「美酒ノ夢」



「お、伊角寝てるぜ」
 門脇の言葉に和谷が振り返ると、伊角は壁に背を預けて俯き、小さく舟を漕いでいた。

 いつもの和谷の部屋で、いつものメンバーが集まっての研究会。
 ヒカルや越智はすでに帰宅していて、残っているのは伊角、門脇、冴木、そして和谷。
 宅配ピザの夕食から、冴木持参の酒で始まった酒盛りが大分進んだ頃だった。

「コイツにしては珍しいくらい飲んでたからな」
 冴木が、言いながら手酌で酒を注ぐ。
 小気味良い音を立てて、グラスに波々と満たされる透明な液体。
 冴木の秘蔵品だというそれは、程良い甘さで口当たりが良く、酒の苦手な伊角も抵抗なく飲んでいたようだ。
「ちょっと伊角さん、風邪引くぜ」
「うーん・・・」
 和谷が肩を揺すっても煩そうに唸るだけで全然起きそうにない。
「仕方ないなー」
 和谷は毛布を取り出し、伊角に掛ける。
 その様子を見ていた冴木が、グラスを置いて腰を上げた。
「さて、そろそろ帰るか」
「あ、それじゃオレも」
 門脇も続く。
「え?」
 さっさと帰り支度を始める二人に、和谷は慌てた。
 門脇に続いて部屋を出ようとする冴木を呼び止める。
「ちょ、ちょっと待ってよ。伊角さんは?」
「アイツ明日休みだろ?泊めてやれ。風邪引かせるなよ」
 冴木が何でもないことのように言う。
 そして和谷の耳元に口を近づけると、意味深に低く囁いた。
「上手くやれよ、青少年」
 その言葉に含まれた意味を悟って、和谷は赤面する。
 特に隠すつもりはないが、面と向かって二人の関係を指摘されるとやはり気恥ずかしかった。
「じゃな」
 そんな和谷の頭を軽くポンポンと叩き、冴木はさっさと帰ってしまった。


 部屋に戻ると、伊角は畳の上に崩れるように転がっていた。
「あーあ、もう」
 和谷は思わず苦笑して、毛布を掛け直す。
「ん・・・」
 小さく唸って伊角が身じろいだ。
 和谷の視線が、その寝顔に釘付けになる。

 起きているときと比べると驚くほどあどけない寝顔。
 規則正しい呼吸を繰り返す僅かに開いた唇。
 酒のせいでほんのりピンクに染まった目元。 
 時折、ピクリと揺れる睫毛は意外と長い。

 ―――上手くやれよ、青少年―――

 冴木の言葉が蘇る。
(上手く、ヤりたい・・・よなぁ)
 胸の中で呟く。
 恋仲になったとはいえ、普段の伊角はガードが固く、なかなか触れることができない。
 折角の一人暮らしなのに、和谷の部屋に泊まるなどとんでもないことだと言う。

 その伊角が、和谷の前で無防備に眠っている。

 確かに、これはまたとないチャンスなのかも知れない。
 ごくん、と唾を飲み、玄関の鍵が閉まっていることを確認する。

「伊角さん―――起きてよ」
 そっと、声をかける。
「―――うん・・・」
「ねえ、風邪引くよ」
「―――ん」
「ほら、布団敷いたからちゃんと布団で寝よう?」
「うん・・・」

 ダメだコリャ。

 夢うつつで頷きはするが、一向に起きる気配がない。
「ねえ、伊角さん―――」
 むくりと、和谷の中に悪戯心が湧き上がった。
 唇を舐めて、唾を飲み込む。
「伊角さん―――起きないと、キスするよ?」
「―――うん・・・」
 どっきん、と心臓が跳ね上がった気がした。
 激しく脈打つ鼓動を押さえながら、もう一度尋ねる。
「キスして、いいの?」
 おそらくは意味もわからずこっくりと頷く伊角に、和谷は心の中でガッツポーズを取る。
(据え膳食わぬは何とやら―――だよな)
 和谷は、伊角の唇に顔を近づけた。

 少し荒れた、伊角の唇。
 その吐息は、ふわりと甘い香りがした。
 先ほど飲んだ酒と同じ、甘い香り。

 歯の隙間から舌を差し入れて、そっと口腔内を探る。
「―――んっ・・・」
 伊角の唇から、甘い声が漏れた。
 舌を吸うと、おずおずと答えるように吸い返してくる。
 無意識の反応と知りつつ、和谷は興奮を抑えきれない。


 そっと、セーターの裾から手を忍び込ませる。
 Tシャツを捲り、その下の素肌に手の平を這わせると、伊角が僅かに身を竦めた。
「伊角さん・・・」
「―――ん」
 それでもまだ、伊角は夢の中にいるようだ。
「ね・・・伊角さん、いいよね?」
「・・・」

 返事がないのは了解。

 なかなかはっきりOKの意思表示をしてくれない恋人相手に、勝手に決めたルール。
 和谷はいつも通りそれに従うことにした。
 伊角の横に自分も横たわり、甘えるようにすり寄ってその体温を感じる。
 鼻先をくすぐる伊角の匂いを胸一杯に吸い込みながら、素肌に手を滑らせる。
 寒さからだろうか、すでに固く尖っている胸の突起に触れると、伊角の身体はピク、と跳ねた。
 そのまま指先で、そっと愛撫を加える。
「―――ん・・・」
 伊角が、逃げるように身を捩る。
 手の平で、指先で、肌触りを楽しみながら、次第に和谷は伊角を追い上げていく。


