「お手とチンチンと撃たれて死んだマネと10分間のおあずけをさせられた結果もらったものは小型犬用のジャーキー一本」だったドーベルマンのような物足りなさを味わった前日のツアーコースのカイロ博物館鑑賞は約2時間。

限られた時間でガイドが案内してくれるのは、当然ながらみんな大好きツタンカーメンの秘宝であって、「下々の者の生活用具」なんか見せてもらえるわけない。まぁそれもツアーなので当然と言えば当然。はるばるエジプトくんだりまで来て、百姓のクワとかカツラとかフンドシなんか誰も見とうないわなフツー。
でも私が本当に見たかったのは、そういう美術書に取り上げられない小物類だったのだ。


・・・というわけで、日本へ帰国するその日は、ロビーへの集合時間が午前10時半と若干時間の余裕があったので、朝7時にホテルの部屋を出た私は、客よりも威厳たっぷりなフロントのオヤジに尋ねてみた。

「博物館は何時から開いてるの?」
するとオヤジ、自信に満ちた表情でキッパリと答えた。「開館?8時や」。
さすがワールドワイドに観光客を招き入れてる博物館だね。開館早いわ。

それじゃちょっと早めに行って開館まで門の前で待つことにしようかね、というわけで、ホテル前からタクシーに乗って、いざ!カイロ博物館へレッツラゴン!!

・・・ところが。

タクシーを降りると、博物館の門は死んだアサリの口よりも固く閉じたまま。その回りを警官(※)が十重二十重に取り巻くさまは、テロ直後のどこぞの国の大使館の趣である。
おかしい!
胸の奥を何かとてつもなく不吉な予感がよぎる。

おそるおそる近づいてみると、門には私の一縷の望みを打ち砕くがごとき「OPEN・9:00」の文字。
ああ!あの自信はどこから来たんだ!フロントのオヤジ!

(※)とにかくエジプトには警官が多かった。例の観光客射殺事件以来、観光業が最大の収入源であるエジプト政府は、治安の維持にその威信を懸けているためだそうだ。あと失業対策って意味合いもあるみたい。

(←)エジプトには積載重量という観念は存在しない。


その後の開館までの約1時間半、通勤客が溢れる地下鉄駅や、博物館をガードするシェパード犬の脱糞シーンや、20年前から軒先に下がったままのムームーを並べている熱海の土産物屋にも似た、趣深い洋品店を鑑賞・・・

そんなあんまし楽しくないカイロ散策でヒマを潰し、最後は時間を持てあましてしょぼい公園の、今にも土に還りそうな崩壊寸前のベンチから、道行く人を観察する不気味な東洋人を演じたりしていた。

でもそんなに長いことウロウロしていた割に、5分おきに絨毯売りに声を掛けられるイスタンブールと違って、カイロはほとんど声を掛けてくる人間がいなかったのにはちょっとびっくり。まぁ時間的なものもあったのだろうが・・・

声を掛けてくる人といえば、人数が多すぎてヒマを持て余している若い警官たちのみ。"Can you speak Arabic?"って、話されへんっちゅーに!(怒)
でもまだ子供みたいなキュートな子もいたけどな・・・じゅるっ。


さて、そうこうする内に8時半。
余裕たっぷりで博物館に戻ってみると、すでに開門された門の辺りは黒や白や黄色の人たちで黒山の人だかり。

9時に開くというチケット売り場にはコミケ並みの行列が出来ている。しまった!10時にはここから出なくちゃならないのに!烈作ってたら時間がないよ!(泣)

(→)旗がハタハタとはためくカイロ博物館正門。オープンは9時ですのでお間違えなきよう。

するとその時、呆然とする私の傍らに、氷上のプリマドンナのようななめらかな動きで近寄ってきた血糖値が高そうなオヤジ。

「ガイドいらんかね?」「・・・」「所蔵品が多いからガイド無しではキツイよ」「・・・いくら?」「10ドルでいいよ」「オッサン、この博物館の所蔵品のこと全部知ってるの?」「おう!モチよ!何でも聞いてくれ!」「1時間しか時間がないから、的を得たガイドをして欲しいねん」「おぅ!任せとけ!」・・・というわけであっさり交渉成立。

するとチケット売り場の裏口に消えゆくオヤジ。体格の割に動きがやたらと軽快だね。
そしてすぐさまチケット片手に戻ってきて曰く、「本当はカメラ持ち込み料金がかかるけどワシの顔で要らないんよ」・・・ふーん。

私の懐疑のまなざしにはお構いなしに、タヌキ腹のオヤジは私を引率して戸外ゲートをさっさと通り抜け、X線ゲートの警備者に親しげに挨拶、ノーチェックで館内にずんずんと進んで行く。

「キミ、いいガイドを雇ったね!彼はこの博物館のガイドナンバーワンだよ!」
そう笑いかける男前なアンちゃんの爽やかな笑顔に、さっきまでの溢れる懐疑はどこへやら。すっかり嬉しくなった私は思った。「チケット買うのに並ばずに済んだし、ひょっとして私ついてるのかも!」・・・まったく現金なもんだ。

とはいえ、それと同時に余りにも押しの強いオヤジのトッパぶりに、なお一抹の不安を拭い切れないのも確かであった・・・(3へつづく)

 

(←)とある高級ホテルのロビーにディスプレイされていた「ラムセス二世像」(のつもり)

いっそ飾らない方がいいんじゃあ・・・と言うとマネージャーは傷つくだろうか。