パラドックス   by ドクターK

シャダはカリムが苦手だった。勿論幼なじみで親友で軽佻浮薄と言われることもあるシャダにとっては色恋の混じらない唯一の友達だといってもいい。もし友人をひとりあげろといわれればシャダは迷いもなくカリムを選んだだろう。
だがとても苦手だった。

最近それに気付いてしまったのはカリムと会うときがたいてい嫌な話の時ばかりだったからだ。
それはシャダが引き起こしたことで自業自得といえるのかもしれなかったが、カリムの落ち着き払った目の色と諭すような口振りに晒されるといたたまれなくなるのが常だった。そんな話を聞きたいわけではないのに聞かされると嫌になる。
苦手というなら余程セトの方だと思っていたのだが、カリムへのそれは表現しがたいような居心地の悪さを含んでいた。

カリムといると落ち着かなくなる。
時にはカリムに八つ当たりさえして自己嫌悪に陥るほどだった。
昔が懐かしいとシャダはよく考えた。
屈託のない頃はカリムといるのは楽しかった。
いつ頃からそれができなくなったのだろう。
神官になってしまったからだろうか。

「シモンさま……」
「どうした?」
自分に背を向けて熱心に作業を進めている恋人の名をシャダはそっと呼んだ。そっと呼んだつもりが静かな部屋では思わぬ大きな響きになって振り返らせる。

シモンはシャダの愛する人だった。
いったいどうしてこうなったのか説明するのも面倒だったがとにかくそうだった。
ファラオに仕え知的で思いやり深い年上の男をシャダは全身で尊敬し愛していた。
シモンはシャダの回りにいたどの男とも違っていた。
出会った頃から射抜かれたかのように惹かれたが、知れば知るほどシャダにとってシモンは特別な存在だった。
それまでシャダはシモンのような人に出会ったことがなかった。
そうしてそんな愛され方をしたこともまたなかった。

シモンに出会う前のシャダは遊ぶのがとても好きだった。好きだと思えば簡単に夜の相手をし、恋愛はおよそゲームのようなものだと感じていた。
勝つか負けるか。
大概はシャダの勝ちで勝ってしまうと途端に飽きた。
好きだから恋愛を続けようという意志は微塵もなくて、逆にそのことで苦しんでいる人間を見ると心の底から疑問に思ったものだった。
恋愛はそんなものじゃないだろうと。
そもそも飽きたゲームをなぜ続けなければいけないのかがわからなかった。

だがシモンとは違った。
先の見えないゲームをしているようなそんな気がする。
シモンの考えはまったく読めずいつもシャダはシモンが次にどうするのかわからなかった。そうしてそれがシモンに執着させ夢中にさせた。シモンのことをみつめていてシモンのことを考えるのはシャダの密かな喜びだった。

「……どうしたのだね、シャダ」
問われてぼんやりと顔を見上げていたシャダはハッとする。
気が付けばシモンに見とれていたのだった。
だがそれを口に出せず急いで考えていたことを打ち明ける。
「……私はカリムが苦手です」
「なぜ」
「なぜかはわかりません」
「そうか」

わからない。
本当にわからないから困っている。
そうしたら優しく頬を撫でられてシャダは目を閉じた。どうしてこんなことをシモンに告白しているのだろう。
だがシモンを愛するのと同じぐらいカリムのことを考えると居心地が悪くなる。それを抱えているのが苦しくてたまらなかったのだ。

そうだ、わからないふたり。
シャダにとってふたりのことだけがまったくわからない。
共通点などなにもないのに。
「眠りなさいシャダ」
命じられてそれに大人しくしたがった。
ただ撫でられる手の動きだけを感じていようと思う。
明日の朝またカリムに会うのだろうか。勿論同じ神官なのだから会うだろう。そうしてまたあの目で諭されるのだろうか。どうすればカリムのことを笑ってやり過ごせるようになるのだろう。昔に戻るにはどうすればいいのだろう。
シモンのことだけ考えていられればいいのにと願いながら、決してシモンがそうはさせてくれないのも知っている。
シャダは神官でシモンだけのものではなく、またその逆もしかりだ。
だがこの瞬間だけはいいだろう。

眠りに落ちていく直前シャダは悲しげなシモンの声を聞いたと思った。だがすでに眠りに落ちていく身は引き止めようもなくそれは夢として記憶の奥底にしまい込まれた。
そうしてそのシモンを知っているのは空の星々だけだった。

ドクK/2004/4/8