『災い転じて』



 今日は、ツイてない。

 朝起きたら、首を寝違えていた。
 ベッドから降りようとして、床の上に広げっぱなしの
雑誌に足を取られて滑って転んだ。
 階段を駆け降りようとすれば、足を踏み外しそうに
なるし。
 牛乳は届いてないし。
 目玉焼きは、焦がしちまうし。
 そんなことをしているうちに、遅刻しそうになって
慌てて家を出たところで、バイクに引っ掛けられそうに
なるしで。

「・・・・・厄日かよ」

 幸先悪いぜと、道端の小石を蹴れば、通り掛かった犬
に当たってしまって。当然すごい剣幕で吠えたてられた
けれど、こっちも不機嫌を露に唸り返してやれば、途端
尻尾を巻いて逃げていったけれど。
 その様子を近所の綺麗なお姉さんに見られて笑われた。

 そうこうしているうちに、完全に遅刻な状況になる。
 もうどうでもイイやとばかりに、のんびりと歩けば。
 …黒猫が足元を横切って行った。
 ……何度も信号に引っ掛かった。
 ………信号待ちの間、2台も霊きゅう車が通った。

「くっそおおおおーーーッ!!」

 むしゃくしゃした気持ちを振り切るように駆け出して。
学校に辿り着けば、とっくにHRは終わって、1時間目の
授業が始まってしまっている。
 しかも、生物の授業だった。
 …犬神の野郎に、サクリと嫌みを言われた。

 項垂れつつ席に着こうとすれば。
 ふと、目にとまった。
 空いた、席。

 ひーちゃん、の。



「京一、また寝坊・・・・・」
「おい、ひーちゃん何で来てねぇんだよ!!」
 休憩時間になって、呆れ顔で席にやってきた小蒔が
俺をからかう言葉も皆まで言わせずに問えば。
「龍麻なら、熱を出して休んでいるぞ」
 そのすぐ後ろで、同じく呆れ果てた顔をした醍醐が
サラリと答えるのに。
「熱、・・・風邪でも引いたのか・・・?」
「さあな。・・・電話の声は、そう重症でもなさそうでは
あったが」
「・・・・・電話、って・・・大将・・・ひーちゃん、
お前に掛けてきたのかよ」
「そうだ。俺も驚いたんだが」
 お前のところに連絡を入れるだろうと思っていた、と。
 そう言う醍醐の声を、どこか遠いところで聞いている
かのような、錯覚。
 電話は、なかった。
 俺には、何も。

「京一くん!?」
 何だか、もう。
 無性に、イライラして腹が立って。
 朝から何でこう、ツイてないことばかり。
「帰る」
「お、おいっ・・・・・京一」
 広げていただけの教科書を無造作にカバンに突っ込んで
醍醐たちが呆然と見送る中、教室を足早に出る。
 屋上でサボるという気分でもなかったし、半ば駆け足で
校舎を出て、門をくぐって。

