「マッチ売りの龍麻」
ある寒い夜のことでした。
雪がちらちらと降り始めた新宿の街角で、一人の少年が道行く人にマッチを売っています。
少年の名は、龍麻。
この寒さにもかかわらず、ボロボロの学生服姿で、マフラーすらしていません。
「あの、マッチはいりませんか。マッチ買って下さい」
しかし、いくら声をかけても、マッチを買ってくれる人はいません。
たまに立ち止まって声をかけてくれるオジサンもいましたが、そういう人は決まってニヤニヤ笑いながら、マッチ以外のものも買おうとするのでした。
一晩いくら?とか聞かれても困ってしまいます。
売り物はマッチであって、龍麻ではないのですから。
「だいたい、この平成の世の中、マッチなんかタダで貰うもんだよな。せめてこれが百円ライターとかだったら、少しは売れたかもしれないけどさ」
龍麻は、ぶつぶつと独り言を言って、カゴいっぱいのマッチを見つめました。
「一つも売れないと、京一に乱暴なこととか色々…されるし…」
何故か龍麻は恥ずかしそうに頬を染めました。
京一というのは、一緒に暮らしている龍麻の「ヒモ」です。
龍麻を働かせて、自分はその金で剣の道に励んだり、おネエちゃんと遊んだりしているのです。
「あーあ、マッチは売れないし、寒いし、お腹空いたし。…やっぱり身売りするしかないのかなー。でもそれも嫌だし…それに京一にばれたら怖いし…」
結局、マッチを売るしかないのだと思った龍麻は、とぼとぼと歩き始めました。
突然、一台の高級外車が、ものすごい勢いで角を曲がって走ってきました。
「わあっ!」
龍麻は辛うじて車を避けましたが、弾みでバランスを崩し、マッチを道にばらまいてしまいました。
「あーあ、売り物なのに、雪で濡れちゃったら大変だよー」
慌てて、龍麻はマッチを拾いました。
何とかマッチは無事だったようです。
「うう、冷たいなぁ」
すっかり凍えて感覚がなくなった指先を擦りながら、龍麻は再びマッチを売り始めました。
夜も更けて、人通りはすっかりなくなってしまいました。
相変わらずマッチは売れません。
「ぶるぶる、寒い。このままじゃ凍えちゃうよ。マッチは売り物だから使えないし…あれ?」
龍麻がカゴの中を見ると、見覚えのないマッチがありました。
他のマッチよりも少し大きい黒い箱で、何か白い線で模様が描いてあります。
良く見ると、それは亀と蛇が絡み合ったような絵でした。
「何だろう、これ…俺のマッチじゃない」
さっきばらまいたときに、紛れこんだのでしょうか。
中を開けてみると、安物ではなさそうな、しっかりしたマッチがぎっしり詰まっていました。
「誰かが落としたのかな。それとも、捨ててあったのかな」
こんな寒い夜に、わざわざ落としたマッチを拾いに来る人もいないだろう―――龍麻はそう思って、その見覚えのないマッチを一本、シュッとすってみました。
すると、明るい炎がぼっと燃えあがり、その炎の中に暖かいストーブが浮かび上がりました。
「わあー、暖かそう」
しかし、火はあっという間に小さくなり、すぐに消えてしまいました。
「…もうちょっとだけ、暖まりたいな」
またマッチをすると、今度は美味しそうな料理が現れました。
「わあ!骨付きチキン。フライドポテトにホカホカのスコーン!」
龍麻が思わず手を伸ばすと、その料理は煙のように消えてしまいました。
「お腹空いたなー」
龍麻は悲しくて泣きたくなりました。
今度こそ、ともう一本すると、大きなクリスマスツリーが浮かび上がりました。
「うわー綺麗ー…」
龍麻が空腹も忘れて見とれていると、だんだんツリーがぼやけてきます。
「あ、消えちゃう!」
龍麻は、黒い箱の残りのマッチを全てすりました。
今までよりも大きくて明るい炎が、辺りを照らします。
「わーい、暖かい…」
龍麻はうっとりと目を閉じました。
