2013年8月30日(金) ポータルサイトやフリーメールのフォルダを開くと右上の方に表示されるWeb広告は、過去の閲覧履歴や検索ワード情報の累積から、ユーザーの性別、年齢層、嗜好などと分析の上、ターゲットが興味を持ちそうな情報が掲示されるというのはご存じの通り。 新しいパソコンを使い始めたばかりの頃は可もなく不可もなかった広告が、日を追って「中高年のための結婚相談所」とか「40代、このごろ体が重い……」「えっ?4LDKで2千万台?」なーんてターゲットに狙いすましたそのものズバリなものに変化してくるありさまを眺めていると、リタゲーティングすげぇと感心する。 気分が晴れないので、母とよく行った下町の市場でこんなTシャツを衝動買いしちゃったよ。正月に行くバングラデシュで着るつもり。
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2013年8月28日(水) のっけからおだやかではないが、いつもより4割り増しで死にたい気分。説明するまでもなく原因は、いつもと同じく両親が世を去った哀しみ──特に、父に優しくしなかったことへの後悔だ。 父が世を去ってあと3日で一年になるけれど、苦しみはぜんぜん変わらない。むしろ日を追って激しくなってきて、いつまでもしつこく引きずる自分に嫌気がさしている。でも、どんなに努力しても気持を切り替えられない。 これは、母の四十九日が終わって親類に香典返しを送る際に、元気だった頃の父母の写真を同封したせいもあるだろう。 おだやかだった過去に引き戻されることが多いせいだろう。昨夜は父母の夢を見た。 母が出てきたのはディザスタームービー仕様。 父が出てきたのはどこかずっと昔に見たことがあるような緑の丘。 どちらの夢でも「親がそばにいる」というとてつもない幸福感でいっぱいになったものだから、夢から醒めた時、もう二人ともこの世にはいないんだと気付いた時の絶望感が、なんと大きかったことか!これが「胸をえぐられる悲しみ」なのか。なんだかもう、生きるのがしんどいなぁと心底思った。 「時が経つにつれてだんだん忘れるものだよ」とか、「悲しんでいるとお父さんがいつまでもこの世にとどまらなきゃならないよ?」と友人や親戚や妹に諭される。 でもどうしても気持を変えられない。考えることにもう疲れた。未来に希望がなさすぎて、全てを放り出したい気分だ。 それでもあとたったひとつだけ、守らなくてはならないもの──マヤがいる。長くてもあと3,4年でお別れする老犬を出来るだけ楽しく過ごさせてやるために、私は持てる時間と愛情の全てを注ぐつもりだ。 ![]() 病魔にむしばまれ呆けが徐々に進行しつつある母を、私たちは出来る限り外に連れ出した。 「人間商売さらりとやめて 天然の向こうへ行ってしまった智恵子 の うしろ姿がぽつんと見える」 という一節を思い出す。 |
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2013年8月27日(火)
迷惑メールフィルターが一日あたり5、60件は退治してくれるのだが、フィルターをくぐり抜けたエロメールが一日数回届いては、着信音で私を驚かせる。 夜中の3時のピロピロ音に「誰か死んだんか!?」とあわてて携帯を開いたら、縁もゆかりもない「ゆかり18才」から、「どうして返事くれないんですかぁ?」って知るかボケ。イラッときて携帯ブチ折りそうになるからやめてくれ……。 そういえば友人たちから「メアド変更しました」というメッセージと共に、やたらと長ったらしい新メアドが届いたことがあって、「なんちゅーややこしいメアドや!」と苦笑したものだけど、あれはスパム対策だったのかもなあ。 だが、そんなムカッ腹の立つスパム野郎に助けられることもある。先日、6時と6時半にかけているアラームを無視して眠り続けていた私を起こしてくれたのだ。 ♪ピロピロピロ♪という音に寝ぼけまなこで枕元の携帯を開いたら、「お○んこ4つです」。そして時間は7時10分?ヤベェ!! メールの内容はなんてこたあない、「只今、近くに住んでいて、貴方との相性があいそうな女性が4名待機しております。みぃな(18) 伊藤あや(21) 泉川遙(32) ちな(未)」と、泉川さんだけ微妙に浮いてる援交広告なのだが、こいつが起こしてくれなければ会社に遅刻するところだった。 そんな次第で褒美として、このスパムメールだけには鍵をかけて保護メール指定。