2015年8月8日(土)
昨日、カナの一周忌のために向かった花屋。今日びなんでもかんでも高くなってるけど、花の値段もぜんぜん変わってる。消費税アップ前は一束398円が中心価格帯だったのに、今は698円。キツいなあ。
……と戸惑いながら店頭を物色していると、目に入った「お風呂用 一本20円」の札。あと一押しで首を垂れそうなピンク系の可愛いバラの花がぞんざいにバケツに放りこまれている。
一周忌にこんなもん買うのはカナが可哀想?という思いが頭をよぎったものの、5秒後にはバケツごとレジに運んでいた。遺骨のある居間は日中は蒸し風呂状態になるので、高いお金を出してピンピンした花を買ったとしても、あっという間にうなだれてしまうに決まってる。
それにカナはすごいしまり屋だったから、生きていればきっと「ちゃあちゃ、花にそんなにお金かけてくれなくてええで」と言うに決まってる。そう都合良く解釈して払った支払った代金は640円。
この店で一本20円の花なんて初めて見た。タイミングが良かったなあ。これもカナのお陰かなあ、とお得気分で帰宅したのであった。
盆前にもなってツバメの話でもないんだが、先日のレスキュープロジェクトの顛末を少々。
カラスからツバメのひなを守るため、人目を盗んで空き店舗の軒先に黄色い糸を張ったのは6月の日記に書いたとおり。
早起きとドキドキの甲斐あって二羽のひなはめでたく大空へと放たれ、私たちは期日前ギリで年賀状をポストに投函したような安堵で胸いっぱいだった。
さて、巣立ちを果たしたツバメ一家、そのまま北国目指して飛び去ると思いきや、ひなが飛び方を会得するまで巣のそばから離れないものなのだろうか。日が落ちると巣の近くの電線で、親子四羽が肩を寄せ合って休む姿が観察できた。
しゅっとしたフォルムの両親とずんぐりした二羽の子供。黒いシルエットを目にするたびに「巣立ちの手伝いができてよかったなあ」と胸がきゅうんとなって、マヤの散歩の際には必ず電線を見上げたものだ。
だが、すぐに私は野生動物が生き延びることの難しさを思い知ることになる。
それは巣立ちから一週間ほど経ったある朝のこと。ツバメご指定の電線の下を通って散歩に行く途中のマヤが、坂の上の黒い塊に向かってまっしぐらに突進した。 意地汚いマヤは誰かが投げ捨てたコンビニチキンのひからびた骨や、ネコばあさんがまいたキャットフード、ラーメンのだしを取ったあとのゲンコツや、除草剤をかぶったパンのかけらでも、食べ物と見るや0.2秒でパクッといくから油断は禁物。 「マヤーっ!ダメーっ!」と叫びながらワン公を引き寄せて黒い物体に目を凝らすと、なにやらイワシの頭のよう。カラスがゴミ袋を漁ったのかな。
でも、目を近寄せて見たらイワシじゃなかった。口を半開きにして目を固く閉じたツバメの頭だった。頭の大きさとくちばしの黄色さからして、あれは親ではなくひなの片方だったと思う。
昨日まで楽しげにじゃれあっていたものが、一夜明けると無残な死体になっている。
ショックのあまり体が震えた。カナの遺体を発見した時の衝撃が蘇って、すこし安定しつつあった精神状態が一瞬で後戻りするくらいの大きな一撃を食らった。
それから2週間ほどの間、憂鬱に苛まされた。
かつてツバメだったものの残骸が落ちている道は、マヤの散歩で通らざるを得ない道。仕方なく毎日それの横を通り過ぎた。
卵からかえって巣立つまで、どうか上手く育ちますように!と祈りを込めて成長を見守った生き物の「死」。それに直接触れると落ち込みがひどくなりそうなのが怖くて、自分ではどうすることもできなかった。
哀れに思った誰かが拾って処分してくれるか、ネコかカラスが持って行ってくれることを願ったけれど、ツバメの頭はいつまでも坂道の中途に転がっていた。
だが車のタイヤに押しつぶされ、太陽に照らされ風にさらされるうちに、ツバメは少しづつひからびて小さくなってゆき、元がツバメだと知らない限りゴミとしか思えない様子になって、ある朝姿を消していた。
それに気づいた時には言い知れない虚しさを感じると同時に、肩の荷をおろしたようにほっとしたものだ。
そんなできごとから数週間がたったある早朝のこと。威嚇するようなカラスの声に混じって、たくさんの鳥たちが激しくさえずる声に飛び起きた。
マンションの向かいにある肉屋の軒下で別のツバメが子育てをしていたのを知っていたから、ひなを狙ってカラスが来たんだ!とベランダに走り出た。
そのとき私の目に入ったのは、目前の電柱に止まってツバメたちを威嚇する一羽のカラスと、聞き慣れない警戒音を発しながらカラスの周りをゼロ戦のように飛び回る黒いかたまり。
肉屋のツバメ夫婦だけではない。華麗な宙返りを繰り返しながら目にも止まらぬスピードで眼下の空中を飛び回る鳥たちを数えると、1,2,3、4……ぜんぶで7羽いる。
家族ではない個体でも、危機に際して協力することを初めて知った。
我が家の周辺で子育てを確認していたつがいは3組6羽で、ここには7羽……ということは、半端の一羽は私たちがレスキューしたひなに違いない。
頭だけ残して食われてしまったきょうだいの、生き延びた方は親と同じくらい速く飛べるようになって、同族の危機に立ち向かっている!
