『その声を』





 音もなく、襖が開く。
 気配すら感じさせず、しかし忍び込む…というような立ち振舞い
では、なく。
 スラリと伸ばした姿勢のまま、堂々と。
 その部屋の中央。
 敷かれた褥の、その周りに張り巡らされた結界を、するりと抜け。
 真っ白な寝着に身を包み、ふわりと目を閉じたまま微動だにせずに
横たわる少年を見下ろすように、傍らに佇み。
 部屋に入る前より固く引き結んでいた唇を。
 ようやく。
 解いて、そっと。
「・・・・・龍麻、さん・・・・・」
 落とされた、それは。
 微かに震え、どこか怯えを含んだような。
 彼を知るものからすれば、らしくない…と評されるような、その
頼り無げな呼び掛けは。
 眠る、少年-----龍麻が、この場所で眠り続けて、半年。
 毎日のように、その枕元に座し、眠りを見守り続けていた、術者
である御門が。
 ようやく。
 初めて、龍麻へと向けた。
 呼び掛け、であった。




「怖く、ないよ」
 まだ落ち着かない龍脈の乱れを鎮めるため、それは必要だった。
 黄龍の器である龍麻の力を借りる、こと。
 表情を消し、その依頼を淡々と告げる御門に、龍麻は笑顔で頷いて
みせた。
「御門が、それを望むのなら・・・・・喜んで」
 その、言葉に。
 冷たいとすら感じさせる御門の瞳が、微かに。
 揺らめいたのに気付いたのは、同席していた村雨と、そして秋月家
当主・秋月柾稀の代理を務める、薫で。
 龍麻、は。
 それを知ってか知らずか、ただ穏やかに微笑って。
 すぐにまた表情を怜悧なものに変えた御門を、見つめたまま。
「どれくらい時間が掛かるか分からないけど、でも頑張るから・・・
だから、ひとつだけ・・・・・強請っても、良いかな」
「・・・・・私に、出来ることであれば」
「そんな、難しいことじゃない・・・多分」
 くすり、と。
 笑って、そろりと伸ばした手を、御門の頬に添える。
 冷たい、貌。
 だけど、その肌は暖かくて。
 龍麻は、ホッとしたように目を細めた。
「俺が起きるまで・・・・・側にいて」
 触れた頬から、微かな震えが伝わる。
「四六時中、とまでは言わない・・・でも、可能な限り・・・ずっと
俺を・・・見ていて」
 僅かに見開かれた瞳に映る自分の顔が、ちやんと笑っていることに
満足して、龍麻は頬に添えた手を、そっと滑らせた。

「お前にしか出来ないことだよ・・・・・晴明」

 泣いていないのは、分かっていたけれど。
 切れ長な、その目元をそろりと指先で撫でれば。
 何か。
 痛みを堪えるように、微かに歪められた表情に。

 龍麻は、笑っていようと決めたのに。
 少し、だけ。
 泣きたくなった。




 結界の中、御門が施した術により、龍麻は深く、深い眠りに就いた。
 その状態を科学的に言い表わすことは難しいが、所謂仮死状態、と
似たようなもので。
 微弱な鼓動。
 静かな吐息。
 ただ穏やかに、眠っているだけのように見えるのに。
 その身体からゆっくりと流れ出す金色の氣は大地に染み渡り、その
奥深くに張り巡らされた龍脈を、時間を掛けて鎮めていく。
 これは、黄龍の器である龍麻にしか出来ない、こと。
 ならば。
 その彼が、望んだことを。
 それが自分にしか出来ないのであれば、と。
 御門は、村雨たちの協力も仰ぎつつも、1日も欠かさず龍麻の眠る
この部屋を訪れては、出来得る限り傍らに座り、その寝顔を見つめて
いた。
 ずっと。
 口を開くこと、なく。
 眠る龍麻に、一言たりとも。
 掛けること、なく。

 半年。
 ただ、ひたすら。
 見つめ続けるだけであった、のに。

「・・・・・言いたいことが、なかった訳ではありません」
 それは、独り言に過ぎない。
 誰かに、龍麻にも聞こえているとは思えない。
 だから、こそ。
 今更のように次々と零れ落ちる言葉に、御門は自嘲するように口元を
歪めた。
「聞かせてあげたいことだって、あったのだと思います」
 だけど。
「・・・・・龍麻さん」
 こうして。
「呼んでも、・・・・・貴方は応えてはくれない」
 分かっているのに、でも。
「貴方に呼び掛けて・・・けれど、貴方は私に笑いかけてはくれない、
それを分かっていながら・・・分かっているのに、私は・・・・・」
 酷く。
 それを、恐れていた。
「こんな、はずでは・・・なかった」
 側に居るのに。
 だから、こそ。
 埋められない。
 空虚。
「・・・・・こんな風に、泣き言のようなことを訴えるつもりも・・・
なかったんです、なのに」
 何かを堪えるように、押さえた胸元から。
 覗く、一枚の紙片。
「こんな、ものを・・・・・貴方、が・・・・・ッ」
 今日、この日を指定して届けられた。
 小さな、カード。


   お誕生日おめでとう、晴明
   多分、直接言えないから
   でも、起きたら改めて言うから
   だから
   泣かないで
   待ってて


「ずるい人、です・・・貴方は」
 泣くなと言っておきながら。
 これでは。
 どうしようもなく。
「私を、こんなに・・・・・」
 どうしようもない、くらいに。
 愛おしくて。

「・・・・・こんなに、貴方を・・・待ち焦がれている」

 早く。
 ここ、に。

「待っていますよ、龍麻さん。私は、そう気が長い方でもないのですが」

 でも。

「短くも、ないと思います・・・きっと」

 叶う、なら。

「・・・・・貴方が目覚める時、私は必ずここにいますから」

 だから。
 早く。

「貴方の声を、聞かせて下さい」


 それは。
 もう、あと少し。






御門晴明クン、お誕生日おめでとーうv
・・・・・御祝なのに、そこはかとなくアレですか!?
精神的にはラヴラヴなのですが・・・やはり、
肉体的にもナニな方が!?
・・・・・目が覚めたら、半年分ガッツリとv