「やあ、君」
突然、声をかけられて、龍麻は目を開けました。
すると、ハンサムな男の人が目の前に立っていたのです。
「こんばんは。僕の名前は如月翡翠。北区で骨董品店を営んでいるんだ」
「はあ…」
「君の名は?」
「あ…緋勇龍麻」
相手の顔に見とれてしまっていた龍麻は、聞かれるままに自分の名前を名乗りました。
「それでは、龍麻。―――これを、受けとって欲しい」
そう言って如月が差し出したのは、一枚の紙でした。
受けとってよく見ると、それには龍麻が聞いたこともないくらいの高額な金額が書かれていました。
「な…何?この金額!?」
「君が使った『魔法のマッチ』の値段だよ」
「魔法のマッチ?」
龍麻は聞き返して、はっと気付きました。
きっと、さっき使い切ってしまった黒い箱のマッチのことなのでしょう。
全身から、さあーっと血の気が引いていきました。
そんな龍麻に構わず、如月は淡々と説明を続けます。
「支払方法は、現金かカード。分割払いも出来るが」
「そ、そんな!ちょっと待って。こんな金額、一生かかっても払えないよ!!」
「そうか。では警察へ―――」
「わあっ、待った!えっと、何とか頑張って働いて返すから!警察だけは勘弁して!」
「働くといっても、一体どうするつもりだい?」
「え、えと…それは」
龍麻は口ごもりました。
まだ学生で、しかもかなり不器用な龍麻には、まともな仕事やバイトはとても無理でした。
マッチを売る以外に、特にできることなどなかったのです。
「それは―――」
龍麻が黙ってしまうと、如月はふっ、と笑いました。
「―――では、君自身に払ってもらおう」
「え?う…嘘!?」
軽がると抱え上げられ、龍麻は慌てました。
じたばたと暴れてみても、相手は全然動じません。
「さあ、行くよ」
「たーすーけーてー!!」
夜の街に、龍麻の悲鳴が虚しく響き渡りました。
以後、新宿の街で龍麻の姿を見たものは誰もいないということです。
噂では、北区の骨董品店で店番をしていたとか、その店に木刀男が乗り込んで大騒ぎになったとか。
―――真相は、謎のままです。
そして。
北区の骨董品店での、ある朝のことです。
「なあ、翡翠ぃー」
「何だい、龍麻」
大きな包みを抱えて立ち尽くす龍麻に、如月は幸せそうな笑顔を向けました。
まるで新婚さんのような、蕩けそうな笑顔です。
それに対して、龍麻は泣きそうな顔で尋ねました。
「これ、本当に着るのか?」
「そうだよ。うちの店の制服だからね」
「嘘だ!店員なんて翡翠以外にいないじゃないか!」
「だから今まで着てくれる人がいなかったんだよ」
「う…何か卑怯だ…」
言い包められて、龍麻は涙声になって俯いてしまいました。
そんな龍麻を、如月は笑顔で、しかし容赦なく急かします。
「さ、龍麻。早く着替えないとお客さんが来るよ」
「翡翠ー」
涙目で訴えても、如月は取り合ってくれません。
「龍麻、確か君の借金はあと―――」
「わかった!わかりましたっ!」
「僕としては、手っ取り早く身体で払ってもらってもいいんだが…」
「冗談!一生かかっても店番して返すからなっ!」
「それじゃあ、早くそれに着替えておいで」
「わあん、翡翠のバカー!」
龍麻は、その制服―――何故か紺のメイド服に白いひらひらエプロン―――を握り締め、泣きながら奥の部屋へと走っていったのでした。
―――めでたし、めでたし。
−おしまい−
キリ番15000の浅生霞月様のリクエストは、「剣風帖で童話シリーズ」でした。カップルの指定はなかったので、京主→如主な感じで。きっと、言葉巧みな如月に敵わず、そう遠くないうちに龍麻は身体で返すことに…ゴホゴホ。
※ちなみに、童話シリーズとはわたあき様のサイト「ナマケモノ苑」様の企画です。
魔人キャラが童話の世界で大暴れ☆な感じの楽しい企画ですのでぜひご一読をv