BENEATH UNDERWARES
深呼吸しようものならボタンがぜんぶはじけ飛びそうなワイシャツの、魅惑の曲線を描いた胸ポケットから小さく畳んだ紙片を取り出すと、ブロンド美女は真剣この上ないまなざしで自分の手元を見つめている面々を、ソーダ色の瞳で見渡した。 綺麗にマニキュアをほどこした指先がうやうやしく紙片を開き、ふくよかな唇からは託宣を告げるアテナイの巫女を思わせるおごそかさで、そこに書かれた名前が告げられる。
「スコット中尉……青と白のストライプ・トランクス!」
その途端、固唾を呑んでいた女たちの間から喜びと落胆の声が同時に上がる。
「くやしいーっ!青のブリーフに10ドル賭けたのに!」と悔しがるターナー軍曹に、オデッサ伍長が「ふふふっ、あたしは当てたわよ……いかにもって感じじゃない?」とクールな笑みを見せた。
その隣りでは音楽科の教官パーシス曹長が「そうよね、青のストライプだなんてスコットらしいよね」とため息をつき、輜重部のラスキン少尉は「あんた、彼はボクサーパンツ派だよって、まるきりどっかで見てきたみたいに言ってなかったっけ?」とふくれっ面。
「皆さんご静粛にぃ!」
聞き分けのない患者に示すのと同じ威厳をちらせかせつつ、医務部のキャサリン伍長が別の紙片を掲げた。
「ではお次はブッチョ軍曹でぇす」女たちの喉がごくりと鳴る。
「ブッチョ軍曹は……赤白のお星さま柄ボクサーパンツ!」
「ウソっ!あんな図体でお星様なんてありえない!」 「惜しいっ!赤白は赤白でも水玉って書いちゃったわよお」「あらま、ブッチョはてっきりトランクス派だと思ってた」
かしましい歓声が聞こえてくるこちらはNDFのガーデンテラス。庭の片隅に置かれたテーブルでは、女軍人たちが先日の健康診断で収集された貴重なデータに一喜一憂しているところである。
男性諸君の検査着の下に隠れている下着の色柄を予想してちょっとした賭けをするのは、日頃は背筋をしゃんと伸ばして男どもと互角に渡り合っている美しき戦士たちが、秘かに楽しみにしている恒例のイベントなのだ。
「さあて、お次はいよいよ初参加、クーパー伍長でぇす!」
前回の健康診断の時にはまだウォートランに加わっていなかったハンサムな英国人の下着がいかなるものなのか、女たちはキャサリンの言葉を一言一句たりとも聞き漏らすまいと身を乗り出した。
「えー、ロメオ・クーパー伍長は……」「カルバンクラインの黒ボクサー!」「ぜったいアバクロの青トランクスよ!」「ああいう男はプラダの黒ビキニが好きに決まってるじゃないの」
「皆さんご静粛に!クーパー伍長はぁ……」 「クーパー伍長がどうしたって?」
その時背後から聞こえてきた雨雲をも蹴散らすような快活な声に、びっくりして飛び上がった女たち。
ブルーキュラソー色の瞳を好奇心にキラキラと輝かせた青年は、歯磨き粉のCMにスカウトされそうな歯並びを惜しげもなく披露しながら微笑んだ。
「なんか面白そうなことやってるじゃん。なんなの?イケてる奴の人気投票?」
話題の主の唐突な登場に驚いて「えぇーっとぉ、そのぉ……」と口ごもってしまうキャサリン。その指先から紙片をもぎとったのはロシア製ヘリプター・ハインドの操手だった。
華奢で小柄な外観からは想像もつかないほどの武闘派オデッサは、女の楽しみに割って入るなこのお馬鹿さんがとでも言いたげにクーパーをにらみ付けると、太陽にかざした紙に書かれた文字を高らかに読み上げた。
「クーパー伍長はトランクス!・・・・・・それもミッフィーです!」
思ってもみなかった台詞にどよめきがあがる。
「え?ミッフィーちゃん?」「タンク乗りがミッフィーちゃんですって?」「やだー!ミッフィーちゃんだなんてウケ狙いかしらん」「信じらんないー!」「ありえないー!」「イメージと違う!」
ミッフィーミッフィーと連呼する女たちに爆笑されて、何のことやらさっぱり分からず目を白黒させている新任伍長のことがちょっぴり気の毒になったのだろうか、ターナーがそっと耳打ちした。
「仕方がないから教えてあげる。健康診断でかくかくしかじか……」
種明かしされたクーパーは小麦色の頭をぼりぼり掻きながら、言い訳がましくつぶやいた。
「いやぁ……いつもは違うんだけどさ、昨日はたまたまビンゴの景品を……」「別にいいのよ、スヌーピーだろうとセサミストリートだろうと」「そうよ、そんなの気にしないで。ミッフィーパンツのクーパーさん!あはははっ!」
格好よく登場したはいいが、女たちに茶化されてしゅんとしたクーパー。野良猫との喧嘩に負けたセッター犬のようにこそこそ引き下がろうとした時、オデッサが次に読み上げた名前が耳に入ってぴたりと足を止めた。
「それではお次は……ハーネマン軍曹!」
ハーネマン?あのクソむかつく上官のパンツの色柄だって?
