『湯煙●●事情』



 交歓学生っちゅーことで、何が悲しゅうてこんな山奥まで来な
アカンのや・・・と、思わんでもなかったけど。
 それでも、まあ・・・田舎だけあって、景色はええし、空気は
旨いし。なかなか可愛い女子にも巡り合えたし。
 それに。
「一応、お風呂は各部屋に小さいのが付いてるんだけど、でも
ここの大浴場は結構お勧めだよ」
「おっ、もしかして天然温泉っちゅーヤツかいな」
「そうだよ。月詠は・・・違うの?」
「まさか、そんな情緒溢れるもんあらへん。味気ない風呂や」
 スポーツジムに、ジェットバスやら電気風呂やらは付いとった
けどな。
「ふーん・・・取り敢えず、後で入ってみる?」
「おお、伊波も一緒にどや」
「うん、そうだね」
 まあ、さすがに混浴やあらへんやろけど、それでも天然温泉や
湯煙旅情や。
 こうして、寮の中を案内してくれる伊波も、ええヤツやし。
 お気楽学園生活、とは言えん事情もあったりするけど、まあ。

 それなりに、楽しめそうや。


「ほほー、ここかいな」
 伊波に案内されて着いたそこは、思い描いてた岩場の露天風呂
とは違い、どちらかというと銭湯っぽい雰囲気のする風呂場で。
それでも脱衣場に入れば、仄かに漂う硫黄の匂いに、ああ温泉に
来たんや…と、何やらウキウキした気分にさせられる。
「脱いだ服は、ここにあるカゴに入れて棚に置くんだよ」
「おー、何ちゅーか・・・修学旅行なカンジやなあ」
「楽しい?」
「ああ、ワクワクするで」
 くすくす笑う伊波の横で、早速服を脱いでいく。
 この時間なら空いてるよ、と伊波が言うてたように、脱衣所に
人影はなく、ただ使用中と思しきカゴが棚に幾つかあったから、
何人かは既にビバノンノで楽しんでるワケや。
「ほな、お先」
 パパッと脱いだ服をカゴに突っ込んで、一応手拭いを腰に巻き
つつ、風呂場へと向かう。
「お前も、はよ来いや」
「あ、うん」
 風呂場に続く引き戸に手を掛けつつ、そう言って振り返れば、
あいつ…ワイが適当にカゴに突っ込んだ服を、丁寧に畳んどる。
 …マメなやっちゃなあ。
 ええ嫁さんになれるで、伊波。
 まあ、男が嫁になれるワケやないけど、マメな旦那っちゅーの
も、最近の女子には人気かもしれんしな。
 ま、それはさておき。
 念願の温泉や。
 おおお、白く濁った湯がいかにもソレっぽいやないか。
「御神、先に掛け湯して」
「おお、マナーは守らないかんな」
 温泉を目の前にして、しばし感動に立ち尽くしていたワイに、
ようやく追い付いて来た伊波が、ポンと肩を叩きつつ声を掛ける
のに、せやせやと頷いて促されるままに、手桶を取る。
「湯舟に浸かる前に、身体も洗うてしまおか」
「そうだね」
 一旦浸かってしもたら、気持ち良うてなかなか上がれんような
気がするし、入って上がってといちいち面倒やしな。
「はい、石鹸」
 備え付けの椅子に並んで腰掛けると、やはり備品の石鹸を手に
伊波がにっこりと微笑む。
「おおきに」
 ああ、ホンマええ嫁さんになれるで、伊波。
 お前が女やったら、貰ったってもええような気がしてきたわ。
「伊波、ちょっと背中向けや」
「ええ?」
 今日も、おそらくこれからも色々と世話になりそうやし、礼っ
ちゅーのも何やけど。
「お背中流しそうめんや」
「・・・・・そうめんはないけど」
「あちゃー、まだまだツッコミっちゅーもんを分かっとらんなあ」
 小首を傾げながらも、ワイが石鹸を泡立てた手拭いをかざして
見せるのに、やっと合点がいったのか。
「・・・・・えっと、洗って・・・くれる、の?」
「せや、はよ背中こっち向き」
「・・・・・っ、そんな・・・悪いよ」
「何、遠慮しとるんや。ワイと伊波との仲やないか」
「な、仲って言ったって」
 戸惑いがちに、なかなか背中を向けようとせんもんやから。
「・・・・・ダチやあらへんの?」
 ちょこっと。
 悲しそうな振り、そうポツリと呟けば。
「っ、・・・・・ごめん、そんなつもりじゃ・・・えっと・・・
じゃあ、お願いします」
「おう ! 」
 効果てきめんや。
 ワイのナイス演技に、まんまとハマってくれよって、伊波の奴。
 済まなそうに、慌てて背中を向ける様子に、まあ…ワイも少々
やり過ぎたかも、って反省したけど。
 詫びは、きっちりゴシゴシさせて貰うっちゅーことで。
 早速、泡たっぷりの手拭いをひたりと背に宛てれば、無防備な
背が、微かに怯えたように震えるのに。
「何や、冷たかったか?」
「あ、・・・な、何でもない」
 ふるふると首を振りつつ言い訳する様が、また可愛らしいんや
けどな、こいつ。
 それに、ダチや言うてもラギーたちの背中流したりなんてコトは、
こないに成長してからは、全くあらへん。
 せやから、着替えの時とか以外で同年代の男の背中を、しかも
マジマジと眺めるなんて、まずあらへんのやけど。
