だが蹴球の女神は古代エジプト文明発祥の地に微笑みはしなかった・・・2004年5月のFIFA理事会。第一回目投票で24票中14票をあっさりと南アフリカに持って行かれてエジプトは完全敗北・・・いや、実際は蹴球の女神の意向ではなく「エジプトやモロッコはイスラム圏だからテロ対策がうざいじゃーん」というFIFAの意向が優先された結果らしい。 当然ながら今ではもう左のポスターは見ることができない。そういえば04年5月にスフィンクス前でこのマークのついた帽子(当然パチもん)を売っていたアンちゃんに遭遇した私は、その時買うべきか否かはげしく迷ったものだ。だが、「こんなもん日本のどこでかぶるねん?ヲタ祭り?」という現実的な声にはばまれて購入を断念したのを覚えている。 けれども私には妙な確信があるのだ。今でもあのアンちゃんの屋台にはこの帽子が並んでいるという確信が。だってそれがエジプトですから。 次回エジプトを訪れた際には、ホル王の墓もアクナーテンの墓もひとまずおいといて、まずはあの帽子の採取に向かわねばならない。 |
||||||||||
|