『tiny smile』



 手も。
 指も。
 唇さえも、あの時とはまるで違う人のようで、そんなどこか掴みどころ
のない不安にも似た気持ちが表情にでも表れていたのだろうか。
 ゆるりと脇腹の辺りを撫でていた指を止めて。
 月明かりだけが頼りの薄闇の中、変わらない青い瞳が苦笑をたたえて
見下ろしていた。
「俺は俺だよ・・・アキラ」
「・・・・・ああ」
 分かっている。
 分かっているのだ、けれど。
 その空白の5年は、時の流れはこんなにも目にあからさまで、正直な
ところ戸惑ってもいたのだ。
 少女のような風貌は、この5年の間にすっかり大人びて。
 すらりと細身の印象はそのままに、だけど外見は----きっとおそらく
その中身までも、確実に大人の男へと成長を遂げていた。
「あんまりオトコマエになってたんで、驚いた?」
「・・・・・そうだな」
 笑みの形に細められた瞳に、何故だか素直にコクリと頷けば、一瞬息を
飲む気配がして。
「リ、・・・・・」
 すぐに。
 強い力で抱きしめられた。
 長い腕。
 広い胸。
 暖かいカラダ。
「もう・・・どうしてそんな可愛いかな、アキラは」
 ぎゅうぎゅうと抱き潰す勢いで、正直息苦しさに咳き込みそうになった
けれど、それでも。
 触れる素肌は、酷く懐かしくて。
 やや躊躇いがちに、その背に腕を回して。
「・・・・・リン」
 確かめるように。
 その名を、呼んだ。



 暮れ泥む街での再会の後。
 リンは、当然のようにアキラの住む小さなアパートへと転がり込んだ。
 いわゆるワンルームの古い部屋だったが、繁華街から少し離れた場所に
あるお陰か、余計な喧噪に巻込まれることもなく、静かに生活していくの
には申し分なかった。
「・・・・・ちょっと窮屈かな」
 呟きながら壁際に備え付けられたベッドに腰を下ろし、まだどこか戸惑い
の表情を浮かべるアキラに、リンはその明るい笑顔を惜しみなく向ける。
「まさかとは思うけど、オトコ作ったりしてないよね」
 にっこりと微笑んだまま、尋ねてみれば。
「・・・・・ずっとひとりだ」
 ぼそりと告げた言葉を裏付けるように、この部屋にアキラ以外の人間の
住んでいる形跡はない。ここに来る途中、もしやあの情報屋のオッサンと
どうにかなってるんじゃないかと、そう悪戯っぽく問うのにも、どこから
そういう発想になるのかと怪訝な瞳を向けられたから。
「俺のために、貞操守ってくれてたんだ」
 にやり、と。
 自分でも、ああちょっと意地悪だなあと思うような笑みにすり替えて
見つめれば、短い沈黙の後、バツ悪そうに逸らされたアキラの、その目尻
が微かに朱に染まったのが見えた。
 堪らない。
 沸き上がる衝動は、だけどトウキョウから出てアキラの姿を見付けてから
ずっと、抑えてきたもの。
 否、もっとずっと以前から。
 この内に、孕んでいたもの。
「アキラ」
 呼べば、やや間をおいて振り返る。
 手を伸ばせば届く、その距離を腕を掴んで、引いて縮める。
 驚いたように見開かれた瞳に微笑み掛けながら、倒れ込んでくる身体を
しっかりと受けとめて、そのまま。
 独り寝にはまだしも、コトに至るには少々手狭だと感じたベッドへと、
突然の出来事に呆然としたままのアキラを横たえ、縫い留めるようにその
上へとのしかかる。
「リ、・・・ン?」
 まだ何が起こったか分からない、といった様子のアキラの耳元、屈み込む
ようにして、囁くように。
「・・・・・俺が欲しくない?」
 問えば。
 微かに震えた肩をシーツに押さえ付けるようにして、無防備な耳朶を舐め
上げる。
「俺は、ずっと・・・欲しかったよ。アキラが。欲しくて堪らない」
 自分でも可笑しくなるくらい、その声は情慾に掠れていて。もしかしなく
ても、相当切羽詰まっているんだと思うと、呆れたくもなるけれど。
「知ってた?・・・・・アキラ、俺はね」
 濡れた耳朶を噛み、唇を滑らせて辿り着いた首筋の薄い皮膚にもそっと
歯を立てれば、ハッと息を飲む気配がする。
 そう、教えてあげたいと思う。
 これから、じっくりと。
 余すところなく。
「ずっと・・・・・アキラを抱きたかったんだ」
 出し惜しみなんてしない。
 真直ぐにそう告げれば、少しの沈黙の後。
 背に回された腕に、思わず泣き出しそうになった。