 何て言うか。
 スベスベしてるんですけど、伊波サン。
 そう貧弱じゃなく、いかついワケでもなく。
 適度に筋肉のついた、ホンマ…キレイな背中をしてると思う。
 あんまりゴシゴシ強く擦ったら、この白いのが赤くなってしまい
そうで、何となくサワサワと撫でるように手拭いを滑らせてると。
「・・・・・っ、ちょっ・・・」
「ん、何や」
 何となく。
 身体が小刻みに震えてる、ような気がして。
 もしかして具合でも悪いんかと、泡だらけの手で背を擦れば。
「や、あ・・・っ」
 …な。
 …な、な、な。
 …何ちゅー声を出すんや、お前は!?
 微かな悲鳴のような、高い声。
 やたらと、それは。
 甘ったるくて。
「ご、ごめん・・・っ僕、くすぐったがりなんだ・・・だから、人
に背中とか洗って貰うのって・・・ちゃんと言っておけば良かった
・・・本当に、ごめん」
 いや、驚いた…っちゅーか。
 こう。
 ズキュン、と。
「・・・・・キた、っちゅーねん・・・」
「え・・・?」
 ああ、そらもう。
 不意打ちもええとこや。
 だから、咄嗟に手拭いで隠すことも出来んかった。
「っ、・・・・・・・!?」
「・・・・・あんま、見つめんといて下さる?伊波サン」
「あ、っ・・・ごめ・・・え、・・・ええ・・・っと」
 動揺バリバリなんは、こっちも同じや。
 もう、思いっきり見られてしもたんやからな。
 モリモリ全開の、アレっちゅーか。
 ナニを。
「ど、・・・・・どうしよう」
 どうしよう、て。
 どうにかしてくれるんかいな、この元気なムスコさんを。
「あー、ほっといたら治まるやろ」
「そ、そう・・・かな」
「それとも、伊波クンがシテくれますのん?」
「え、っ・・・・・」
 湯気のせいか、ほんのり上気した頬をして、困ったように。
 気が動転して泣きそうなのか、どこか潤んだような瞳で。
 そんな可愛らしい顔されたら、治まるもんも治まらへん。
「ワイのコレ、今の伊波の声のせいやし」
「あ、・・・・・」
 自分のせいだと言われれば、伊波にとっては観念するしかないの
かもしれなくて。
 困ったように、視線を彷徨わせ。
 やがて。
 コクリ、と喉を鳴らし、意を決したように覗き込むようにワイの
目を見て。
「・・・・・どうすれば良いのか、・・・教えて・・・・・?」
 …アカン。
 …マジで、クるっちゅーねん。
 幸いなのか何なのか、ワイが伊波の背を洗い始めた頃には、既に
湯舟に浸かっていた数名の奴らは、姿を消してしまっていた。
 脱衣所にも、もうその気配すらなく。
 …これは。
 …チャンス、なんやろうか。
「って、何のチャンスや ! 」
「・・・・・?」
 思わず己にツッコミを入れてしまえば、怪訝そうに伊波が首を
傾げる。
 うっすらと開いた唇がピンクで、やたらと旨そうで。
 …ワイも、本格的にノボセてきてるんかもしれんな。
「・・・・・水」
「え?」
「水や、はよう」
「あ、っ・・・うん」
 あくまで冷静に、努めてそう告げれば、ハッとしたように伊波が
すぐ近くの蛇口を捻って、手桶に水を溜める。
「これ、どうす・・・」
「冷ますんや」
「・・・・・、っ!?」
 冷めたいやろうな…と、覚悟はしてたけど。
 熱をもったソコにブッかけた水は、想像以上に冷たかった。
「ひいえええ・・・」
「な、御神・・・っ、だ・・・大丈夫・・・!?」
「・・・・・何とか」
 あまりに冷た過ぎるもんやから、このまま使いもんにならんように
なってしもたらどないしよう・・・と、ちょっとイヤな予感に襲われ
たけれども。
「・・・・・あ・・・治ってる」
「あー、せやな」
 治ってる、っちゅーか。
 俺のビンビンだったナニは、冷水ブッかけられたショックか、単に
冷やされて血の気が引いたのか、おとなしく鎮座してソコに。
「取り敢えず、一件落着や」
「あ、・・・・・うん」
 少々荒っぽい治療(?)やったけど、もしあのままやったら…ホンマ、
どうなってたか分からん。
 伊波に。
 何を、させて。
 何を、してしまっていたか。
「ほな、各自身体洗うとしよか」
 そもそも。
 最初っから自分で自分の身体を洗っていれば、こんな事態には。
「・・・・・でも、御神」
「あん?」
「かなり冷たかっただろ・・・本当に、平気?」
 心配してくれるのは、めっちゃ有り難いで…伊波。
 せやけどな。
「アホ、触っ・・・・・」
「・・・・・ひ、っ」
 もしかすると、ホンマにこいつは田舎純粋培養の清純無垢な奴で
あったのかもしれん、けどな。
 だからって、せっかくおとなしくなってくれたモノに。
 うっかり、触れてくれたりしたら。

「う、うそ・・・何で・・・・・」
「・・・・・あのなあ・・・伊波・・・・・」

 今度、こそ。
 責任取って、頂かなあきませへんで?





で、責任取らされたんでしょうか!?←ナニ