「―――ふっ、ん・・・」
 既に熱を持っていた伊角自身を口に含むと、伊角が小さな溜息をつく。
 唇と舌で丁寧に愛撫を加えると、それは一段と硬く、熱く変化する。
「ん・・・和、谷?何・・・」
 漸く覚醒したらしい伊角が、和谷の名を呼ぶ。
「な・・・何して・・・やだっ、止めろ・・・んんっ!」
 状況を把握し、和谷の頭を引き離そうと手を伸ばす。
 しかし、十分に煽られた熱は持て余すほどで、今更中断するわけにもいかない。
「―――う・・・」
 伊角は和谷の髪を掴んで身を震わせた。
 その間にも、和谷の責めは休むことを知らず、伊角を追いたてる。
「―――あっ・・・あ、んっ」
 小さな悲鳴と共に、伊角は全身を強張らせて白い精を吐き出した。
 それを残らず唇で受けて、和谷はようやく顔を離した。
「伊角さん」
「・・・何で・・・和谷」
「・・・・・・」
 和谷はそれには答えず、伊角が放出したもので指を濡らした。
 その意図を察して、伊角は身を竦める。
「い、嫌だ、和谷!あ、―――!」
 和谷の指で後孔を探られ、伊角が声にならない悲鳴を上げる。
「―――く」
 身体の奥に感じる違和感に、歯を食いしばって耐える。
 部屋に響く濡れた音に、羞恥で顔が熱くなる。
 時折、和谷の指が触れるポイントに、身体が震える。
 恥ずかしさと気持ち良さとに、伊角は混乱した。

「好きだよ、伊角さん」
 熱い息と共に吐き出される和谷の言葉を、ぼんやりした頭で聞く。
 身体に力が入らない。
 酒のせいばかりではなく、愛撫に蕩けているせいでもあることは、認めたくないが事実だった。
 年下の恋人、和谷は研究熱心で、まだ数回しか経験が無いクセに、もう伊角の弱いところをしっかり把握している。
 伊角はあっという間に追い詰められてしまった。
「和谷・・・!」
「もう限界?」
 和谷の言葉に、羞恥を堪えて頷く。
「ね、伊角さん」
「?」
「どうして欲しいか、言ってよ」
「―――!!」
 和谷の言葉に、全身の血が逆流するかと思うくらいのショックを受ける。
「ごめん。やっぱ・・・いいや」
 涙目でフリーズしてしまった恋人に、和谷は素直に謝った。
 サラサラの髪を宥めるように撫でて、優しくキスをする。
「もう、入れてもいい?」
「聞、くな、バカ・・・そんな、こと」
 伊角の足が、和谷の腰に摺り寄せられる。
 シャイで意地っ張りな恋人の、精一杯のお強請りだった。
「伊角さん―――好きだよ」
 和谷は嬉しそうに呟いて、身体を進めた。
「―――っ」
 伊角が、息を詰めて喉を反らす。
「―――くっ、伊角さん、大丈夫?」
「―――和、谷・・・」
「痛かったら、言ってね?」
 伊角の反応を確かめながら、和谷は慎重に腰を動かす。
 次第に、伊角の喘ぎ声に甘い響きが混じり始めた。


「伊角さん、大丈夫?」
 心配そうに覗き込む和谷から逃げるように、伊角は毛布に包まって背中を向けている。
「もう二度と、絶対酒なんか飲まない―――」
 ブツブツと呟く伊角の背後に、和谷は嬉しそうに摺り寄った。
「えへへー。オレ、嬉しかったんだ」
「何がだよ」
「伊角さんが『もっと』ってお強請りしてくれるなんて珍し・・・っ痛!」
 向こう脛を思い切り蹴り飛ばされ、和谷が痛みに丸くなる。
「言うな!悪い夢だ・・・」
「まぁたそんなこと言って」
 でもま、それが伊角さんだからな、と苦笑する。
 そして、心の中で先ほどの恋人の色っぽい姿を反芻しては一人ニヤニヤする和谷だった。
(オレにとっては、美酒が見せてくれた良い夢、だったんだけどな)
 そんなことを言ったら怒られるに決まっているので絶対内緒なのだ。

 さらに。

(また今度、甘くて美味しいお酒を冴木さんに教えてもらおう)
 などと不埒な計画を立てていることも、絶対内緒なのだった。

−END−


 かづゅみん様へvv
大変遅くなりましたが、お約束のモノでございます。
お誕生日のお祝いとして捧げさせて頂きますv
よろしければお納め下さいませ。



ああああ弘樹さんーーーッvvv
以前、メッセにて盛り上がった「美酒ネタ」を
このようにステキに・・・あああああン(悦)v
和谷・・・羨ましいぜ、こんちくしょうv
私も酔わせてみたいです・・・伊角さん(萌)v
・・・・・冴木さん、良い人だ(笑)。
弘樹さん、身も心も暖まる萌えSSを、本当に
有り難うございました!!