飽きるまで置いとくつもりだ。 それでもやっぱりスパム──特に、心が沈んでいる時に届くとダメージでかいエロメールはなんとかしたい。 古代エジプト語で「かわいいイリ」という親バカ丸出しな今のメアドはできれば使い続けたいので、変更以外にいい方法をご存じの方いらっしゃれば教えてください。 ポケモンはゲームはやったことなくて、松本梨香おねえさんが♪あ〜憧れの ポケモンマスターに なりたいな なれるかな? 絶対なってやるーッ!!」と絶唱していた初代アニメ版しか知らないんだけどさ、最新のポケモンって新たな次元に進化しすぎでちょっとびっくり。 パッと見にはカッチョいいんだけど、よく見ると足がゴムべらみたいでかなりの異形。「ポケモンいえるかな」当時は151種だったポケモンも、いまや700種OVER。そりゃあデザインする方もいい加減力尽きてくるわなぁ……。 なお、「X」のこの鹿の名はゼルネアス。「Y」の方は鳥タイプのポケモン「イベルタル」だそうだ。敵同士のローマ人みたいで、ガキんちょでなくてもあこがれそうだ。 |
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2013年8月24日(土) 今日は女性ロッカー室で交わされるような生々しい話です。紳士のみなさんごめんなさい。 更年期障害を軽減するためにはじめたホルモン治療──メノエイドコンビパッチの貼付をはじめて一週間。なんだかとっても……具合悪い。 うつは更年期ばかりが原因じゃないと明らかだったから、はなっから期待はしていなかった。また、予想通りにエヴリディうつなことには変わりなし。 一方、突然上半身がカーッとほてって汗が滝のように流れる「ホットフラッシュ」と、体の中を虫がはい回るみたいな皮膚感覚に悩まされる「ムズムズ足」については収まってはいるものの……自然の流れに逆らってエストロゲンを補充することによって、新たなトラブルに悩まされている。 前者は整骨院で体のゆがみを取ってもらうとなんとかなるものの、出血は非常にうっとうしい。 せっかく閉経して、健康診断の血液検査の結果、「赤血球数」「ヘモグロビン」「ヘマトクリット」あたりも正常値に戻ったというのに、私これからまた毎月の大量出血と貧血に悩まされることになるの?と思うとうつが悪化しそうだ。 汗がダラダラ出るとか、足がムズムズする程度の、老化に伴うある意味自然なホルモンバランスの変化を、むりやり薬でねじ曲げたことによって、なんだかもう、取り返しのつかないことをしちゃったのでは?と、西洋医学の薬が苦手で、風邪薬や鎮痛剤ですら極力避ける薬嫌いの私は、ものすごい不安に襲われている……。 ……とここまで書いて、やっぱりアカ────ン! 人気がありすぎて極悪に混んでるクリニックに出向くことなく、電話一本で済ませていいのか?という思いもあったものだから、あと一日様子を見よう、もう一日我慢したら出血は少なくなるかもしれない……と様子を見てたけど、ますます増える出血量に恐れをなして、さっき電話して先生につないでもらったところ、「それは合ってないのかもしれないから、はがして様子を見てください」とのあっけないお答え。 なーんだ。悩んで損した!!突然はがしてもいいのか?という不安があったんだけど、すぐさまはがしても大丈夫と聞いて安心した。 へその横に貼られた半透明の丸いパッチをびりっとはがし、あーあ、これ一枚でいくらなんだろ。もったいないことしたなあ、くそ!私の日常を変えやがって!とぐちゃぐちゃにしてゴミ箱に放り込みたいところを思いとどまり、きちんと半分に折ってポイ。 そんな次第ではじめてのホルモン治療はたった1週間でジ・エンド。パッチはまだ三週間分残ってるので、生体実験したい方、抽選で5名様に差し上げます(ウソよ) |
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2013年8月23日(金) 宇多田ヒカルさんの母で『夢は夜ひらく』の歌手ってくらいしか知らないけれど、藤圭子さんのニュースを耳にして、ふだん芸能情報にほとんど興味ない私もびっくりしたよ。 それにしても美しい人なのに残念なことを。ニュースサイトに「頭を強く打って」とあるのを見て、あちゃーって感じだよ……。 そういえば前からおかしいと思ってたんだ、「全身を強く打って」だなんて、コンクリート粉砕器に巻き込まれたり10トンの鉄柱の下敷きになったりしてるのに、「強く打つ」程度で済むはずないだろ?