『キスをたくさん。』


 海岸沿いを時速オーバーで。
 全開にされた窓からは、ぬるさも消えた心地良い風。
 助手席では龍麻が、その窓からの景色と運転手を交互に見やる。
「………ねぇ、凄いよね」
 ぽつりと零された問いかけ。ともすれば風の音に消されそうなそれも、けれど運転手はしっかりと拾って。
「…何がだい?」
 少し顔を龍麻へと向けて、微かな笑みでそれに答える。
「だって。いつも乗ってるバイクも凄い大きくて、凄いなって思ってたのに。……運転もできるんだねー…ちょっとびっくりかも」
「そう?」
 家を出て、もう結構な時間が経つというのに、その龍麻の言葉。
 そう言えば出発する前にも目を丸くしていたか、と。思えば運転手は小さく肩を竦めて苦笑する。
「……僕はそんなに何も出来ないイメージなのかい?」
「え?違う、そうじゃなくて」
「じゃなくて?」
 龍麻へ顔を向けながら、緩やかなカーブ。はらはらと龍麻が視線を景色に向けると。
「…大丈夫だよ」
「うー、でもちゃんと前見て」
「…はい。かしこまりました」
「ふざけてないでさー」
「了解」
「…ったく、…紅葉ってば時々子供っ」
「いつもだよ」
「もー…」
 運転手、壬生紅葉は。
 言われた通りきちんと視線を前に向けて、また直線道路を上げも下げもしないスピードで走り出す。
「別にね、…仕事で必要だから覚えたんだよ。バイクも、車もね」
「………ずっと前、に?」
「そう。船だって動かせる。ジェットは無理だけど、ヘリなら飛ばせるしね」
「う、っそ」
「本当」
 言われた通り、やはり視線は前に向けたままで。けれどきっと、また目を丸くしているのであろう龍麻の顔を思って壬生は笑みを敷く。
「小型機の操縦だって、知識としてはあるんだよ。実地が伴わないから、龍麻はまだ乗せられないけれど、ね」
「うー、…怖いけど、でもちょっと乗ってみたいかも…紅葉の初乗り」
「止した方が良いよ。何でも結構、最初は適当なんだ、僕は」
「………危ないなー」
 平日という事もあり、道は擦れ違う車が数台あるくらいで空いていて。タイミングをはかっているのか、信号にも殆ど引っかからないから目的地までもうあと僅か。
 夏間近。
 人で溢れる前の、海。
 龍麻が提案して、壬生が受け入れた、誰にも内緒の一泊旅行。
「………ねぇ」
「うん?」
 キ、と、小さな軋みを立てて車は止まって。
 ホテルに着く前に寄ろう、と龍麻がねだって寄った海。その駐車場で、やっと運転手から解放された壬生の腕をきゅ、と掴んで。
「…最初、…適当だった?」
「………?」
 意識せずの上目遣いで、龍麻が問えば意図がわからず壬生が疑問符を返す。
「俺の事も。………最初、適当だった?」
「───」
「ね、…………バイクとか、車とか、船とかヘリとかみたいに」
「………龍麻…」
 けれど、どう見たってその龍麻の表情は真剣で。
 だから、壬生は溜息を思い切り深く、心から吐いて。
「…あのね」
 大人しく返答を待っているらしい龍麻の、その肩をしっかりと掴んで。噛み潰しそうな苦虫を辛うじて逃がしながら、真直ぐに目を見つめて。
「………そんな筈、無いだろう」
 一言。
 言って、宥めるように右手を伸ばし、指先で龍麻の頬を撫でる。
「適当なんてね、僕が、君に。そんな事、どうしたって有り得ない」
「………………」
「有り得ないんだよ、龍麻」
 窓を開けていたから、クーラーは入れておらず。だから停車した今酷く急激に気温が上がる車内で。
 一緒に上がる体温にも構わず、壬生が言葉を続ける。
「君が相手なら、僕はいつでも呆れるくらいに余裕が無くて。……自分でも困るくらいなんだよ」
「………ん」
「…ほら、………今だって、全然ちゃんと言えて無い」
「………そんな事無い」
「有るよ。………足りない。全然足りない。…僕の言葉なんかじゃね、僕の君に対する想いが、一体どんなものなのかなんて全然表現できないんだよ」
