『夢桜』



「・・・夢を見たんだ」



 微かに、悲鳴のような声が聞こえた気がして。
 一気に覚醒に導かれた意識、その声の主を探して胸元を伺えば、
そこには。
「・・・・・ひーちやん・・・?」
 抱き寄せた腕の中から伸び上がるようにして、まだベッドに
横たわったままのこちらを真直ぐに見下ろすようにしている、
その。
 大きな深い彩をした瞳から。
 ポタリ、と。
 夜明け前、その薄やみの中。白い頬を転がるように、幾つも
幾つものの雫が、あらわな京一の胸に落ちる。
「泣いて、んのか・・・よ」
 瞬きすら忘れたように。
 見開いたままの瞳から零れ落ちる涙は、龍麻の頬を、そして
京一の胸を濡らし続けていた。
「なあ、・・・どうしたってんだよ、ひーちゃん」
 呼んで。
 何度目か、呼んだその声に微かに反応を示して震えた唇を、
濡れた頬を包み込むようにして、親指でそっと触れる。
 ホッ、と。
 安堵の溜息を洩らしたのは、2人同時で。
 手に、頬に。
 感じる温もりが、お互いを安心させた。
「・・・夢を見たんだ」
 ポツリと。
 吐息を微かに白くして、そう呟くのに。
 京一は、指先で龍麻の目元を拭いながら、困惑気味に笑う。
「何だ、怖い夢見て泣いてたのか・・・かっわいーな、お前」
「・・・・・うるさい」
 指摘され、少々バツが悪くなったのか、眉間に皺を寄せつつ
龍麻が視線を逸らす。
 そういう仕草も可愛い、とは。
 心の中で呟くに留めて。
「怖い夢なら、とっとと人に話しちまった方が良いんだぜ」
 そうすれば。
 それが現実になるコトは、ない…らしいから。
「・・・・・ふうん」
 努めてか明るくのたまう京一に、龍麻はゆるりと視線を戻す。
「なら、話してやるよ」
 目を細め、龍麻は頬に添えられた大きな手に、自分のそれを
ゆっくりと重ねた。
「・・・・・お前と、俺が・・・いた」
 淡々と。
 龍麻は、見た夢の内容を語り始める。
 興味深げに見遣る京一を、真直ぐに。
 見つめたまま。
「ああ、でも・・・それは俺たちじゃなかったのかもしれない。
ただ・・・声と、そして・・・桜が・・・満開の桜が」
 それでも、その瞳はどこか。
 遠くを視ているようで。
 空いた方の手で龍麻の腰を引き寄せれば、薄紅をひいたような
唇が、ゆるく微笑んだ。
「満開の桜・・・花びらが舞い散る中、2人・・・話してる。
そう、お前は・・・微笑って・・・俺に」

 別れを。
 告げたんだ。

「な、・・・・・っ」
「ああ、『俺たち別れようぜ』とか、そういうのじゃないんだ。
・・・・・旅立とうとしている、んだ・・・修行の旅。そして
俺に・・・この地を任せる、って。置いてこうと、する」
 ス、と。
 肌に触れた手の平が、その温度を下げたような気がした。
「離れたく、ないのに。でも、笑って・・・俺は見送るんだ。
そうするしか、なかった・・・・・」
「・・・・・龍麻」
 酷く、喉が渇いているような。
 出たのは、そんな掠れた声で。
「・・・俺は、・・・・・」
「だから、俺たちじゃない・・・」
「っ、・・・・・」
 ゆっくりと。
 互いの吐息が近付く。
「京一は俺を置いて行かないし、俺は黙って見送ったりしない」
 一緒に。
 行こうって、約束したから。
「それに、もう話ちゃったからね・・・正夢には、ならない」

 そう、だろう?

 もう、あと少しで。
 触れそうな、その距離を一気に縮めたのは、京一の腕で。
「ん、っ・・・・・」
 まだ何か言いそうな。言いたそうな、その唇を。
 どうしても、塞いでしまいたくて。
「ふ、・・・・・っん」
 言葉を。
 奪ってしまいたくて、深く。
 唇を重ね、歯列を割り、舌を絡める。

 何か、に。
 怯えているように。

「きょうい、ち」
「っ、たつ・・・ま」

 それは。
 どちらの方、だったのだろう。

 言いたくない、言葉。
 聞きたくない、言葉。

 告げなければならない、それを。
 決して耳にしたくない、それを。

「ねえ、いっそ・・・・・」

 このまま、ずっと。
 繋がっていようか。

 微笑う、濡れた唇にまた噛み付くように。

 その、確信にも似た予感を。
 消してしまいたくて。

 そういえば、今年の桜はやけに早いと遠い目をして呟いた
男がいた。
 風に舞う、花びら。
 その桜吹雪の中で。

 どうか。
 この手を。





卒業式、ちょい前・・・ですかね。
取り敢えず、繰り返さないで頂きたいものです、ええ。
しんみり(?)しつつ、京一くん御誕生日おめでとーうv