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NEVER SAY GOODBYE
今でもすぐに思い出せる。そうだ、忘れようと頑張ってみたことは何度かあるが、無駄な努力はとっくの昔にやめてしまった。
あの日からどのくらい経つだろう。正確な年数はもうはっきりとは分からない。それでもまだクーパーの頭には、タタ、タタ、タタタ......とリズミカルに空気を震わせていた銃弾の音、きついランニングを課された新兵たちのかけ声や彼らが巻き上げるほこりの匂い、そんなものまでもがまるで再生ボタンを押したかのように鮮明に、次から次へと甦るのだ。
ただ、記憶の中の光景の中ではなぜかいつも、仏頂面した彼の前で、負けてたまるかとばかりにしゃんと背筋を伸ばして眉間に皺を寄せている、若さと自信にあふれた自分の姿も一緒に眺めているのは、考えてみればおかしな話ではあるのだが。
「英国軍から派遣されたロメオ・クーパー伍長だ。配属は機甲科だが、演習で顔を合わせることもあるだろうから紹介しておく」
やたらとよく通るテリー曹長のガラガラ声に、MP5をいじっていた手を止めて目を上げた男の姿は、記憶の中で圧倒的に、不吉なまでに美しい。そんな彼ー自分よりも銃器を愛していた奇妙な男のことを思い出すと、今でも呼吸がひどく辛くなる。
「ああ、そいつは“ジガー・クーン”っていうやつだ」
ある夜、クーパーが愛についての考察を述べた時、短い沈黙の後、歌うようにささやいたあの声。
ジガー・クーンー“心が血を流している”。
心の痛みをそういう風に表現する人々の住む遠い国へ、自分をおいて行ってしまった彼への恨み言は、この先たっぷり聞かせてやろう。
そう考えては、おおげさに嫌がる彼の姿を想像するのは無性におかしい。それと同時にクーパーは、この世とあの世、二つは実は地続きでいつでも好きな時に行き来できる、そんな不思議な感覚に襲われて、気が付くといつも泣いている。
両親やきょうだいの愛、妻の愛。子供や孫たちの愛、そして友人たちの愛。
この数十年間に出会った愛は数え切れないほどで、そして今でもあふれる愛に囲まれている。それでも彼とのたった数年間の記憶がどうしてこれほどまでに大切なのだろう。
「なあミッヒ、あんたはどう思う?」
そっと口に出してみると、隣のベンチに座った彼が無心にナイフをいじっているような気がした。
ああそうだ、そうだった。どうしてだなんてむつかしく考える必要はなかったんだ。愛とは人間が考えるよりはるかに単純なものなのだから。
これ以上涙がこぼれないように頭上に梢を広げている楓の枝を仰ぐと、そこから覗く空はどこか遙か最果ての国のそれのように青く美しく見えた。
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