野郎の下着なんぞに興味を持つ自分がちょっと気持ち悪かったが、これも何かのチャンス。こういうのってちょっとしたネタになるかもしれない。
クーパーはじりじりとあとずさりすると、少し離れた椅子にそおっと腰をおろして耳を澄ました。
一方、女たちはダサさの極北に生息しているような偏屈男の名を聞くなり大笑い。
「やだぁ!ハーネマン軍曹ですって?あははは!」
「ハーネマンは官給の白ブリーフに決まってるじゃないの」
「あら、アンタもそう?私も官給品に賭けたのよ」「やだ!私もだわ」
「ひょっとしてみんな白ブリーフって書いてて成立しないじゃないの?賭けそのものが」と大受けである。
だが、俺もアンタらと同感だ、あんな野郎が下着なんかに凝るわきゃない……とクーパーが心の中で吐き捨てたのとほぼ同時に、今にも吹き出しそうなオデッサが唇を噛みながら驚くべき言葉を告げたのである。
「ハ、ハーネマン軍曹……え?……ぷっ……く……黒のビキニ!」
その瞬間、一同の間をざざぁっ……と冷たい風が吹き抜けた。
「……よぉ」
気が付くと隣にはあのスキンヘッド男が、不思議の国のアリスに登場するチェシャ猫を思わせる謎めいた笑いを浮かべながら横たわっていた。
何の疑問も抱かないまま白銀のような肉体を引き寄せると官能的な口づけを交わし、骨ばった腰に手を回してひんやりと冷たい磁器のような感触を楽しむ。
そして黒いビキニの端に指をかけて……。
声にならない叫びをあげてクーパーはベッドから飛び起きた。隣りで寝ている女から漂う安香水の匂いに、自分が誰とどこにいるのかようやく思い出す。
「一体なんなんだよ……気色わりぃ……」
己の股間に目を落としたクーパーは低くつぶやくと、物騒に勃ちあがったものをミッフィー柄のトランクスに腹立たしげに押し込んだ。
「……ひゃうっ?!」
雑貨店のレジの前でしゃっくりのような妙な声を上げて唐突に動きを止めた男に、見事な口ひげをたくわえたトルコ人店主は声を掛けた。 「どうかしましたか?ハーネマンさん」
「いや……なんでもない。一瞬すごく嫌な感じがしたんだが……」
「悪寒ってやつですか?風邪のひきはじめかもしれませんよ」と心配顔の親父に、ハーネマンは「そうかもしれんな」と言いながらも抜け目のない視線を四方に配り、怪しい客がいないことを確認してようやくビニールパックに包まれた商品を差し出した。
「まったくあんなもんはいて寝たら風邪ひいて当然だぜ……」
「無理してはくこたなかったんですよ。開封した後でも使用前なら交換できたんですから」と店主はハーネマンが差し出した黒いTシャツを袋に入れながら気の毒そうに言った。
「……15ドル45セントです。はい、次からは間違えないでくださいよね!黒は黒でもビキニとTシャツの違いくらい、パッケージを見ればすぐに分かるはずですけどねえ?」
己のうかつさをズバリと指摘されて、きまり悪そうに口の端を固く結んだままのドイツ男を見て、親父は何かひらめいたようだ。
満面の笑みを浮かべて人差し指を立てると、「そうだ。ちょっとしたおまけを差し上げましょう」と言いながら背後の棚に並んでいる小さな箱のひとつを取り出した。
褐色のイモムシのような指先を不審そうに見つめるハーネマン。
やがてクマで縁取りされた薄緑色の目の前に誇らしげに掲げられたのは、小さなガラス細工。青いガラスの中心に白を配した様子は目玉そっくりだ。
「ご存じですか?ナザール・ボンジュー」
「……うん、どっかで見たことはあるな」
「トルコの邪眼よけのお守りですよ。さっき悪寒に襲われたとおっしゃったでしょ?プレゼントしますよ。魔除けのために」
無言でボンジューを受け取ったハーネマンは、快活に輝く青いガラス細工を蛍光灯の光にかざしてみた。
その途端、真っ青な目玉に似たそれに何かの記憶を呼び起こされたような気がして、またしても小さく身震いするのだった。
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