HAIR CUT BY さかまち
「いいか、必ず今日中に、だからな!」
「Yes,Sir!それでは、失礼します!」
「っいっやあ〜…やあああっと解放されたぜ……」
談話室のソファに倒れ掛かるようにして座ったクーパーは腹の底から搾り出すように呟いた。
先程まで拘束(は大袈裟な気もするが)、されていた彼にしてみればそうも言いたくなるのだろう。
久し振りに演習担当も無く、訓練生たちも出払った食堂でゆっくり朝の一杯を堪能し、
さて午前中はセルバのメンテナンスとクリーンアップでもするかな…と格納庫に足を向けた矢先に
「クーパー!まだこんな所にいたのか!」
と落雷もといテリーの一声。その声色からやべえ、今日俺なんか担当あったっけか!?
と自分の手帳に引いたラインを脳内で思い起こす。
いや、今日は確実にオフのはずだ!いや、でもあの曹長の顔…え!?なんで!??
「S…Sir、今日は自分は非番のはずでは…?」
「そうだな。だがクーパー、俺の言っておいたことは忘れたか?」
「…えー…と……?」
思い当たる節がなく、頭をひねるクーパーにテリーはやれやれと言った表情で肩を落とした。
「先週言ったばかりだろう。次の非番の日にその頭を何とかして来い、と。
仮にも教官職に就く者がそんな姿では訓練生たちに示しがつかん。」
「…あ!」
「それともいっそ俺が奇麗に丸めてやろうか?さっぱりするぞ?」
「いいいいいいいえいえいえ!そんなお構いなく!今日中に行ってきます!」
どこからともなくバリカンを取り出した目の前の上官の姿に慌てふためく。
「そうか?それならいいが。大体クーパー、最近のお前はどうもたるんでるぞ。前にも…
少し残念そうにバリカンをしまうとそこからお説教が始まり、冒頭の台詞に至るわけである。
「随分絞られたみたいね。」「ま、曹長の言いつけ忘れてたんだし、自業自得だけどね。」
午前の担当を終えたオデッサと、何かのレポートらしい書類の束を持ったターナーが対面に座った。
「そりゃそうだけど、だけど今から美容室行って髪切って帰ってきたらもう夕方だぜ?折角立てた予定が狂っちまう。」
「だから忘れてた方が悪いのよ。それに時間が惜しいならいっそバリカンでさっぱりしちゃいなさいよ。」
「大体予定っていってもそんな大袈裟なものでもないでしょう?」
軽く溜息をつく彼に、二人は正に他人事と言った顔で交互に言い放つ。
「ヒデエなあ…ってか、女性陣は良いよ、ある程度髪型に自由があって。」
「あら、クーパー貴方、私達のスキンヘッドでも見たいのかしら?」
「それとも貴方が私やオデッサくらい伸ばしてみたいとか?やめてよ、ロンゲの貴方なんて想像だけで面白すぎるわ。」
「いや、そういう事じゃなくて…、それに今日はサージャント・ミッヒも午後オフだからお誘いをかけようと思ってたんだよ」
何気なく言った一言にツッコミが入るとは思わなかったのか、あわてて会話を『予定』の方に移す。
出てきたハーネマンの名前にターナーがあ、と何か思いついたような顔をオデッサに向けた。
思い当たる節があったのか、彼女も顔を見合わせる。
「ああ、そうだわ、ミッヒがいるじゃない!」
「そうね。彼なら適任ね。」
話がつかめず目の前の美女二人を見ながら首をかしげるクーパーに二人が向き直る。
「彼、カットの腕かなり凄いのよ。」
「以前彼のミスで、私とナオミのオフがつぶれちゃって。」
「そうそう!で、その日二人でサロンの予約してたのに結局行けず仕舞いだったの。
そしたらミッヒったら、『…か、髪くらいなら俺が…』って!もうその時のバツの悪そうな顔ったら!」
「話がずれてきてるわよ。まああの顔は見ものだったけどね。で、二人でカットだけして貰ったのよ。」
「それがちょっとびっくりするくらいの腕だったのよ。流石にヘアエステとまではいかなかったけど
あれはやっぱり彼の得手よね。下手に新人とかその辺のスタイリストに切らせるより全然良いわよ。」
恋人未満の意外な特技に軽く驚きを覚えるクーパー。確かに彼の刃物捌きは其処等の奴なんかより遥かに上だが。
「そうと決まれば早速ミッヒを探さなきゃね。」
「彼の行き先、心当たりはある?」
「え、そうだな…今の時間なら兵舎裏の木陰かな。読書してるか、『彼女たち』の手入れしてるかのどっちかだと思う。」
「それならすぐ見つかりそうね。行きましょ。」
三人は談話室を後にした。
所変わって兵舎裏。ここは普段人通りも少なく、ブッシュでの戦闘訓練の移動くらいにしか使われない場所なのだが、 ウッドテーブルや小さなガーデンハウスもあり、施設内でも数少ない癒し空間として設定されている。
−もっとも、ここを好んで訪れるのはハーネマンと、テーブルを運んできたポーの二人くらいだが−
予想通り彼はマロニエの木陰で、下手をすれば人でも殴り殺せそうな厚さの本を読んでいた。
「Hi、ミッヒー!ちょっといいかしら?」
本に没頭していたのか、ターナーが声をかけるまで3人が近づいていたことに気付いていなかったらしく、
少し驚いた顔で声のした方向へ視線を向けた。
「なんだ、珍しいなお二人さん。…と後ろのおまけ。」
「ええ、お願いなんだけど。後ろのおまけの髪の毛、切ってあげて貰えないかしら?」
「…は?何で俺が…」
「貴方の腕を見込んでなの。お礼なら後ろのおまけがするから、ね?」
「お願いミッヒ。頼まれてくれない?」
「それに私達もあの腕前、もう一度見てみたいのよね!」
ターナーとオデッサ、交互に捲くし立てる。
その勢いにハーネマンも後ろのおまけ…もといクーパーも口を挟むことができない。
この二人がここまで言うのだから、本当に相当の腕前なのだろう。
「わかった、わかったから…!…クーパー、今回限りと思えよ。」
「え…いいんですか?」
「あの勢いで断るわけにもいかないだろう。その代わり、きっちり礼は頂くぜ?」
読みかけていた本を閉じ立ち上がると、道具を取ってくると言い残しその場を後にした。
彼がその場を離れて数分後。
「さて、と。クーパー、そこに座れ。ちゃっちゃと終わらせて、続きが読みたいんだ。」
ばかでかいタオルとヘアカットには到底不向きであろうハサミと、バリカンを持ったハーネマンが戻ってきた。
−『続きが読みたい』、か。これはこの後デートへのお誘いは無理そうだ…な…って…!?
