『雛祭り』


「あれ?今日って、雛祭り?」
「そうだよ」
 リビングでTVを観ていた龍麻が、ふと声をあげる。
 それに応えた壬生はといえば、キッチンで夕食の支度の
真っ最中で。
 俺も手伝う、と。毎回、龍麻は申し出るのだが。
 最初の一度だけ、そうさせてもらったものの、次回からは
出来上がるまでの間、キッチンに出入りするのを、やんわりと
断られてしまった。
 それでも手伝いたいと食い下がった龍麻であったが、壬生が
苦笑混じりに告げた言葉に。
 渋々、承知して。

   僕の寿命を縮める気かい?

 家事全般は、独り暮らしをしていることもあって、そこそこ
自信を持っていたのだが。だが、既にベテランの壬生から見ると、
それはかなり危なっかしく映るらしく。
 龍麻も、壬生を冷や冷やさせるのは本意ではなかったし、皿を
並べるくらいは、させてもらえたから。
 料理が出来上がるまで、こうしておとなしく待つ。

 そして、今日も。
 壬生の作る美味しい手料理に期待しつつ、テレビを観ていて。
 ニュースキャスターが告げた、ひとことに。
 3月3日。雛祭り当日だったことに、気付いたわけで。
「姉妹がいないと、ピンとこないなー・・・」
「そうだね。僕も昨日、スーパーに行って、雛あられが山積みに
なっているのを見て気付いたから」
 大皿を持って、壬生がリビングに入ってくる。
 テーブルの上には、既に龍麻によって取り皿や箸が用意されて
いて。真ん中に空けたスペースに、大皿を置けば。
「う、わ・・・ちらし寿司?」
 煮込んだ椎茸等の具を酢飯と混ぜ合わせて。その上に、錦糸卵
が乗せられた、極シンプルな。
「料理の本を見ていたら、こういうのが載っていたから・・・」
「うわぁ・・・美味しそう!! こういう素朴なのって、懐かしい」
 涎を垂らさんばかりに、瞳を輝かせて見入る龍麻の様子に、
壬生は柔らかい笑みを浮かべ。
「沢山作ったから、頑張って食べてくれるかな」
「えへへ、勿論おかわりするー」
 早速、それぞれの皿に取り分けて。
 向かい合って座り、手を合わせて。
「いっただっきまーす」
「どうぞ召し上がれ」
 言い終わるやいなや、皿を持ち上げ勢い良くかき込む様を。
 行儀が悪いよ、と嗜めかけて。
 出掛かった言葉を、壬生は苦笑を漏らしながら押し止めた。
 だって。
「美味しい・・・幸せ・・・」
 そう言って、本当に嬉しそうに。本当に、美味しそうに食べて
くれるから。
「良かった・・・・・ああ、御飯粒ついてるよ」
 頬についた御飯粒を、ひょいと摘まみ上げて。
 そのまま、自分の口に入れてしまえば。
 龍麻が。
 手を止め、きょとんとした顔で、壬生を見ていて。
「・・・何だい」
「・・・・・ううん、あのさ」

 こういうのって。
 すごく、幸せだよね。

 微かに頬を染めて。
 そう言って、笑うから。
「・・・龍麻・・・」
 本当に。
 ただ、それだけで。
 幸せで。
「えへへ」
 胸がいっぱいになるけれども。
 龍麻を前にすれば。
 満たされれば満たされるだけ、もっと。
 色んなことに、貪欲になる。
「紅葉、おかわりー」
「ああ、山盛りかい?」
「うん。紅葉も、いっぱい食べないと」
「ああ、負けないよ」
 この、ひとときも。
 そして、これからの時間も。

 ずっと。
 龍麻と。

 それを。
 望んでも。

「・・・ね、紅葉」
「ん?」
「ずっと、ずっとね」

 一緒に。
 いよう。

 日常の中で。
 たくさんの、こと。
 色んな、こと。
 
 例えば、こんな幸せな時間。
 ふたり、だから。

「一緒に、いよう」

 例えば、この後の。
 甘い、時間だって。

 ふたりで、分け合おう。
 これからも、ずっと。 




ラブラブなのは、日常茶飯事なのですが(笑)
『幸せ』というのは、やはり『ふたり』で、
が大前提で。それが些細なコトでも、『ふたり』
なら、幸せは2倍にも3倍にもなるのです。