「年上の彼」
「もういいよ」
「え」
尖った声に顔を上げると、和谷は拗ねたような顔でそっぽを向いていた。
小さな部屋の中で、不機嫌を全身で表現している部屋の主に、伊角は戸惑う。
「どうしたんだよ、和谷。お前が中国の話聞きたいって言ったんだろ」
「そ、それはそうだけど・・・」
「―――?」
「だってよ、伊角さんさっきから知らねェ奴のことばっか楽しそうに話しててさ」
和谷の顔には、正直に『面白くない』と書いてある。
思わず笑ってしまう伊角に、和谷はますます不機嫌になる。
「何だよ、伊角さん」
「いや、可愛いなあと思ってさ」
「可愛いはねェだろ。笑うなよ、もう」
「ああ、悪い。―――で、どうなんだ」
「何が?」
「和谷ってデベソなのか?」
「はぁ?」
「楽平がデベソだったから、あいつとソックリな和谷もそうかもって思って」
どーゆーリクツだよ、と軽く返されるかと思った。
なのに。
「―――確かめてみる?」
「え」
ふいに、和谷の表情が変わる。
「伊角さん、自分で確かめてみなよ」
「ちょ、ちょっと和谷―――」
どさ、と押し倒されて見上げると、そこには真剣な表情の和谷。
瞳の中に見え隠れする欲の色に、戸惑う。
「嫌じゃねェ―――だろ?」
「和谷」
「2ヶ月も離れて―――」
寂しかったのだと、唇が伝えに来る。
「―――ッ」
首筋を這う唇に、びく、と身体が震えた。
「なァ、伊角さん」
「―――んッ・・・あ、何・・・?」
「何で・・・俺が一人暮らし始めたか、わかる?」
「碁の―――勉強のため、って・・・あッ」
「それは―――表向き」
「―――え」
「こうやって―――伊角さんと、ゆっくりできるって・・・」
「和谷・・・」
「思ったから―――」
あとはもう、言葉にならない甘い喘ぎ声が聞こえるばかり。
「ね―――」
「―――ッ、な、に・・・」
「あいつとも・・・こんなことしてた?」
「え―――だ、誰?・・・ああッ」
「楊海―――とかいう奴」
「してなっ・・・」
「本当に?」
「当たり前・・・だろ」
「2ヶ月も同じ部屋で寝起きしてたんだろ。襲われたりしなかったのかよ」
「―――お前じゃあるまいし。えッ、待っ、―――ああッ」
急に激しさを増した責めに、伊角は悲鳴を上げた。
「伊角さん、ウーロン茶でいい?」
「―――ああ」
ぐったりと布団に突っ伏す伊角。
和谷は身体を起こして頭をかいた。
「汗、かいちゃったな。伊角さんシャワー使うだろ?」
「ああ。でも後でいいから、和谷先使えよ」
「そう?」
立ち上がり、冷蔵庫を覗き込む和谷。
その背後で、ぽつりと呟く声が聞こえた。
「―――俺の勝ち、だったな」
「何が?」
和谷が振り返ると、頬杖をついて顔を上げた伊角と目が合った。
「楽平や楊海さんと賭けをしたんだよ。―――和谷がデベソかどうか」
「へ」
「掛け金手に入ったら、和谷にも何か奢ってやるよ」
「伊角さぁん。何やってんだよ、もう」
がっくりと肩を落とす和谷。
それを見て、年上の恋人は綺麗に笑ったのだった。
−END−