またしても行って参りましたホコリの及ぶ国エジプト(埃及)へ。時は11月頭。今年に入って三度目のエジプトは夜が明けてから夕方5時まで水も飲めないラマダン(断食月)真っ最中。 ムスリム(イスラム教徒)にとって一年で最も大切なこの宗教行事の間は、観光スポットは早じまい、町のレストランも五時までクローズ、水すら我慢している人々の前では、観光客としても飲食には妙に気を遣う・・・・と外国人旅行者にとってはあんまし好ましくないシーズンだとは耳にしておりました。 でも、ラマダンって毎年いつあるか厳密には決まってないうえに、好きなときに休みが取れないのがリーマンのSAGA。 保険会社がくれた「かわいい仔犬」カレンダーと相談した結果、11月末で切れる有給と遊戯王オンリーとの兼ね合いでこの週を選ばざるを得なかった私は、カリシャダの呪いのせいかハッと気がつくと、苦虫噛みつぶす上司の前でコメツキバッタのように頭を下げて有給取得を乞うていたのでございます。 (上)今回の埃及訪問における最も注目すべき発掘品。採取地はアビドス・セティ一世葬祭殿ゲート横。供物台の前でオシリスに祈りを捧げる葬祭殿の神官長と下級神官たち。鮮やかな彩色が見事に残っている。 この度の旅は皆様ご存じ・銀座のママ並みに気の利く友人Y氏(プロのガイド、三人の子持ち。年下)、レンタカー屋で借りたベンツと共に、一週間の間我々にお付き合い願ったドライバーのアッバース氏(三人の子持ち。オヤジに見えるけど年は怖くて聞けなかった。でも多分年下)、そして私という「エジプトオヤジ二人と関西のオバちゃんが一人」・・・というよりむしろ「オヤジ三人」で構成されたミジンコほども色気のない旅でした。 車しか貸さない日本のレンタカー屋とは違って、エジプトのレンタカー屋は主に湾岸のオイルマネーリッチマン向きに、車だけじゃなくドライバーも手配してくれるそうです。一日あたり一万数千円払えばドライバー込みのベンツを借りられるというのは、日本では考えられませんね。 (右)我々を楽しい旅にいざなってくれたアメ車風アレンジをほどこしたベンツ。せっかくのおベンツ様にウマと蹄鉄の飾り物はなかろうて・・・と日本人は思うが、エジプト人からすると、これがめちゃめちゃイケてるのかもしれない。ひょっとするとマリクのバイクにも・・・(笑) でも他のベンツも結構こんな飾りをつけていたから、エジプトに輸入されるベンツにはぜんぶこれが付いているのかもしれない。それとも日本でもヤナセから買った車には「YANASE」シールを貼ったままの人が多いのと同じってやつ??あ、それともレンタカー屋のマークなのかな?・・・ナゾは深まるが、答は次回の訪埃・来年5月のレンタカー旅行まで留保だ! おウマのマークのベンツで向かった最終地は、聖地テーベもといルクソール。 入り口でカイロ博物館の親子犬が指してる地図を見ていただければお分かりかと思いますが、カイロールクソール間に点々と散らばる普通のツアーには入っていない遺跡を回るという、ちょっぴりマニアちっくなコースです。 本当はもうちょっと南下してアスワンまでの流域の遺跡も回ろうかとも思ったのですが、エジプト旅行に無理は禁物。 ただ、このたび通った「エジプト中部」・・・遺跡としてはベニハッサン〜アビドスのあるあたりなんですが、これがやや難物なのですよ。 ここも危険勧告が解除されてから第一発目の日本からのツアー(※)も数日後にやって来ると聞いたので、今ではツアーでも中部を回れるようになったみたいですが・・・ (※)中京交通?が出してる。アレキサンドリアからアブシンベルまで・・・エジプトのメイン遺跡をカバーする二週間のやつ。きっとSMチックにハードにちがいない。下痢でもしようものなら確実に地獄を見るだろう・・・ ただ、アラビア語の出来ない人がフリーで中部に行こうとすると、かなりの手間と時間と忍耐を必要とするのは確か。 まぁ中部の事はアマルナ、ベニハッサンそれぞれのコンテンツで書くことにして・・・ 結果から言うとこの旅行、古代エジプト文明の精華のみならずエジプト人のネアカさと人情と義理堅さに触れて、義理人情を何よりも重んずる私はますますエジプトが好きになりました。 今回は遺跡的にはバラエティーに富んでいても余り旅行的ハプニングは無かったため、わりかし真面目な旅行記になるでしょうが、あちらで採取した写真と共に、これから何度かに分けて少しでも皆様にエジプトの楽しさをお伝えできれば・・・と思っております。 |
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エジプトでも日本車は大人気! ちなみにエジプトでは車や電器製品に100パーセント以上の関税がかかるので、消費者の手に渡る時には異常に高いモノにつくようです。
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