパー君は、実は俺のことだァい好きだもんな?」
「あぁ!?誰が──!」
叫びかけた瞬間、ハーネマンはひょいと体を起こして飛び上がった。腕立て50回のノルマを終えたのだ。
そのままグラウンドでひょいひょいと数回ジャンプしたかと思うと……腕立て姿勢のままのクーパーに、どっかと馬乗りにまたがった。
「ちょ、ちょぉおおおお!?ちょ、待っ!?教官っ!?」
いきなりのことにうろたえるクーパーの背に乗ったまま、ハーネマンはいつものキキヒヒという笑い声を立てる。両足は地面についているものの、体重のかなりの部分をクーパーの腰に乗せていた。
「どうした?ブッチョの体重を支えたんだ、このくらい軽いだろう?」
──い、いやそういうことじゃなく!
きょ、教官殿の尻が股が太ももが!いろいろヤベエー!!
「ほら、続けろよ……50……51…」
ハーネマンは腕立て伏せのカウントを始めるが、クーパーは背中に教官殿を載せ、両腕で2人分の体重を支えプルプル震えたまま、わずかに肘を曲げることすらおぼつかない。
──何てこった。
30前のオッサンに馬乗りされたぐらいで……
俺としたことが……
あれやこれやいろいろ想像しちまう!!!
ギャフンと言わせてやりたいはずの、にっくき教官殿の重みと体温とを己の腰に感じて、クーパーの中で愛憎入り混じった妙に倒錯的な高揚感が湧き上がる。
──俺の腰の上に教官の尻がいや腰というか尻というか微妙なあたりに教官の尻というか股というか太ももの手ごたえが何というかとにかく…ヤバイ!
「だああああああ!!!」
耐え切れずついにはベシャリとつぶれたクーパーの上で、ハーネマンはキーヒッヒッヒ!と悪魔じみた笑い声をたてる。
「どうした……続けろよ。ほら、はやく続けないと──」
「ぐおっ!!!」
いきなり腰にからみついてきた足にクーパーは息をつまらせる。ハーネマンの鍛え抜かれた内腿の筋肉が万力のように腰を締め上げてきたのだ。
「教官!ちょ、まじ、ギブ……!!!」
──やばいやばいやばいやばい、
教官の股でボディシザースはやばい……!
「だあああああーーーっ!!」
恥も外聞もなく怒涛の匍匐前進でグラウンドを這うと、ひきずられかけたハーネマンはなんとか拘束を緩めてくれた。
ブリーフィング前の招集サイレンが遠くに聞こえる。
グラウンドに伏してゲホゴホと咳き込み、ゼエハアと息をつきながらクーパーは、一体全体なぜ自分がこんな目に合わなくてはならないのか、考えた。
背中に乗ったままのハーネマンは、クーパーの襟足の、少し伸び始めた赤毛を撫でながらもう一度言う。ゆっくりと。喉の奥で笑い声を立てながら。
「クーパー君は、俺のことだぁい好きだもんな……?」
<勝手に次回予告(ウソ)>
電波受信アンテナの感度が高く、自分にホレてちょっかい出してくる野郎のことは意外によく分かっていたりするハーネマン。しかし事象的に分かっているだけで心情的に分からないので、実はクーパーのことを「イジメがいのある新兵」ぐらいにしか思っていない!
一方のクーパーは色白サイコ野郎のイカれた挙動にムカつきまくっているのに、20歳のヤリたいさかりが災いして身体はビンビン反応中!すっかりイニシアチブを取られてしまった!さあどうするクーパー候補生!下克上なるか!?次回「星の降る夜の個人授業」乞うご期待!
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