泣きそうになった。あの時無理してカラスよけを作って本当によかった。
両親にも妹にも何もできなかった自分がささやかな役に立てたことが嬉しくて、ひらひら飛び回るツバメたちをずっと眺めていた。
その一週間後、レーザーポインタを買った。カラスはひなが食べごろの大きさになるまでツバメの巣の観察を続けると聞いたが、その通りの事態が毎朝、ベランダから10メーターほど離れた電柱で起きていたからだ。
前回のレスキュープロジェクトの対象ペアは空き店舗に巣をかけていたおかげで、数年来閉まったままのシャッターに細工をすることができた。
でも、眼下の肉屋はバリバリ営業中で、勝手に黄色い糸を張るのは無理。どうすりゃいいんだ!
そこで「カラスよけ」でネット検索したところ、「軒先にカラスの死骸をぶら下げる」なんて過激なものとか「カカシを立てる」なんて無理がすぎるものに混じって私にもできそうなプランを発見。
それは「レーザーポインタでカラスを狙って身の危険を察知させる」方法であった。
残念ながらプレゼンを要求される派手めの職種ではないから、レーザーポインタは持っていないし価格も知らないが、調べてみると2千円〜2万円と幅がある。
どうやらカラスよけに一番いいのはグリーンのレーザーポインタで、照射距離は長ければ長いほどグッド。
でも、たとえ強力なやつを買ったとしても、空間認識能力が人並みはずれてダメダメな自分のこと。うまくカラスに当たらないどころか、誤って自分に向けて照射しかねない。
そういった危険性とふところ具合を考慮した結果、そこまで強烈ではないグリーンの光線を発射する、2千円のやつに落ち着いた。
数日後、届いたレーザーポインタは申し訳程度に必要最小面積のエアキャップにくるまれた上、50枚入り100円のダイソーの商品みたいな茶封筒にダイレクト封入で到着。
こっちが申し訳なくなるほど腰が低い楽天ショップが多数派の中、「お買い上げありがとうございます」のメモの一枚すら入ってないのが胡散臭くて、外国の消印じゃないか思わず確認した。
それでも電源をオンにすると発射された緑の光がまっしぐらに肉屋の店頭に詰まれた「豚ロース」の空き箱に到達、緑の点を描いた時には、電球の光を初めて目にした木こりくらいびっくりした。
人生初ポインタが空飛ぶ車のプレゼンではなくカラスいびりというあたりはわびしいが、その日からレーザーポインタを枕元に置いて就寝。
カラスvsツバメの空気を嗅ぎ取るや否やベランダに飛び出すべく、準備万端でスタンばっていたのだが……。
結果から言えば、知らないうちに無事に巣立った元気なひなが5羽、下手っぴな飛行を披露するのを洗濯物を干しながら眺めることになるのであった。(※)
使われずじまいだったレーザーポインタは、被災した時にでも使えないかと考えたものの、救助を求めるポインタの光でパイロットが目をやられて、瓦礫と化した街に墜落するヘリコプターの映像しか想像できなかったので、おとなしく電池を抜いて封印することにした。
せっかく買ったのに使うことがなくて残念だけど、来年の春、これを使ってツバメを狙うカラスをおどす日はくるのかな。それまでおやすみなさいポインタ。
……と思ってたら、肉屋の隣にある年寄り向け弁当配送センターからひながエサをねだる声が!
そう、気づかないうちに新たな巣が設置されていたのだ。それもカラスから見てむちゃくちゃイージーモードの軒下に……。
レスキュー隊はまだしばらくツバメ界の平和を守るために活躍なくてはならないようだ。
←肉屋のつばめっこ。5羽生まれてぜんぶ元気に巣立ったよ!(あとのことは知らん)
(※)……カラスは羽が何かに当たるのを非常に嫌うという。だからこそ30センチおきに黄色い糸を張るというお手軽なカラスよけが有効だったのだ。
だが、どうやら肉屋のツバメはカラスの翼が軒下の鉄骨に当たる位置に、たぶん偶然に巣を作っていたおかげで巣を壊されなかったらしい。とってもラッキーなスワローちゃん!(=´ω`=)
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