って。(知らない人はググってください。クリック一発でろくでもない知識をゲットできます) あと驚いたのは、電車が遅れた際に時折耳にする「線路内に人が立ち入ったため」ってアナウンス。あれは線路内に立ち入った人すなわち痴漢だとは。 さて、今週の出社も今日で終わり。FXでコツコツかせいだマネーをドカンといかれて意気消沈だけど、ゼニ問題ごときで心を痛めるのは時間の無駄なので、気を取り直してさあ!会社行くかぁ──!(空元気) あ、おしまいに「頭を強く打って」の薄暗さをうち消すために、中学1年生の時の日記でも……。 12/7 火 はれ きょうは期末テストの国・社だ。テストは両方ともわりとよくできた。いっこと石井さんといぼじの話をしていて、くしゃみをしたり歩いたりするといぼじが出るといってわらっていた。3時間で学校が終わったので、帰ってからカップヌードルを食べた。 ママと300円のけいやくでかなをオルガン教室につれて行った。かなはわりとはきはきしていた。 エレクトーンへ行った。雨がふっていた。ネムの写真を5枚とった。1枚はあと足で立っているところだ。夜は勉強をした。 子供ってバカ。(´・ω・`) でも当時は幸せだったんだなぁと遠い目になりました。 なお日記中の「マミ」とは妹ヘボピー。「かな」とは末妹、「ネム」とは当時飼っていたペルシャ猫のことです。 |
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2013年8月21日(水) 冷房と水の飲み過ぎのせいなのか、それとも更年期障害の改善のために始めたばかりのホルモン治療が体に合ってないのだろうか……。全身のむくみがハンパない。 足もパンパンにむくんでるから、ふくらはぎを締め付けるタイプのソックスを履いて一日過ごしたところ、脱いだあとのひどいかゆみに襲われている。もーかゆくてかゆくてバリバリいきたいけど、あまり掻くと組織が壊れそうだから必死で辛抱しもって仕事なんかできるのかなオレ……。 下の日記の写真の「精霊馬」を見てると想い出したものがあるので、写真貼って会社行きます。
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2013年8月18日(日) ![]() あの世から家族に会いに来る霊魂は、やって来る時は足の速い馬(キュウリ)、盆が終わるとのんびり牛(ナスビ)に乗って帰るとされる。 この一週間ほど、またしても精神状態は最悪。 個人ブログとはいえ、繰り言をいつまでも人様に聞かせるのはみっともないようで気がひけるのだけれど、書くことによって少しでもこの、生きる意欲を奪われつつある苦痛から逃れられるなら非常に助かるので、ここはひとつ、愚痴も大目に見て頂きたい。
そのいくつかはオカルト的な話なのでわきに置いておくとして、私を最も苦しめているのは、去年の8月11日、盆休みを使って母を一時帰宅させた時の記憶。 どうしてあの時、父を一緒に我が家に連れてこなかったのか? これに尽きる。 それまでなら母を一時帰宅させる際には、父も必ず自分の足でえっちらおっちら歩いてうちに来て、一日中母の横にいた。だが、去年の盆には歩くのがしんどいと言うので、友人に出してもらった車で母をホームに迎えに行き、その帰りに実家に寄って、父をピックアップする手はずを整えていた。
だから、ようやく実家に着いてマンションの階段(エレベーターは無い4階だ)を上がり、「お父さん!迎えに来たよ!」と父の部屋のふすまを開けた時、布団の上で父が病院帰りの外出着のままうずくまっていた時の、あちゃーっ!と思った己の反応については、まぁ仕方がないと思わないでもない。 でもそのあとがいけない。 それだけではない。「なんかエサ、買ってきてくれたんか」と弱々しくいう父の、「エサ」という表現に、こっちは大変な思いをしてるのに!そこまでしんどいならそんな変な言い方すんなよ!とまたしてもキーッときて、「そんなん買ってへんわ!適当にしてよっ!」と怒りまくって荒っぽくふすまを閉めた。 それが実家で見た父の最後の姿だった。
