『生誕』




---明日、夕方5時に俺んちで。遅刻したらお仕置きだからね ! ---

 そんなメッセージが表示された携帯の画面を眺めながら、仕事を
片付けたばかりの現場を足早に立ち去る。
 たった今、淡々と血なまぐさい任務を終えたばかりの身ではあった
けれど、そんな愛おしくて堪らない相手からのメールを見てしまえば、
どうしても表情は緩んでしまって。
「さて、どんなお仕置きをされるんだろうね」
 龍麻の言うところの「お仕置き」なるものに興味をひかれつつ。
 けれど時間に遅れて不興を買うのは御免被りたい。
 ふと見上げたビルの電光掲示板のデジタル時計は、その約束が
既に「明日」ではないことを示している。
「・・・・・龍麻」
 恋人の名前をそっと夜風に乗せると、漆黒のコートの裾を翻し、
壬生は都会の闇の中へと姿を消した。



 コンコン、と。
 白いドアを叩けば、中から柔らかな声が返ってくる。
「ああ、やっぱり紅葉だったのね」
 オフホワイトを基調とした病室のベッドの上、微笑む人はやはり
その存在も白く、何処かはかなげで。
 それでも、ここ半年のうちに随分と顔色は良くなったように思える
のは、自分の心の持ちようの変化もあるのかもしれない。
「今日も、具合良さそうだね・・・母さん」
「ええ、とっても」
 フワリと微笑む母親の、その傍ら。
 サイドテーブルの上、鮮やかに目に飛び込んできたのは。
「・・・・・花」
「ああ・・・うふふ、綺麗でしょう」
 お見舞いにしては、少しばかり華やか過ぎるような気もしないでも
なかったが、それでもその大きな花束があるだけで、無機質な病室も
一気に明るくなる。
「それは・・・」
「龍麻くんよ」
 誰が、と聞こうとして。
 だがそれは、ここを訪れる人が極限られていたから、予想の範囲の
人物であったのだけれど。
「龍麻が・・・・・」
 少し驚いてしまったのは、龍麻が自分を伴わずにここに来ていた
らしいということと、いつも彼が見舞いに選ぶ花は、柔らかな色調の
ものばかりであったから、こんな風に華やかな花を贈っていたという
ことに、戸惑いを覚えたから。
「そうなの。あなたが来る1時間前ぐらいだったかしら・・・この
お花を持ってきてくれたの。今日は、特別な日だから・・・って」
 特別な日。
 そう、今日は。
「あなたの誕生日でしょう・・・だから、私に」
「・・・・・え?」
 壬生に、ではなくて。
「私に、ね・・・『有難う』って。『紅葉を産んでくれて、有難う』
って・・・そう言ってくれたのよ」
「え、・・・・・」
 有難う、と。
 壬生紅葉を産んだ、その母に。
 感謝の意を込めて。
「龍麻くんのために産んだ訳じゃないのよー・・・なんて。言えな
かったわ・・・嬉しくて、お母さん泣いてしまったから・・・・・」
「・・・・・母さん・・・」
 そう言いながら、また少し目が潤んで見えるのに。
「それに・・・そうかもしれないな、って。思ったから・・・・・
紅葉が、誰かのために生まれてきたというのなら、それはやっぱり
龍麻くんのためなんだろうな・・・って」
 くすり、と微笑って。
 ベッドの脇に立ち尽くす壬生の手に、白い手がそっと触れる。
「紅葉を愛してるわ・・・そして、龍麻くんも・・・私、とっても
好きだわ・・・・・」
「か、あさん・・・・・」
 細く頼り無げな指、それでもしっかりと壬生の大きな手を握って。
「産まれてきてくれて有難う・・・紅葉」
「ッ、・・・・・」
 目眩すら、感じながらも。
「・・・・・有難う、母さん・・・俺を、産んでくれて・・・俺は、
だから龍麻と・・・会えた・・・・・」
 誰よりも何よりも大切な存在。
 俯いてしまった壬生の、その頭を撫でる手の温もりを感じながら、
何だか無性に。
「・・・・・龍麻、に」
 会いたくなった。



「な・・・、ッ何でこんな時間に来るんだよ !! 遅刻したらお仕置き
とは言ったけれど、ちょっと早過・・・・・、ッ」
 顔を見たら、抱きしめてしまっていた。
 きつく。
 その勢いに龍麻が一瞬ケホッと咽せていたけれど、それでもこの
腕の力を弛める気はなかった。
「・・・・・紅葉・・・?」
 どうしたんだよ、と。
 そろりと尋ねてくる龍麻の首筋に唇を押し当てれば、微かに身を
震わせるのが感じられたけれど。
「・・・・・有難う、龍麻・・・」
「な、に・・・?」

 君のために生まれてきたかもしれない僕だけど。
 そんな僕を、見付けてくれたのは君で。
 手を差し伸べてくれたのは、君で。
 そして、こんな僕を。

「愛してくれて・・・有難う」

 今更何言ってんだよ、と。
 やや恥ずかしげな龍麻の声を聞きながら。
 あと、もう少しだけこうしていて。
 そして、改めて。
 今日を2人の特別な日にしよう。





・・・・・はずかしい・・・・・(小声)。
取り敢えず、母公認。嫁入り決定。末永くお幸せにv