 初めて肌を合わせた時には立ち場は逆だったけれども、その時からアキラ
の身体は随分と感じやすくて可愛いな、なんてこっそり思っていたのだと、
甘ったるく囁くリンの声は、熱を帯びた吐息と共に濡れた肌に零れ落ちる。
手で指で唇で舌で、散々煽られ愛撫され、じんわりと溶けそうに熟れた肢体
を抱きしめ、じっくりと解されて震える蕾を昂った先端でなぞる。先走りに
濡れたそれが悪戯に入り口ばかりを撫でては離れていくのに、とうとう堪え
きれなくなったのは、アキラの方で。
「リン、・・・・・」
 早く、と。
 強請る言葉は、音にはならずに。
 吐息だけで紡がれたそれは、だけどしっかりとリンの耳にも届いて。
「・・・・・うん」
 手を添えるようにして、今度は確実にそれを宛てがう。
 先にアキラの吐き出したもので濡れた窄まりに、ひたりと添って。
 やがて、リンのカタチに拡げられていく後孔が、異物の侵入に怯えたよう
に震えながらも、少しずつ貪欲にそれを飲み込んでいく。
「あ、ぅ・・・・・っ、ん・・・・・」
 痛くないわけはないと思う。
 アキラにとっては受け入れる行為は初めての上に、正直ヴァージンには
申し訳ないくらい成長しちゃってるなと自覚している自分の欲を突き込まれ
ているのだ。
 それでも、傷付けることがないようにと丹念に解された蕾はリンを咥えて
もっと奥へと誘うように伸縮を繰り返す。
「・・・・・ほん、と・・・堪らない・・・なぁ」
 熱い肉襞に包み込まれ、締め付けられて。
 ようやく根元まで収めてしまうと、リンは満足げでいて、酷く飢えた瞳で
伏せて震えているアキラの双眸を覗き込む。
「目、開けてよ・・・アキラ。こっち、見て・・・」
「っ、・・・・・」
 促されるように。
 そろそろと、濡れた睫毛が縁取る瞳が、どこか朧げな光を帯びてリンを
映す。
「・・・・・リン」
「うん」
「リン・・・・・」
「そうだよ・・・アキラ」
 ここに。
 いるよ。
 ずっと。
 ここにいるから。
 目元に、頬に、そして唇にキスを何度も。
 やがてアキラの身体の強張りが弛みんできたのを見計らって、ゆっくりと
抽挿を始める。
「あ、っ・・・・ん、く・・・ぁ・・・・・っ、・・・・・」
「アキ、ラ・・・」
 狭く熱い内壁を擦り上げるように突き込んでは退けば、絡み付く粘膜が
名残惜しげに震えるのが、どうしようもなく愛おしくて。昂る感情のままに
激しく動いてしまいたいのを、まだもう少しと堪えながら、きつく締め付け
られる快感に酔う。
「ひ、ぁ・・・っ、ん・・・・・」
 何度か角度を変えて突いてやれば、アキラの身体が大きく反応を示す部分
が知れるから、そうすればそこを狙って攻め立ててやれば、一際高い嬌声が
狭い部屋を満たす。
 自分の上げた声に戸惑いながら、それでもリンが絶えまなく与えてくる
快楽に、アキラはその背に爪を立て、白濁を飛び散らせながら果てた。
 少し遅れて、リンも低く呻きながらアキラの中に迸らせる。
 微睡むようなけだるさを心地よく感じながら、どちらともなく唇を寄せる。
 啄むようなそれが、段々と深いものに変わる頃には、また熱い吐息が暗い
部屋に満ちる。
 明け方まで、それは続いていた。



「やっぱ、引っ越そう」
 リンの提案に、アキラも項垂れたように頷く。
 夜明けまで散々身体を重ねて、そのまま昼過ぎまで泥のように眠って。
 お互いに空腹を感じて目を覚まし、何か美味しいものでも食べに行こう
というリンの誘いに乗って、ややぎごちない足取りながらも外に出れば。
 隣の空室の向こうにある住人が帰宅するのと鉢合い、その時に向けられた
困ったような照れたような気恥ずかしげな視線に、思い当たることと言えば
それしかないアキラは、非常に居たたまれない思いをすることとなり。
 今のこの部屋では2人暮しには手狭、というもっともな理由も手伝って、
近い内に新居を探すという意見で一致した。
「大きなベッド買わないとね。出来ればバスルームも広めが良いな」
「・・・・・任せる」
「姿見も置こうね。ふふーん」
「・・・・・姿見?」
 ウキウキと新居の仕様希望を語るリンに、ああやはりリンはリンなんだな
という思いが、自然アキラの口元を綻ばせる。
「あ、イイ顔」
 それを見とめたリンは、悪戯っこのように笑いながら、指でフレームの
形を作る。
「カメラも欲しいな・・・アキラ、いっぱい撮ってあげる」
「・・・・・ああ」
「今度は、思いっきり笑ってみせて欲しいな」
 リンの眩しい笑顔につられるようにして、アキラも。
 ふわりと、微笑みを浮かべていた。





新居にて、リンたん大暴走の予感v姿見もカメラも使いまくります(悦)v