ならばこそ、「もし父を一緒に来させなければ、二度と母に会えないかもしれない」と、どうして思わなかったのか? 以前から前を通るたびに、カンカン照りの日でもなんとなく薄暗く見えるその救急病院(名前を書こう。徳洲会病院だ)は薄気味が悪くて、建物の前すらあまり通りたくなかった。 ましてや「ここに入れたら死なない人でも死ぬ」といううわさを耳にしたこともあって、絶対に家族を入院させたくない病院だった。 この点で私の後悔は、どうしてもおさまらないのだ。 父はその少し前からやや体調を崩していたため、母の一時帰宅が終わればかかりつけ医に紹介状を書いてもらって、市内ベストとされる中央病院に検査入院させるつもりだった。 あの時、母と一緒に父を我が家に連れてきていれば、たとえ救急車を呼ぶことになっていても、搬送先は自宅から最も近い中央病院になる。 「寿命だったんだから仕方ないよ」と妹は言う。「ひとりぼっちで死ぬ老人も多いのに、娘たちがしょっちゅう来てくれる上に86才まで生きて、お父さんは幸せですよ」と友人たちも言う。 それでも、父の死去から一年が経った今なお、私はもうどうしても、どんなに努力しても自分を納得させられないのだ。 最近では父のことを考えない日はない。喪失感と思慕の念と、数々の間違いを犯した自分に対する糾弾で頭がおかしくなりそうだ。 これは去年の末の辛さとは異なる感じがする。 そう簡単に人生を終わらせることができない以上、これから先も生きていくしかないだろう。それならしっかり生きるのがせめてもの親孝行だと分かっている。 だが、この苦悩がぬぐい去られないままなら、365日の日常をあと数十回は繰り返さざるを得ない未来は、何度押し上げてもすぐまた山頂から転げ落ちてくる大岩と格闘する悲惨なイメージとしか結びつけられなくて、毎朝、昇る太陽を目にするのが、もう本当にしんどくなってきた。 |
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2013年8月17日(土) うまい棒(たこやき味)をモグモグしながら更新中。うまい棒って駄菓子の代表選手らしいけど、私が小さい頃にはまだなかったんだよねー。初めて食べたんだけど、この味の濃ゆさ、けっこうアテになるやん。モグモグ。 ![]()
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2013年8月17日(土)
だが、その正体はタテに切れ目を入れて丸ごと揚げた、でっかいタマネギ。使い回された揚げ油を全身で力いっぱい吸い上げており、胃の弱ったババァがうっかり平らげようものなら2,3日ほどムカムカに悩まされること必至な、男子中学生向けメニューなのだ。 しかし何につけても考えすぎな私は、薬品を体に入れるというイメージだけでかえって具合が悪くなる方なので、風邪薬や頭痛薬も一年に一度飲むかどうかという薬嫌い。お腹にくっついてかゆみをもたらしているこのセロファンを、すでにはがしたくて仕方がない。 それに、副作用はどうなのよ?とネットで調べたところ、そこで報告されていた不正出血や頭痛、腰痛、倦怠感、そしてなにより「体重増加」という文字に、すっかりブルってしまった。 考えてみればこういう薬が開発される前までは、江戸の農民もビクトリア朝の主婦もヒッタイトの機織り女も、年を取るとエストロゲンの分泌低下にともなって、みんな更年期障害に悩まされてきたはず。女の一生における自然のなりゆきを無理にねじ曲げるのは、本当に体にいいことなんだろうか? QOL(クオリティーオブライフ)を上げるための服薬は、症状が辛い場合なら仕方ないとしても、私の場合はホットフラッシュ(突然カーッと熱くなって上半身がシャワーを浴びたみたいに汗だくになる)と更年期うつ、そのどちらともなんとか折り合いをつけてきた。 ただ、2週間ほど前から出現した「ムズムズ足」──下半身の中を虫が這っているような不快感があり、体を三枚おろしにしてひっくり返してかきむしりたくなるような症状にはかなりイライラさせられるもので、子宮ガン検診のついでに婦人科に相談してみたんだ。 こうしている間もセロファンを貼った腹はむずかゆく、私の迷いはふくらんでゆく。すでに不正出血が見られるのは薬の副作用か、それとも昨日、子宮内膜の組織をチョッキンと切り取られたせいなのだろうか……。
なんだか自分の体が自分のものじゃないみたい。手も足も思うように動かなくてもどかしい。 それでもずっと年上の人たちに「このところ急激に体調が悪くなって……」とぼやいたら、「それでも60才になったら50才の時はもっと元気だった、70才になったら60才の時はもっとましだったと思うものよ。今なんかまだまだ大丈夫よ!」と慰められた。 10年後の自分がどうなっているのか想像するだに恐ろしい。床に伏せった屋根の上では、萩原朔太郎の猫に鳴かれていたらいやだなぁ。 『おわあ、こんばんは』 だからこそ、体がちゃんと動く今のうちに会社をスパッと辞めて、バイトでもしながら好きなように生きとくべきなのか?と、人生の折り返し地点を過ぎた今、けっこう迷いの多い今日このごろです。 |