「そ、そのハサミでするんですか…?」
「…何か不服でも…?」
「……い、いえ…お願いします……」
一瞬ハーネマンの目が怪しく光った気がするがそれはまあ流しておこう。
タオルを首に巻きつけ、ヘアミストで髪全体を湿らせるとハサミを手に取った。
散髪用どころか、ボール紙の束ですら易々と切ってしまいそうなそれはきっちり手入れされているのであろう、
遠目でも砥ぎ跡が見えそうな位に光を放っている。
「動くなよ?手が滑って切り過ぎるかもしれないぜ?」
この場合切り過ぎるのは髪の毛だけに収まるのかその先の頭皮のことも指しているのか、
とにかくスタイリスト・ハーネマンによるカットが始まった。
シャキ、シャキ、、、とハサミの音が静かな空間に響く。
最初こそ不安だったもののやはりあの二人のお墨付き。素人とは思えない手つきで丁寧に切り進めている。
ハーネマンの顔つきも、切り始める前のあの『ニヤリ』とした表情から一変、
まるでパリかニューヨークの一流サロンのトップモデル御用達スタイリストのような真剣な表情だ。
(…マジに上手いじゃん…これならもし仮に退役してもこの道でやってけるんじゃ…)
どこかのサロンでモデル相手にハサミを振るう目の前の上官の姿を想像して、妙な感覚を覚える。
かつてはその白く、男にしては細いその手に鈍色に光るナイフやライフルを持ち、血と砂と屈強な男達を相手にしてきた男が
そんな世界とは遠く掛け離れた華やかな舞台に立つモデル達を相手に小さなシザーナイフを振るう様。
その姿も今着ているような官給の薄いTシャツではなく、シンプルな中に上品さを窺わせるスマートな黒の上下。
普段彼を懇意にしているモデルからある日突然のアプローチを受けて…
(って、何の想像だこれは!!?しっかりしろよ、なあ!ロメオ!!)
自分の中で渦巻いた怪しい妄想を吹き飛ばすと、髪を切り進める即席スタイリストに話しかける。
「上手いですね。以前何処かでこういう仕事でも?」
言ってから自分の質問の馬鹿さに気付く。彼がそんなことしているわけがなかろうに。
「何だ、それは褒めてくれてるのか?」
「ええ、ほんとにびっくりしましたよ。」
「そうか」
それ以上会話が続くことなく、またハサミの動く音だけが響いた。
暫くして、ハーネマンの唇が軽く音を発した。
「…昔、婆さんの髪を切ってやってた時期があったってだけだ。」
電動のバリカンが襟足を滑り終えると首のタオルが外された。
「こんなもんでいいか?」
「…すげぇ……完璧」
手渡された手鏡と、後頭部を映す折りたたみ式の鏡を交互に見つめ、その出来映えに感動を覚える。
「やっぱりミッヒの腕は確かね。」
「ええ。私達もまたお願いしたいくらいだわ。」
それぞれの鏡の持ち主である二人もクーパーの頭を見つめ、改めてハーネマンの腕前を認識した。
「ま、次はきっちり曹長に丸めてもらうんだな。」
「何すかそれ…しかし、本当にすごいですね。感謝しますよ!」
「言葉もいいけど、さっきも言ったとおり、謝礼はきっちり頂くからな?」
「当然ですって。後で取って置きのボトルと、上手いツマミでもお届けしますよ。」
−−−ちゃっかり夜のアポをとっておくクーパーも、中々の腕前である。
その日の夜。
「っ…やめ、こら、クーパー…っ!!…やめ……っての!!!」
この直後にハーネマンの自室から響いた何かの音と、数分後に響いたバリカンの音。
そして次の日。
「おお!クーパー!スッキリしたじゃないか!!!!」
完璧にカットされていた筈のクーパーの頭は見事にバリカンで刈られ、五分刈りならぬ五厘状態になっていた。
「ちょっと、どうしたのよクーパー!」
「…さては何かやらかしたわね?」
「ははっ…お陰さまで…」
一方その頃。
「おい、なんか今日のサージャント、いつも以上に怖くねえか…」
「あ、ああ…なんか不機嫌オーラ滲み出てる…」
「おいおい勘弁してくれよ…!今日の演習どうなるんだよ…!!」
「こらそこ!くっちゃべってる暇があるならランニング20周追加だ!!!」
「「「さ、Sir!Yes,Sir!!!!」」」
その夜何が起きたかは、ハーネマンとクーパーしか知らない。
<THE END>
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