『poison』



「ッ、九龍 ! 」
 油断大敵。
 油断禁物。
 そんなこと、イヤってほど身に滲みて解っているはずなのに。
 正面から襲ってきた敵を2体、銃弾を数発急所にお見舞いして倒した
その直後、柱の影にいたもう1体がユラリと近付いてきていたのを視界
の端に捕らえていながら、反応がコンマ数秒遅れた。
 弱点は知れてる。
 持ち替えた鞭で、すぐに倒せる他愛無い相手だ、と。
 意識はしていなくても、そういう考えがどこかにあった。
 自分の力を。
 過信していた、その結果が。
「つ、ッ・・・・・」
 蛇のカタチをしたモノの鋭い牙が衣服を切り裂いて、その下の皮膚に
食い込み、肉を噛み千切ろうとする。走った痛みに微かに頬を引きつらせ
ながらも、俺は銃身で左腕に絡みついたソレを叩き落とすと、その背の
入れ墨のように浮かび上がる模様へと鞭を振るった。
 刹那。
 煙のように砂のように、そのカタチは消え失せる。
 エリア内の敵殲滅を知らせるH.A.N.Tの声に思わずホッ肩の力を抜きかけ
て、すぐ目の前。
 苛立ちを露にした今夜のバディに選んだ男の瞳に、思わず射竦められる。
「ゴ、ゴメ・・・」
 何に、かは意識せず。
 思わず謝罪の言葉を口にしてしまえば、ちッと軽い舌打ちと共に一歩
こちらに踏み出した皆守の、その手がダラリと力なく垂らした俺の左腕を
思いっきり掴むのに。
「い、ッ・・・・・」
 掴んだ力も強けりゃ、ヘビもどきに噛み裂かれた方の腕だということも
あり、その痛みに、何するんだとばかりに相手を睨み付けようと、して。
「見せろ」
「ッ、あ・・・」
「・・・・・ちッ」
 また舌打ち。
 こりゃ相当機嫌悪いなあと感じる間もなく。
「な」
 袖を捲られ、露になった傷口。
 じわじわと鮮血が溢れる、そこに。
 吐息、そして。
 ペロリ、と。
 熱い。
 舌、の。
「や、あッ・・・・・」
 濡れた感触に、上げた声はどこか妙に上擦ってはいなかったか。
 だが、それよりも。
「何だよ、まだ終わってないだろう」
 咄嗟に肩を押すようにして拒否の意を示した俺に、剣呑な目を向けて。
だが、またすぐに傷口に唇を寄せようとするのを、今度は腕を振り切る
ようにして身を離す。
「止めろと言ってる ! 」
「・・・・・そういや、妙な声上げてたっけな」
「ッ、・・・・・」
 にやり、と。
 吊り上げられた口の端、こびり着いた朱。
 俺の。
 血の。
「そ、そういうことじゃない ! もし相手が毒を持っていたらどうするんだ
・・・迂闊に口を付けて、そこから」
「・・・・・あァ、なるほどな」
 そいつは確かに迂闊だったかもな、と。
 だが呟くその口調は、まるでヒトゴトのもの。
「でも、もし毒なら吸い出さないとマズイんじゃないのか?」
「・・・・・その場合はその場合で、ちゃんと対処法が・・・」
 血の、朱が。
 やけに生々しくて。
「・・・・・と、にかく・・・もう少し進めば魂の井戸が」
「九ちゃん」
 そこにばかり目が、引き寄せられるようで。
 身体ごと向きを変え、視線を振り解けば。
「こ、う・・・・・ッ」
 グ、と。
 腕を引かれるのに、そのまま皆守の胸に背を預けるような形になって
しまって。
 何を、と抗議しようとして、また。
 腕を軽く持ち上げるようにして口元に寄せ、傷から伝う血を舐め取る、
その仕草に。
 舌を這わせながらも、目だけは真直ぐにこちらを見ている、のに。
 何も、言えないまま。
 ただ、開きかけた唇が小さく震えた。
「毒はないみたいだぜ」
 唇を押し宛てたまま言うのに、触れる傷口が訴えるのは痛みと。
