『3月3日』


「雛祭りか・・・そういや、最近うちは飾らねぇな」
「・・・・・お姉さん、結婚したからじゃ・・・」
 さりげにツッコミを入れる、関西育ちの龍麻に。
「お、成る程。そういうもんだったか」
 ヘラリと。
 いつものように、軽い調子で笑って流す京一。
 ふたり、龍麻宅のリビングで、京一が持ち込んだ対戦ゲーム
を、かれこれ数時間。
 男の子には。
 桃の節句など、別にどうでもいいことで。
 雛飾りなど、部屋が狭くなるだけ。
 ただ、桜餅に雛あられ。そして、甘酒があるなら。
 そこそこ、楽しめるかもなどと考えつつ。

「そういえば、3月3日って『耳の日』でもあるんだよね」
 その、並んだ数字の形から。
 この国には、とにかくそういう記念日の類いが多い。
「『耳の日』、ねぇ・・・・・別に何かするわけでも」
「や、せっかくだから、しよ」
 コントローラーを置いて、立ち上がる龍麻に。
「昼間ッからか?」
「・・・何考えてんだ、サル」
 意味ありげな笑いを浮かべ、寝そべったまま見上げてくる
京一を一蹴し。
 やがて、戸棚を探っていた龍麻が戻ってきた時、手に持って
いたものは。
「してやるよ、耳掃除」
 耳掻きと、綿棒。
 呆気に取られる京一を、悠然と見下ろし。
 不敵な笑みを浮かべるのを、何やら引きつった表情で見返し
ていた京一であったのだが。
「・・・・・ま、考えようによっちゃ、ラブラブ・・・」
「何ブツブツ言ってんだ。ほら、座って耳こっち向け・・・」
「いんや、このままがいい」
 取りあえずゲームを中断し、コントローラーを脇に置いた
ものの、まだダラリと床の上に転がったままの京一の様子に。
 龍麻は、綺麗な弧を描く眉を、僅かに上げて。
「そんなんじゃ、ちゃんと出来な・・・」
「ここ、座って膝貸せよ」
「はァ!?」
 呆れたように聞き返す、龍麻に。
 にやりと。確信犯的な笑みを浮かべ。
「耳掃除っつったら、膝枕がお約束だぜ。ひーちゃん」
 さて、どうする、と。
 仰向けに転がったまま、龍麻を伺い見ていた京一であったが。
「・・・・・分かった」
「お?」
「言い出したのは俺だしな」
 自身を納得させるように呟き、そして。
 京一の傍らに、どっかと腰を下ろし、正座の形に足を揃えて。
「ほら、来いよ」
 手招きすれば。
 その言葉にすら、あらぬ想像をしてしまって。
 京一は思わずゴクリと息を飲む。
「・・・へへ。なんか、えっちくせぇ・・」
「刺すぞ」
 有り難きお言葉に甘えて、龍麻の膝に頭を乗せて呟けば。
 ふざけんなとばかりに、額をペチリと軽く叩かれて。
 それでも。
 暖かい龍麻の膝の上。
 そして耳掃除。
 この上なく、ラブラブなシチュエーションなのは、傍目にも
明らかで。
「へッ、あいつらにも見せつけてやりたいぜ」
 あいつら、とは。
 龍麻に懸想する、仲間の野郎共の面々で。
 結局、龍麻が京一を選んだことに、表面上は暖かく見守る姿勢
を貫きながらも、その内心では沸々と煮えたぎる何かを抱え持った、
京一からすれば危険きわまりない奴らのことであるのだが。
 しかし、こんな図を見せたら、それこそ闇夜に紛れて刺され
かねない。
 考え至って、思わず肩をブルリと震わせ。
「おい、京一・・・動くな」
「・・・あー・・・」
 それでも。
 青少年の妄想力は、どこまでも健在で。
「すごい・・・溜まってたんだね」
「・・・・・」
「こんなに、いっぱい・・・」
「・・・・・・・」
「ね、気持ちいい・・?」
「・・・・・・・・・・ッ」
 もう。
 まさに辛抱堪らん状態で。
「・・・・ッひーちゃん!!」
「う、わッ」
 ガバリと身を起こし、そのまま龍麻を床の上に縫い止めて。
「な、に・・・ッいきなり起きたら、危な・・・・」
「悪りィ!!でももう、我慢出来ねェ!!」
「え、ッ京・・・・・ッ」
 もう、すっかり。
 元気になってしまった、それを。
 言い訳のように、グリグリと下腹部に圧し当てられる感触に。
 手に持ったままの耳掻きを、背中に刺してやったら収まるかも
と、物騒なことを考えつつも。
 ふ、と。諦めたように溜息をついて。
「まぁ、こういうところも・・・」
 分かっていて。
 京一を、選んだのは。
 好きになってしまったのは、自分なのだから。
「・・・・・ひーちゃん?」
 抵抗の気配がないことに、何となく不安を感じたのが、そろりと
顔を上げ、龍麻を伺い見る京一の表情が。
 どこか、子供じみて。
 そして、そんなところも愛しいと思う、自分がいて。
「・・・早く」
 来いよ、と。
 頭を引き寄せれば、そのまま。
 降り注ぐ、キスの雨。
 心も、身体も。
 駆け巡る熱に、急かされて。

 世間様とは、ちょっと違うかもしれないけれど。
 3月3日。
 こんな過ごし方があったって。
 良いんじゃない?




健康的な桃の節句(何)。
『耳の日』でも、あるんですよね。
語呂合わせと言うか、そのテの記念日は
ほんとに沢山ありますよね。
それにカコつけて、色々ヤるのも、良し(待て)。