エジプト・テーベ、王宮の庭園。
手入れの行き届いた蓮池の前の椅子に並んで座っているのは、高貴な身分らしい二人の若い男である。
剃髪した額に刺青を施し、透き通るように薄いロイヤル・リネンをまとっている洒落者は、王宮判事シャダ。 雄牛のように逞しい体を素っ気ないデザインの長衣で覆った長髪の強面は、建設省の副長官カリム。 午前の仕事を早々に片づけた彼らは、脇に控えた下僕のあおぐ駝鳥の扇で風を送られながらゆったりとくつろいでいる。
シャダ:(女官の差し出すザクロのジュースを手に取りながら)なんだかとてもゆったりした気分だね、カリム。 カリム:(池を見つめたまま)・・・そうだな シャダ:アクナディン様はファラオの行幸で一緒にアビドスだし、シモン様は今日は一日王子のお勉強のお相手。 カリム:・・・そうだな シャダ:こういう日には・・・どうだい、ちょっと早めに部屋に戻ってしっぽりと・・・(カリムの膝に手を置く) カリム:そういう事は夜することだ。(手を払いのける) シャダ:ふん、冗談だよ!(伸びをして)ああ!本当にのんびりする!アメミット(古代エジプトの怪物)の居ぬ間のなんとやら、という感じだな。 カリム:そんな事言ってていいのか?お師匠のことを シャダ:いいんだよ、だって本当にそうなんだもの。アメミットみたいなあのグリグリした目でじっと観察されると、僕はつい要らぬ失敗までしてしまう! カリム:(振り返りもせずそっと背後を指さす)噂をすれば影、というやつだぞ、シャダ。
大きな瞳を輝かせてパタパタと走ってくる幼い少年は、アクナムカノンの長子アテム。その後ろからゆったりとした足取りで歩いてくる灰色の鬚の老人は、上エジプト宰相にして王子の教師、そして周辺国にも名高い魔術師シモンである。
(椅子から立ち上がり左胸に手を当てて敬礼するシャダとカリム) シャダ:・・・も、もう今日の授業は終わられたのですか?シモン様。 シモン:今日は予定を変更して課外授業じゃ。アメミットのいぬ間に羽を伸ばせなくて悪いがのぉ、シャダ。 シャダ:あ、いや、その・・・あれはその・・・ちょっとした冗談で・・・ハハハッ・・・(きまり悪そうに) アテム:ねえねえ、シャダ!(シャダの衣を引っ張る) シャダ:(にっこりと向き直って)はい、何でしょうか王子? アテム:シャダは絵がうまいのか? シャダ:は?絵?・・・まぁ遊びで描くことはありますけれども・・・ アテム:ならこれになにかかいてくれ!(抱えていたオストラカと筆入れを差し出す)
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シモン:(事情が分からず振り返ったシャダに)実はの、アクナディン殿がセトにせがまれて陶片に描いた戯画をの、王子はいたくお気に入りになったらしくての。 今日は戯画のことしか頭にないようで授業も上の空なんじゃよ。 カリム:戯画・・・でございますか? シモン:そうじゃ、戯画じゃ。 だが陶片にさらっと描いた絵なのだがこれがなかなか・・・ アクナディン殿にあのような特技があろうとは、長いつきあいだのにワシは全く知らなんだ。 アテム:(息を弾ませて)セトの持ってる絵はすごいんだぜ!ネコがガチョウの番してるんだぜ!オレもぜったいあんなのがほしいんだ!
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シモン:これこれ王子!エジプトの王子が「だぜ」とか「オレ」などと仰ってはなりませぬと申しておりましょう? アテム:カッコいい言葉だからいいんだぜ! カリム:(小声で)・・・例の戦車隊長の影響ですな。(シャダの方をちらりと見やる) シャダ:(顔を赤くして)お、王子、絵とおっしゃいましても、わたしでは上手く描けるかどうか・・・シモン様にはもうお願いなさったのですか? アテム:うん、けどシモンの絵はカッコ悪いんだ。ほら!(袋から陶片を取り出す) シモン:ああっ王子!いけませぬ!
シャダ:盲目の竪琴弾きと・・・ カリム:木の芽を食うヤギか・・・(顔を見合わせる二人) シャダ:(小声で)なかなか上手いけど・・・これじゃあ子供は喜ばないね。 カリム:(小声で)・・・まったくだ。何となく年寄り臭い画題だな。 シモン:うおっほん、絵なんぞ画工に任せておけばいいことじゃでの。 シャダ:(笑いを抑えつつ)分かりました王子、王子のお気に召すかどうか分かりませんが、このシャダが一度挑戦してみましょう。 アテム:やった!たのんだぜ!シャダ! シモン:だから「だぜ」はダメだと何度も申し上げておりますでしょう王子!
シャダ、王子からオストラカと筆入れを受け取ると、慣れた手つきでさらさらと筆を走らせる。
シャダ:(得意そうに)ほら、出来ましたよ王子。 カリム&シモン:ほほーっ!
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