 そして。
 これは。
「そ、んなの・・・お前に判って・・・・・」
「何となく、だけどな」
 何だろう。
 どうして、こんなに。
 声が。
 頼りなげに、震えるんだろう。
「信用出来ないってんなら・・・」
 確かめてみるか、と。
 吐息のように囁いた唇は、俺の流した血に染まって。
 ゆっくりと近付いてくるその朱に、俺は。
 無意識のように、目を閉じていた。
「ん、ッ・・・・・」
 触れる。
 唇。
 血の香りのする。
 これは。
「・・・ッあ、ふ・・・・・」
 噛み合わせるように触れた唇が、ゆっくりと侵蝕を始めるのに。
 鼻孔を刺激する血の匂いが、やがて口の中に味覚となって広がる。
 別の生き物のように口腔を侵す熱い舌と、濃くなっていく血臭に目眩
さえ感じて、俺は背中から抱き寄せてくる皆守に縋り付くようにして、
辛うじて立っていた。
「・・・・・どうだ?」
 ひとしきり。
 深い、深過ぎる接触を交わして、互いにどこか名残惜しげに唇の距離
を置けば、それでもまだ吐息が触れる距離、そう問うてくるのに。
「あ、・・・・・つい」
「・・・・・は、ァ?」
「熱い・・・・・」
 まだ、ボーッとするような、どこかフワフワと覚束無い思考。
 ただ、自分の血の味と、そして。
 皆守の唇の、舌の熱さが酷く鮮明で。
 ポツポツと、そう呟けば。
「・・・そういうことじゃない、だろうが・・・ッ」
 クソッ、と。
 吐き捨てるように、だけど。
 その瞳に浮かんだ色は、どうしようもなく俺をザワザワさせる。
「血・・・まだ付いてる」
「な、・・・・・」
 見上げた顔、その唇の端にはまだ少し紅い色が残っていたから、ふと
それを拭ってあげようという気持ちになって。
 それが。
 どうして、そういう方法を取ったのかは、俺だってよく分からない。
「九、・・・・・」
 伸び上がるようにして、近付いて。
 ゆっくりと舌で辿ったその味は、当たり前だけれど俺の血の味。
 皆守の唇から、舌から感じたのと同じ。
「・・・・・まだ」
 その味が。
 残ってるのかな、なんて。
 そんなことを思いながら、呆然と俺を見つめている皆守の腕の中、
このままじゃやりずらいとばかりに身体を捩らせて、向かい合う体勢に
なって、俺はきっと満足げに微笑みすら浮かべながら。
 ふわりとその頭を抱き寄せるようにして、今度は俺の方から。
 目は、閉じないで。
 そろりと唇を触れ合わせれば、間近で見る皆守の眉が顰められるのに。
 もしかして、俺からこういう風にされるのはイヤだったんだろうかと
何となく残念に思いながら、身を離そうとすれば。
 手、が。
 腰を抱き寄せるようにして、強く。
 そして、腰を抱き寄せたのとは反対の手が俺の頬に触れて。
 覗き込むように見つめてくる瞳の、その奥に揺らめくものにゾクリと
身を震わせてしまえば。
「・・・・・だ、な」
「え、・・・・・ッん・・・」
 その言葉を。
 確かめようとする前に、唇は塞がれて。
 言葉ごと、飲み込まれていってしまったけれど。
 やがて、冷たい壁に押し付けられるまま、熱い唇を。手を。肌を。
 全部、受け入れてしまいながら。
 抱きしめて。
 何度も抱き合いながら、また皆守が呟いた言葉は、途切れ途切れな
意識の中、それでも俺は確かに拾って。

 -----毒だな、お前は-----

 その意味を測りかねたまま、きつく抱きしめてくる腕の中。
 溶けてくみたいに、意識を手放していた。





遅効性なのか即効性なのか、とにかく効き目はバッチリの
模様ですv甘い甘い毒vしかも無意識無自覚(笑)v