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2013年8月17日(土) 早いもので盆休みも三日目に突入。うじうじするのに忙しくて、意味のあることはぜんぜん何もできてないYO!と焦りを感じながら、目覚めるや速やかに台所に移動して冷蔵庫よひらけゴマ! カルピスチューハイなんてカルピスの味しかしないんだから、無理に酒を入れることもない。休みだからって飲まずに済むなら飲まないにこしたことないよね、と自制心を働かせた自分えらい!……と思ったのもつかの間。
いつもならSF映画ファンとして新作情報には、角のタバコ屋の知りたがり奥さんのように耳をすましているというのに、『マン・オブ・スティール』に限ってはハナクソほじりながら「は?それがなにか?」と言わんばかりの無関心ぶりを示している。 というのは「これまでのスーパーマン像をくつがえすキャラデザイン」を売りにした作品を手放しで受け入れることは、神と聖人に対する裏切りに思えて「マン・オブ・スティール観てぇぇええ!」と簡単に叫ぶわけにはいかないのだ。 なお、この場合の「神」はブライアン・シンガー監督、「聖人」は『スーパーマン・リターンズ』のスーパーマン:ブランドン・ラウスを指すのですが、みなさん、観てないでしょ? だがしかし、私にとってはスーパーマンといえば、ゲイであるシンガー監督の美意識と、夢と希望と萌えが詰め込まれすぎて、妄想袋が破れそうなこの映画の、あまりにもの輝かしさに思わずひざを折って拝みそうになる高貴な赤パン男子を指す。 はぁあ?『マン・オブ・スティール』?それがどうした!赤パンはいてないスーパーマンなんざスーパーマンじゃねえや!カーッ!ペッ!
「30日公開のマン・オブ・スティール、主人公のピッチリモッコリぶりが凄い!みてみ。」おおおおお……! その時私は、安い店を調べる手間をおこたった結果、高い日焼け止めをつかむ羽目になってうちひしがれていた。 Dドラッグで848円で買ったばかりの日焼け止めが、Oドラッグでは598円。ムカつく!と思いながらそこでもう一本買ったところ、そのまた向かいのBドラッグではさらにお安く548円?!素通りするわけにもいかず、ドジでのろまな自分に罰を与えるためにさらに2本購入。計4本の日焼け止めを前にして呆然としていたのだ。 そんな事情もあって、マン・オブ・スティールの件には触れず、高い買い物をしたぼやきメールを送ったところ、ヘボピーからのレスはこれ。 「それはショックやな……。マン・オブ・スティールのピチモッコリ見た?」 百円二百円の違いなんかどうだっていいやん……お姉ちゃん相変わらずセコいなあ。なにはともあれピチモッコリ!!というフィーリングが丸分かりだ。 そこで「マン・オブ・スティールはピチすぎて萌えない!」と手短に返信したところ、「ハンサムとも違うしね」と姉のノリの悪さに心なしかがっかりしたような反応を示した直後、気を取り直して「フィギュアのピッチリぶりも凄い!ゲイ的にはどうなんやろ?」 メールヌード大好きな私なら分かるが、ふだんピッチリにもモッコリにもさして興味を示さないヘボピーのこの食いつきっぷり。さすが同じDNAを受け継いだ姉妹。バレエ「海賊」のモッコリを見た時の母のはずんだ声(←)がよみがえった。 その後も突如としてビビビ……とメール着信音が鳴り、携帯を開いてみれば「マンオブスティールが見たい!」と叫ばれるもんで、公開日の30日までに「赤パンじゃないスーパーマンなんかスーパーマンじゃない」という私の信念はへし折られそうである。 しよーがないから前売り券を三枚購入。公開日に姉妹三人そろって観に行くわ。アメコミ原作映画にはスカも多いので映画的に過剰な期待はしないでおくけど、観賞後にはピッチリモッコリはいかほどものであったか、その感想くらいはお伝えしようと思っている。 えーっ?私の好きな映画は監督本人にすら否定されてんの?とショックを受けそうになったが、読んでみるとそうでもなかった。 映画版第4弾となる「スーパーマン・リターンズ」は、クリストファー・リーブに代わりブランドン・ラウスを新スーパーマンに起用し、新シリーズ第1弾として製作された。 