 その足は、いつしか。
 あいつの住むマンションへと向けられていた。


「おい、ひーちゃん ! いるんだろ !?」
 そして、辿り着いた龍麻の部屋のドアの前。どうせ、この
最上階のワンフロアは、他の住民はいないのを知っていた
から、何の遠慮もなくドアを叩いて。
 いつも、こんな訪ね方をしているわけではない。
 相手が病人だというのを忘れたわけでもない。
 だけど、今日は。
 無性に。
「・・・・・京一」
 しばらくして、ゆっくりと開かれたドア。
 その隙間から覗いた顔は、戸惑いを露にして。
「なん、で・・・・・」
「ともかく、上がらせて貰うぜ」
 龍麻の返事も待たず、勝手知ったるとばかりにドアを強引に
開いて、身体を滑り込ませる。後ろで、龍麻が微かに溜息を
つきながらロックを掛けるのを、視線の端で捕らえ。
 そのままリビングへと足を踏み入れると、ドッカリとソファ
へと身体を沈めた。
「・・・・・どう、したんだよ・・・学校、は」
 やがて遅れて入って来た龍麻が、困惑したように尋ねてくる
のに。朝から続いているイライラを抑え切れないままの、俺の
声は、低く。
「何で、・・・醍醐なんだよ」
「え、・・・・・」
「休むって。何で俺に電話しなかったんだよ」
 責め立てる口調に、龍麻は怯えたような目を向けて。
 そして、ふと。
 答えを探すように。
 視線を巡らせて。
「・・・・・ごめん」
 違う、だろう。
 俺が聞きたいのは、そんな言葉じゃない。
「理由を言えってんだよ」
「・・・京一・・・・・」
「俺に言えないような、理由でもあんのか」
「っ、・・・・・」
 応えに躊躇しながら。
 それでも龍麻は、否定するようにゆるゆると首を振った。
「言えない、わけじゃない・・・けれど」
「なら言えよ。俺に電話しなかった理由」
 こんな聞き方。
 傷つけたいわけじゃない、のに。
「・・・・・それ、は・・・」
「何だよ、やっぱり言いたくねぇんだろ」
「ちが、・・・・・っ」
 酷く苛立つ、心のままに。
 ソファから立ち上がり、目の前に佇む龍麻の手首を捕らえ
れば。
 常より、やや熱い肌。
 熱があるんだっけか、と。今更のように、ぼんやりと。
「・・・・・眠れ、なくて・・・」
「何だよ、それ・・・理由になってないだろう」
「今日の事、考えたら・・・眠れなくなって、朝になったら
・・・熱が、出てきて・・・・・」
 だから。
 何を言っているんだ、こいつは。
「・・・・・京一、の・・・誕生日の・・・」
「・・・・・・・え、・・・・・」
 今日。
 誕生日。
 俺の、だって?
「あ、・・・・・マジ、で?」
 忘れていた。
 というより。
 朝から色んなことが、あり過ぎて。
 思い出す余裕なんて。
「御祝、したくて・・・どうすれば、京一に喜んで貰えるか
考えてたら・・・考え始めたら、訳分かんなくなっちゃって
・・・・・そんなコトで、熱出した・・・なんて」
 恥ずかしくて。
 だから。
 それが、理由。
「・・・・・ひーちゃん・・・」
「ごめ、ん・・・ほんと、そんな下らない理由だった訳で、
というか・・・結局、御祝・・・何も・・・・・」
「ひーちゃん」
 衝動。
 その、ままに。
「きょ、・・・・・っ」
「・・・・・熱い、な」
 抱き締めてしまえば。
 熱を帯びた身体が、強張って。
 逃げる気配はないのに、それでも逃がしたくなくて。
 強く。
 かき抱いて。
「熱、下げるには・・・いっぱい、汗かくと良いんだぜ」
 耳元、低く。
 囁けば、反射的に震えて離れようとする身体を。
 捕らえて、きつく。
 抱き締めた、まま。
「・・・・・何も、いらねぇから」
 そう、ただ。
「ひーちゃんが、・・・・・龍麻がいれば、良いから」
 お前だけが。
 どうしたって、欲しい。
「・・・・・俺に、ちょうだい」
 言葉で。
 身体で。
 伝わって、いるだろう。
 分かって、いるんだろう。
「・・・・・うん」
 頷く、その頬に唇を滑らせて。
 そして、キス。
 沢山の、キスをして。
 肌に触れて。
 そこにもまた、口付けて。

「・・・・・大好き、京一」

 御誕生日おめでとう、と。
 気恥ずかしげに、囁かれて。


 前言撤回。
 今日は、とても。

 ツイてる。




・・・・・またしても知恵熱な、ひーたん(笑)v
初々しさに、仰け反りつつ(じたばた)・・・くくv
定番メニューですが、限定品(笑)なので、美味しく
召し上がってくれたまえなのよ、京一v