OUT THE BLUE
あ、すみません、と青年はばつの悪そうな顔をした。喉は熱と乾きに腫れあがって言葉は出なかったが、クーパーどうしてお前がこんなところにという声にならない声を聞いたのだろう。青年は地雷を除去する人のようにそろそろとハーネマンの額から手を浮きあがらせながら口ごもった。 ハーネマンは頭を枕に預けたまま白い天井を見つめて記憶をたどった。そうだ、風邪をこじらせたらしく高熱が出て倒れそうだったから医務室で注射を一本打って自室によろめき戻り、そのまま気を失うように眠りに落ちたらしい。 そうか、俺は丸一日寝てたんだなと思いながらハーネマンは、汗でぐっしょりと湿ったパジャマを胸元までめくり上げると、奥ではまだおき火が赤く燃えているかのように熱い胸から腹にかけてゆるゆると手を這わせてみた。ここ数日間というものほとんど何も食べていないせいで、腹はそこから活力というものが抜け落ちてしまったようにへこんで打ち捨てられた孤児のそれのように心もとない。 ぺしゃんこの腹に手を置いたまま再び目を閉じようとすると慌てたように青年が言った。駄目ですよサージャント、そんな湿った服のままじゃ。着替えはどこにあるんです? 相手の言葉には答えずに満身の力を振り絞って体を起こすと、ベッドのへりに座り直して震える指先で胸のボタンを外そうとした。ひとつ、ふたつ、みっつ…だが三つめのボタンで胸がむかむかしてうなだれてしまう。 青白い顔をますます白くして石のように固まったままのハーネマンにさりげない風に話しかけながら、傷ついた同輩の肉体から鉄片に引き裂かれ血に染まった装備品を取り除く手際の良さで青年は汗で重く湿った布地をはぎ取った。そして少しためらいながらハーネマンの体に触れると新しいパジャマに腕を通させる。 湿ったパジャマをランドリーバッグに押し込みながら青年は尋ねた。ねえ、なにかいりませんか──いらん──でもちょっとくらいは食べた方がいいですよ、スープでももらってきましょうか。 素っ気のない鈍色をしたアルマイトの皿に丸々と太った苺をいくつか乗せて差し出しながら、青年は疲れて心なしか頬の肉がこけたハーネマンを見つめた。どうぞ、食べてください。そんなげっそりした顔じゃいけません。そして小首をかしげるとわずかに口の端を上げてふざけたように言い添えた。なんなら食べさせてあげますけど、そんなの嫌でしょう? 青年に差し出されるままに口に含んだ果実を噛みしめると甘みと酸味が入り混じった果汁が口内一杯に溢れて、ハーネマンは生まれて初めて出会った味に驚いた赤ん坊のように顔をしかめた。 ああ…と青年は何か言いかけた。ああ…。だがすぐに思い直したように口を固く閉ざして床に視線を落としてしまった目の前に、ハーネマンは無言のまま右手を差し出した。青年はどうすべきか一瞬迷っているようだったが、何度かぱちぱちとまばたきをしてから赤い聖痕が印された白い手を取って、愛おしむように唇を触れた。 ──なあ、抱いてくれよ──そんな、熱があるのに──構うな──でも俺、途中で止まれないから──いいんだ。 いつもなら愛しているとささやかれても無性に虚しくなるばかりだから許せなかった。だが今はそんなことはすっかり忘れて、ハーネマンはさっき着たばかりのパジャマをはぎ取られながら短く刈り込んだ青年の頭に頬を寄せると深く息を吸った。日なたと汗と煙の入り混じったどこかしら懐かしい匂い。金色の穂を風に揺らして収穫を待つ豊かな小麦の髪。 青年の熱い手のひらは胸を、腹を、首筋をまさぐっていたがやがてもっと下へと伸びてきて大きく割られた太股を抱え上げられた。固く勃ち上がった男根が身体に押し当てられた時にはかすかな後悔が胸をよぎったが、耳たぶを軽く噛みながらささやきかけられてハーネマンは諦めたように全身の力を抜くと身をゆだねた。 強すぎる快感に気が遠くなるたびに最奥を突き上げられては引き戻される。 狂ったように体を揺らしながら青年は反りかえった白い背中を抱いて高熱に浮かされた人のようにつぶやいた、愛してる、愛してるんだ、と。
それは生命が生まれて終わりを迎える瞬間まで寄せては返す波のように、機械的に無自覚的に、無頓着にひとときたりとも休むことなく律動する器官の音。数十年という短い一生のあいだ人は誰もみなこの音を胸の奥で響かせながら、未踏の地をたった独りで旅しているのだ。 青年の心臓が奏でる静かだが力強い響きと肌の温もりを頬に感じているうちに、ハーネマンは胸の奥底から湧きだした名状しがたい波に揺さぶられて体を起こすとかすんだ目で虚空を眺めた。 「どうしたんですか?ミッヒ、目が赤い」
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