しかし、世界興行収入が期待外れの3億9100万ドルに留まったため、続編製作は中止。その後、ノーランとスナイダーによる再リブートとなった経緯がある。 シンガー監督は、VoicesFromKrypton.comの取材に「『スーパーマン・リターンズ』は少しノスタルジックかつロマンティックで、みんなが期待していた映画ではなかった。とくに、サマーシーズンにおいてはね」と失敗について説明した。 シンガー監督は、大好きなリチャード・ドナー作品を目指したのが間違いだったと認める。ただし、作品の出来には満足しているそうで「過去の作品を見直してみて、『げっ、詰めが甘いな』とか、『もっとマシになるのに』と思うときもある。でも、この映画に関してはあまりない。もし直せるなら、第一幕のテンポをもう少し早めることくらいだね」 たしかに「超能力を失って普通の男になったスーパーマンが、悪者に追いつめられ蹴り飛ばされて、焦点の合わない目をして泥水の中をはい回る長シーン、あれは「みんなが期待していたスーパーマン映画」とはかなりちがうと思いまーす!
<松> スポーン 300 ファンタスティック・フォー(1) Xメン(1&2) <竹> キャプテン・アメリカ ロジャー・ラビット シン・シティ ブレイド Xメン(1st ジェネレーション) <梅> ファンタスティック・フォー(2)アベンジャーズ ウルヴァリン ミュータント・タートルズ <ペンペン草> Xメン(3)ゴーストライダー エレクトラ マイティー・ソー グリーン・ランタン(ひどすぎて開いた口がふさがらんかった) 全てのハルク映画 デアデビル ザ・スピリット <評価外> バットマンシリーズ(一応全部借りてみたものの、肌に合わないのかどれも途中で観るのやめちゃったので) |
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2013年8月10日(土) ![]() 言うだけ無駄だが暑いですな。ヤフーニュースによれば高知や和歌山で気温40.7度に達し、ツイッターからはコミケ開催中のビッグサイト館内は気温46度、湿度98%、そしてなのは完売でヲタ発狂という悲報が届けられた。みなさんのいらっしゃる場所の灼熱っぷりはいかがだろうか。 それにしても言うだけ無駄だが昼も夜も暑い! 彼いわく「昨夜はオカマで今日はホモでは洒落にならないから気を付けるw」とのことだったが、そうだよぉM君!私もノーパン搬送されないよう、「ベタベタして気持ち悪い」とか言ってないで、寝るときはちゃんとパンツはいて寝るよ。みなさんもどうぞお気をつけ下さい、色々と。
これは気温&湿気の上昇にリンクして、去年の今頃はギリギリ生きていた父に優しくしなかった記憶がよみがえり、自分を責める気持が頭から振り払えないせいだろう。 とにもかくにも各種要因が手をつないで輪になって私を苦しめているので、気分転換にチャリを飛ばしてお好み焼き屋にすじ焼き食べに行ってくる。市場の中にある地元のじいちゃんばあちゃん御用達の店だから、6時にはしまりそうで怖いんだ。 あとにマヤちゃんの写真を貼っていきますので、ワンちゃん好きは適当に眺めてください。
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2013年8月8日(木) 今日は8月8日。8月8日、ぱぱ……「パパ」の日……?うぉおおぉおお──ん!お父さ──ん!去年の今日はまだ生きてたのになぜ死んだ──!(´;ω;`)……というのはおいといて。 管理人、粛々と日々を消化しております。 週末になると家にこもってお片づけ。 それでも、やるべきことを少しづつ消化する程度には元気なので、たとえここで死にそうなこと書いててもあまり心配しないでください。ミキ、株とFXに大金突っ込む程度には元気です。(そして10年間失神したままでいたいほど大損中でごんす) さて、お片づけ中に数冊の大学帳(死語か?)が出てきた。自分がつけていた古い日記だ。 "I am AFGHAN HOUND! Oh!beautiful Afghan ! どうやら犬マニア心に火がついて間がない頃の日記らしい。「私はアフガンハウンド!」って、自分人間やろ?って感じだが、まぁ中坊の言うことだから大目に見よう。 "I am AFGHAN HOUND! Oh!beautiful Afghan !