『此処に』



「案外、失恋でもしたんじゃねーの?」
 手痛くフラれて、ショックで手合いをサボっているのかも
しれない、などと。下らない、戯言。
 そう、戯言だ。
 違う、彼は。
 彼は、そんな理由で碁を捨てたりはしない。
「・・・・・ッ進藤」
 そんな、ことで。

 この僕から逃げようなんて、許さない。



 咄嗟に掴んだ方は、目眩がする程に頼りなさげで。
このまま力を込めてしまえば、そこから崩れ落ちてしまうの
ではないかと思える程に、儚いものに感じた。
 以前の彼とは、何処か違う。

   恋やつれ

 そんな言葉が浮かんで、慌ててそれを打ち消した。
「どうして手合いに来ない・・・ッ進藤 ! 」
 君は、僕と打つ為にここまできたはずだ。
 僕と。
 なのに、何故。
 そんな、泣きそうな顔をするんだ。

 その顔は、誰の。




 転機は、僕にしてみれば、あまりにもあっけなく訪れた。

「俺、碁を止めない ! 」
 その瞳の輝きは、僕が良く知っている彼のもので。
 安堵と共に、歓喜のようなものが僕の胸の内を支配して
いくのが分かった。
 そう、僕を。
 追って来て、ここまで。
 僕は、いつも。
 君を。



 彼がプロとなって、初めての僕との手合いの後。 
 これからは時々、碁会所で一緒に打とうという僕の誘いに、
進藤は笑顔で頷いた。それにつられるように、僕も笑みを返せば。
彼は、一瞬呆気に取られたような表情になって。
「・・・・・笑った」
「え、・・・」
「だって、何かさー・・・お前、俺の前ではいつも怖い顔ばっか
してるからさー・・・」
「それは・・・・・」
「笑ってろよ、その方が良いって」
 そう言って笑う君を、僕は少しだけ高い視点から見ている。
互いに背も伸びて、少しだけ僕らは、大人になった。
 あの頃とは、違う。
 そして、こんな風に2人並んで街を歩くことだって、こんな
何気ないことなのに、予想することも出来なかった。
 きっと、余裕がなかった。
 だがそれは、今もたいして変わらないことで。
「・・・・・君がそう言うなら、努力してみるよ」
「あー、またそんな難しい顔するし。もっと、こう・・・自然に
出来ねーの!?」
「・・・・・」
「まあ、・・・仏頂面は怖いけど、手合いの時とかのお前の真剣な
顔は、すげーカッコイイと思うし、・・・・・」

   すげー好きだな

 そんな、ことを。
 あっさりと、君は。
「塔矢?・・・ッう、わ・・・・・ッ」
 口にする、なんて。
「ま、・・・おい、離せよ・・・ッ」
 気がつけば、彼の手首を掴んで。そのまま、僕は走り出していた。
 その、細さに。体温に。早くなり始めた鼓動に、どうしようもなく
心を掻き乱されながら。
 走って。
 走って辿り着いたのは、小さな公園。
 すっかり日も傾いたそこには、もう人の気配もなく。息を乱した
僕達の他には、誰も。
 誰も、いなかった。
 僕達以外には。
「ハ、・・・ッな、何なんだよ塔矢・・・ッお前ってば、いっつも
いきなり過ぎんだよ・・・ッ」
「進藤、僕は・・・・・」

   僕は
   君が

「・・・・・な、・・・」
「聞こえなかったのなら、もう一度言おう。進藤、僕は君が好きだ」
「・・・・・・・」
「好きだ、・・・・・君が」
 その告白は、今度は確実に彼の耳に届いているだろうけれど。
 届くまで、何度だって僕は言うつもりだ。
 さあ。
 君は、どうする。
「・・・・・」
 驚いた、表情のまま。
 逃げる?
 それとも、怒る?
「・・・・・進藤」
 反応は、なく。
 ただ呆然と、僕を見つめて。
 何か言いたげに、微かに唇が動くけれども、また食いしばるように
それは。
「・・・・・好きだ」
 何度も。
 何度でも。
「・・・・・好き、って・・・何」
「え、・・・・・」
 不意に。
 問い返されて、咄嗟に言葉に詰まってしまえば。
「何・・・・・塔矢、お前は・・・俺にどうして欲しいんだ」
 ああ、また。
 そんな泣きそうな顔をしないで。
 僕は。
「君に、・・・何かして欲しい訳じゃない」
「ッ、じゃあ・・・・・」
「ただ、・・・・・僕が・・・・・」
 ゆっくりと、手を伸ばして。
 触れた方を、抱き寄せて。
 そのまま。
 君を。
「こう、したい・・・・・だけだ」
 今は。
 君を。
 抱き締めたくて。
「・・・・・」
 抗うか。
 突き飛ばされるかも知れないと、覚悟はしながら。
 でも、彼は軽く身じろぎしただけで、僕の腕の中。
 不思議なくらいに、すっぽりと。
 収まって。
「・・・・・塔矢、の・・・腕」
 ポツリと、呟く声。
「塔矢の、・・・・・身体」
「・・・・・進藤?」
 微かに、震える肩。
「・・・・・なぁ、すごく・・・」

    あったけー、な

 コトリと。
 僕の肩に、頭を預けて。

 君は。
 静かに、涙を零した。



 もしかしたら。
 君は誰かを、想っていたのかもしれない。
 そして、失ってしまったのかもしれない。

 けれど。
 僕は、ここにいる。
 ここにいる、から。
 だから。

 君も。
 真直ぐに。

 僕を。




初めての、ヒカ碁SSvアキヒカでございますv
アキラ視点で・・・暴走を抑えるのに苦労しつつ(笑)。
佐為のコトを、そういう意味で好きだった訳ではない
ですが、一度ぐらいはその体温に触れてみたいと思った
のではないかなー・・・とか。
アキラなら、いくらでも(笑)vっつーか、そのうち触られ
まくりです・・・ヒカルの方が(含笑)。
一応、ヒカルの御誕生日記念で(愛)vvvvv