『アイの法則』




「・・・・・ムカつく」
 日曜だから、と朝寝を決めこんで目覚ましをセットせずに
いたら、案の定起きたら昼過ぎで。パジャマ姿のまま、朝食
兼昼食のカップメンに湯を注ぎ、待つ事数分。
 その間に、龍麻は昨日の学校での京一とのやりとりを思い
出してしまって。
「ムカつく・・・ッ」
 昨日から、もう何十回も呟いた言葉を繰り返しては、それ
に重ねるように、深々と溜息をついた。


「ひーちゃん、明日はバレンタインデーだぜ」
「・・・・・だから?」
 土曜の放課後。何やらいつもの倍増しの笑顔で、がっしり
と肩を抱き込んで来た京一に、怪訝な目を向ければ。
「チョコ、くれんだろ?」
 さも当然、と言うような口調に、龍麻は眉を顰めつつ。
「どうして俺が、お前にチョコやんなきゃなんないんだよ」
「俺とお前の仲じゃねぇか」
 どういう仲だというのだ。
 龍麻の中での認識では、京一は『親友』である。
 それ以上でも、それ以下でもない。
 勿論、愛の告白をされた訳でも、した訳でもなく。
 多少過度なスキンシップはあるものの、それはあくまで
友情の延長線状にあるもので。
「どうせ、下級生の女の子たちから山程貰うんだろうが。
今更、俺からの義理チョコなんて、強請るまでもないだろう」
 そう、京一は下級生の女の子たちからは、かなりの人気を
集めていて。中にはきっと、幾つか本命チョコも有るのだろう
と、龍麻にも予想は出来た。
「モテモテなのは結構だけど、あんま泣かせんなよ」
「あ、おい・・・待てよ、ひーちゃん」
 さっさと鞄を手に教室を出ようとする龍麻に、京一も慌てて
鞄を掴んで後を追って来る。一緒に帰るのは毎度の事ではある
けれど、チョコをあげるあげないの話を続けるのは、勘弁して
欲しいのが本音で。
「これから、買いに行くんだろう?じゃ、ついでに俺のも1個
買ってくれても良いと思うんだけど」
「・・・・・何を」
「だから、チョコ」
 まだ続ける気なのか、と溜息をつきつつ。
「買わない」
「え、何で。本命にも、やんねぇのかよ」
「・・・・・はァ!?」
 本命に。
 何をあげるって?
「・・・・・俺は男だ」
「んなこた、知ってるって」
「なら、貰う側だろう」
「・・・相手も男じゃねぇか」
 サラリと。
 真顔で言われて、思わず立ち止まってしまえば。
「絶対、向こうも期待してるって」
 あんな澄ました奴でもさ、と。
 そんな。
 知ったような顔をして。
「・・・・・だからって、何で俺がチョコをあげる側なんだ」
 そんな、ことを。
 つい、聞いてしまって。
「その方が、自然っぽいし?」
 そして。
 京一の、あっけらかんとした答えに。
「・・・・・ざけんな!!」
 即行、蹴りを入れようとしたら上手く躱されてしまったから、
体勢を整える前に。
「っい、てぇーーーーーーーッ!」
 手にした鞄で、脳天に1発。
 叩き込んで、龍麻は。
「・・・・・ムカつく!!」
 頭を押さえて座り込む京一を置き去りに、とっとと自宅である
マンションへと帰り着いて。そして、気持ちを落ち着けようと
大好きなココアを煎れて、飲んではみたけれども。
 憤りは治まるどころか、そういえば数日前からも、仲間の誰か
しらに、チョコをあげる云々について、それとなく聞かれた事を
思い出してしまって。
「・・・・・俺が、あげる側って・・・決めつけんなよ」
 ぐったりとしたように、テーブルの上に突っ伏す。
 ここ日本において、基本的にチョコは女性から男性へと渡すと
いうのが一般的で。それが、もし同性同士の場合はどうなるのか
なんて。
「・・・・・俺が、女顔だから・・・?」
 女に間違われることは、なかったけれど。
 その辺の女より美人だ、とか言われて酷く憤慨したことはある。
 容姿を褒められることが、嫌だというわけではないけれど。
 それでも。
「・・・・・それとも、俺が・・・」
 受け入れる側、だから?
 そういう行為において。
 女のように。
「・・・・・、ッ」
 そんな、こと。
 こんな形で、意識したくはなかった。


 結局、そのままフテ寝して。
 そして、日曜。
 バレンタインデーの、朝。
 特に何をするでもなく、カップメンを2個平らげた後、龍麻は
だらりとソファに凭れ掛かって。
 あれだけ寝たのに、またうつらうつらと。
 眠りに落ちようとした、頃。