 まだ頬に触れていた壬生の掌を、龍麻の掌が覆うように取って。
 壬生の、その言葉にできない想いとやらを。窺うように龍麻の目がじっと見やると、それから逃げもせずに壬生は。
「綺麗な気持ちだけじゃない。醜いものだって沢山あって。……全部晒したら、きっと君は逃げたくなってしまうくらいなんだよ」
「……逃げないよ。逃げたりなんて…」
「…そうだね。……逃がさないけど、…ね?」
「………………うん。………うん、…絶対。逃げないけど、…逃がさないで?」
 そこで、漸く。
 何故だか本当に不安そうだった龍麻の表情はちゃんと緩んで、だから壬生の表情も安堵したように和らいだ。
 ほ、と互い息を吐いて。
「………ごめん。……何か、変だよねぇ?いつもなら、別に多分聞き流してたんだろうけどさ、あんな些細な言葉」
 少し照れくさそうに、龍麻が甘く苦笑う。
「けど、何か怖いような気がして。………でも、まあ…もし最初が適当だったとしたって、今が全力でいてくれるなら、それはそれでも良いような気もするんだけどね」
「………適当なんて。有り得ないけどね、本当に。今までも、今も、これからもずっと」
「……うん。…ごめん。…………で、…ありがと」
「…どういたしまして」
 互い、くすくすと笑い合って。
 朝、おはようのキス以来していなかったキスを。
 この日漸く、二度目のキスを。
「………………えー、と。………暑い中、ナンだけど。…して、いい?」
「…それならもう、こちらからもお願いするよ」
「ははっ」
 まるで、まだ経験が浅い二人のように。
 触れるだけのキスを、何度も、何度も。
 暑い、けれど乾いた室内で。
 欲を敷かずに、繰り返した。
「チェックイン、まだ良いよね?」
「そうだね。まだ余裕があるよ。………夕焼け、見たいんだろう?」
「あれ?ばれてるやー」
「当然だよ。………僕も見たいし、ね。君となら」
「ん。俺も紅葉と見たかったんだ、海の夕焼け」
 良く晴れた、その空の下。
 ゆったりと暮れかけた景色の中、ついては離れる影がふたつ。
「…ねー、紅葉」
「…うん?」
 今はぴたりと寄り添って。
「来年も、ここが良いなぁ。……………今度は小型機借りて、ね」
 くすくすと、腕に絡みついてねだる龍麻に。
「……………初乗り。………試すかい?スリルだけは保証するよ」
 肩を竦めて壬生が言えば、嬉しそうに龍麻が更に笑う。
「やった〜。絶対絶対約束、だぞー?」
「わかってるよ。…ちゃんと機体もチャーターしておく」
「楽しみ〜っ!!」
 見る見る沈む、夕日の早さは。
 二人だからの、時間の流れで。
 来年の約束をできるシアワセをしっかりと身に染み渡らせながら、今度は二人、波打ち際に並んで立って。
 どちらからでもなく、指先をやんわり絡ませる。
「………ね、キスしよっか」
「……奇遇だね。僕も同意見だよ」
 近い距離で笑い合って、二人、今日三度目のキス。
 今のリアルな幸福を確かめるようなそのキスは、些細な欲をこっそり煽って。
 四度目のキス、それはきっと。
 以降繰り返される、キスや音や温度や全ての感触の。前触れになるに違い無かった。


                        ★おわり★



★どうも龍麻にねだらせるスイッチがONになってしまいましたι(もういっこのもおねだり
 ものですι)
 万能なのに龍麻にめろめろすぎ、な壬生像が好きです…(笑)
 感想など頂けると嬉しいです〜ッ(>_<)
 で、これもいつも感想を下さる浅生サマのHP開設お祝いにvvってふたつか!!(セルフ
 ツッコミ)


あああ有難うございますーーーッ(愛)!!
おねだり!!おねだりですよ、もう(笑)!!
爽やかにアレな壬生を有難うなのですーーッ!!
で。は、初乗りだったのですか、あやつは(含笑)!?

浅生霞月