の表紙をこわごわめくると、「7/21 火 天気 雨時々くもり」。 文章から推測すると、日記を付けだした時にはどうやら中一だったみたいだ。 ほぼ毎日欠かさず、長い時にはノート2ページに渡ってびっしりと書き記された日記からは、父母も祖母も、若くして亡くなったいとこもみな元気で楽しく暮らしている様子が想い出されて、ああ、けっこう幸せな少女時代だったんだなぁ、と懐かしさが胸にあふれると同時に、「きょうは勉強は2時間で、あとはそうじと文化祭の話があった。くまちゃんと外にパンを買いに行った。ちさは3つ買って教室で食べ、くまちゃんは1こかって家で食べた。じょうちゃんがクレセントでかえ、かえといっていた」とか、そんなんわざわざ書くような話ちゃう!!と突っ込みたくなる記録も満載で、中1ってまだまだ子供なんだなぁ、としみじみしたよ。 そんなわけで、中坊がいかにアホかということが見て取れるこの日記、文章を書く気力に欠ける時には、ちょくちょくここで紹介させてもらうつもりです。 |
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2013年8月6日(火) のっけから暗くて申し訳ないが……。母の夢に目覚めた。今も動悸がおさまらない。 夢の中の母はアルツハイマーを患って数年が経過した頃の、まだまだ自分の足で歩けて話もできる状態らしい。一方、自分ではきちんと家事をしているつもりが、はたから見ると家中を無茶苦茶に引っかき回しているにすぎない、加えて徘徊という大問題が始まった時期だ。 家に帰ると目に入ったのはテーブルに上にばらばらに放り出された雑多な小物、テレビはつけっぱなし、母の姿はない。うわっ!お母さん外に行っちゃったんだ。どうしよう、早く探しに行かなきゃ!と怖くて足ががくがく震えたのは、現実世界の記憶そのままだ。 だが、家を飛び出そうとすると、玄関先に母の姿。 目覚めた直後も母の痩せて骨張った体の感触、髪のにおいがあまりにもリアルに残っていたものだから、結膜炎の目をしょぼしょぼさせながらぼんやり考えた。 こんな時には自分が死後の世界やら来世やらを100%信じられればどんなに楽だっただろう、と残念に思う。半分は霊的な存在を信じているけど、生き物は死ねば無になるのみだという考えもどうしても捨てられないという、宙ぶらりんの状態はかえってしんどい。 それでも今日のところは「母が私を心配して会いに来た」と素直にとらえることにするよ。 まぁ心配性すぎる自分も問題だけど、今さら楽観的な性格に変えるわけにもいかないなら、「母が守っていてくれる」と信じて、なんとか上手くストレスと折り合いを付けていきますわ。 |
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2013年8月3日(土)
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2013年8月2日(金) 早いものでもう8月。去年の今頃は何をやっていたんだろう?とダイアリー帳を開いてみると、「マヤ連れて帰宅」とある。 だがその4日後、普通なら転ばないような場所で足がもつれて、高校球児のスライディングばりにズザザザザ──っ!と転倒。みるみるうちに足首が腫れてきて犬の散歩どころじゃなくなったもので、しぶしぶマヤは実家にかえしたんだ。 そしてそのまた4日後、父が緊急入院。 まったく、一年前にはその一年後に両親ともが世を去っているなんて、夢にも思わなかった。 当たり前だと思っていた日常は、いつ何時がらりと姿を変えるか分からない。今あるものはいつまでもそこにあるとたかをくくって、身近なものを大切にしなかった自分への嫌悪をぬぐえない。 でも……。もしあの時転倒しなければそのまま犬は預かり続けているはず。 ねんざしたお陰で父は長年くらした家での最後の4日間、溺愛していた犬と共に過ごすことができた。見舞いに行くと開口一番、「マヤは元気か」と尋ねるほど気にしていたから、せめて入院前に会わせてやれてよかった!
ただ一つ分かっているのは、8月31日の欄に「父 一周忌。三人姉妹ですきやき」とメモがあるであろうこと。 末妹と父との激しい相克のために、生きているうちに父娘四人でご飯を食べることはかなわなかったけれど、父が魂と化した今、上等なお肉をふんぱつして好物だったすきやきを囲み、思い出話に花を咲かせたい。もちろんテーブルの下にはマヤの犬皿も並べて。 |