「不用心も程がありますね」
「・・・・・ッ!?」
 不意に。
 頭上から降ってきた、声。
 見事に眠気を吹き飛ばされて、慌てて声の主を仰ぎ見れば。
「ドアに靴が挟まっていました。あれでは、オートロックだろう
と、意味が有りません」
「・・・・・人んちに勝手に上がり込んで、いきなり説教かよー」
「合鍵を頂いておりますし・・・一応、入りますよと声は掛けた
のですが、・・・その分では、聞こえていなかった様子ですね」
 半分寝かかっていたのだ。
 余程大きな声でない限り、聞き逃してしまっても仕方ないだろう
と、恨めしげな視線を向ければ。
「しかも、まだ寝巻のままですか」
「・・・・・うるさい」
「御機嫌も斜めときている」
「うるさい・・・ッ何しに来たんだよ!!」
「・・・・・やれやれ」
 呆れた、というように肩を竦められ。
 ムカつく、と。
 散々口にしていた言葉を、また。
 投げ付けようと、して。
「・・・・・何、それ」
 ふと。
 その、手。
 御門が手にしている大きな化粧箱に目が止まる。
「・・・・・たまたま、沢山ありましたので・・・」
 お裾分けです、と。
 そろりと膝の上に置くのに。
「・・・・・貰いもの?」
 にしては。
 随分と凝った包みやらリボンやら。
 これでは、まるで贈り物のようじゃないかと、訝しげに見上げ
れば。
「要らなければ、好きに処分して下さって結構です」
「処分って、これ・・・・・」
 淡々と告げるのに。
 とにかく、中身を確認したくて。
 やたらと豪奢な装飾を剥いで、箱の蓋を。
 開ければ。
「・・・・・、な・・・・・」
 息を飲んだのは。
 龍麻だけでは、なく。
「これ、は・・・・・」
 呆然と呟いたのは、御門の方で。
 箱の、中。
 シンプルだけれども、ふんだんに高級チョコを使っていると
思しき、ショコラケーキ。
 その形は、綺麗なハート。
 更に、表面にはパウダーシュガーの刳り貫きで。

 『I LOVE YOU......Tatsuma』

「・・・・・芙蓉、ッ」
「これ、芙蓉ちゃんからなの?」
「・・・・・・それ、は」
 御門が洩らした言葉に、すぐさま問えば。
 あからさまに、動揺を隠し切れずに額に手を遣る。
 そういう御門の姿を見るのは珍しくて、何だか。
 笑いが込み上げてきて。
「・・・・・私、です」
「御門、が?」
「そうです。芙蓉に命じて、とある菓子職人に作らせたものなの
ですが・・・・・まさか、こんな・・・」
 しかし、最近感情らしきものが垣間見えるようになってきた芙蓉
とはいえ、やはりここまでの演出を考え出したとも思えず。
「もしかしたら、藤崎か舞子ちゃん辺りの入れ知恵かもしれないね」
 たまに一緒に遊ぶんだよ、と。
 楽しそうに、藤崎が言っていたのを思い出しながら。
「でも、こういうことは芙蓉に任せたりしないで、ちゃんと自分で
手配すべきなんじゃない?」
「・・・・・そうですね」
 迂闊なところもあるんだな、と。
 こっそりと笑えば。
「でなければ、伝わらないものかもしれませんね」
「・・・・・、え」
「ここに書かれている言葉は、偽りではないのですが・・・それでも
やはり、きちんと自分の言葉で伝えるべきなのでしょう」
 そろり、と。
 ソファに座る龍麻の、前に。
 跪いて。
「貴方を愛しています」
「・・・・・御、門」
 恭しく手を取り、そこに。
 口付けて。
「バレンタイン、だとかいうお祭り騒ぎに則るつもりはありませんが
・・・・・貴方は、甘いものがお好きだったかと思いまして」
「・・・・・好き、だよ」
「味の方は、間違いないと思いますよ」
 薄らと微笑む。
 そんなに。
 優しい貌を見せられたら。
「・・・・・欲しく、ないの?」
「何を、ですか」
「御門は・・・御門、は。俺から・・・チョコを貰いたかったんじゃ
ないのか・・・?」
 混乱する。
 どうして、彼は。
「私は、甘いものは苦手ですから」
「・・・・・そうじゃなくて、こういうのは俺の方から・・・とか」
「想いを伝えるのに、そういう決まりがあるのですか?」
 こんなにも。
「チョコ、は・・・女の子、から・・・・・」
「私も龍麻さんも、れっきとした男子ですが」
「・・・・・俺、ッ」
「そんなことにこだわりを持って、貴方を選びはしません」
 深く。
 深いところまで。
「御門・・・・・ッ」
 ポロリ、と。
 溢れ出たものが、頬を伝って落ちる寸前。
 膝の上の箱を、さりげなく傍らのテーブルの上に移動させて。
 乾いた唇が、そっと。
 それを、拭って。
「・・・・・甘いものは、苦手だと言いましたが」
 やや、苦笑混じりに。
「この上もなく甘いのに、・・・・・それでも、やはり私は貴方が
好きですよ、龍麻さん」
 囁いて、今度は。
 耳の付け根に。
 口付けて。
「頂いても、・・・・・宜しいですか」
「・・・・・聞くな」
 耳朶をくすぐる吐息が。
 微笑って。

「ホワイトデー、楽しみにしてて」
「・・・・・3倍返しが相場らしいですが」
「・・・誰に聞いたんだか」

 笑い合って。
 キスをして。

 もっと、沢山。
 甘く。
 甘く。





・・・京一、ごめん(そこかよ)!!
奴に悪気などあるはずもナイのです・・・くぅ。
バレンタイン、男からチョコ贈ったってイイじゃ
ないですか、ねぇ(真顔)!?